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第80話:城内の異様

 巨大な門の広間にいた衛兵魔族を打ち倒した後も、魔王城の内部は、想像していたような喧騒とは程遠く、異様なまでの静寂に包まれていた。


 彼らが通る通路には、禍々しいレリーフや不気味な彫像が飾られ、薄暗い空間に影を落としている。

足音だけが虚しく響き渡り、その反響が彼らの緊張感をさらに高めた。


 まるで、彼らを待ち構えていたかのような静けさに、エリックは警戒を強める。


「何だ、この静けさは……。

まるで、死んだ城のようだ。

魔族の気配も薄い。

これは……何かおかしい」


 エリックの声は、低く抑えられ、その目には強い警戒心が宿っていた。

彼の心には、未だレオへの疑念が深く根付いている。


 この異様な静寂も、レオが隠している何かと無関係ではないのではないか、彼の直感がそう囁いた。

彼は、レオの僅かな仕草や表情の変化も見逃すまいと、その横顔をちらりと観察する。


 セレーネは、魔法の杖を掲げ、先端から柔らかい光の珠を放った。

光の珠は、ゆっくりと浮遊し、彼らの周囲を照らす。

その淡い光は、通路の奥へと伸びる不気味な影をより一層際立たせ、暗闇が彼らを包み込んでいるかのようだった。


 彼女は、この不穏な空気に胸騒ぎを感じながらも、友を照らす光となろうと、魔力を集中させた。


 レオは、目を閉じ、深く呼吸した。

五感を研ぎ澄まし、城に満ちる微かな魔力の流れ、空気の振動、足元の石の冷たさ、あらゆる感覚を総動員して魔族の気配を探る。


 だが、感じるのはただ、深い闇と、どこか底知れない罠が潜んでいるような不穏な空気だけだった。


 ポケットの中のリルは、レオの掌の中で、じっと静まり返っていた。

この静けさが、却って彼女を警戒させているのかもしれない。


 レオは、リリスとの再会という、彼を突き動かす唯一の光を心に灯しながら、この不気味な静寂の奥にある真実へと、意識を集中させた。


 歩き始めてすぐ、通路は複雑に分岐し始めた。

まるで巨大な迷路のようだった。

同じような扉がいくつも並び、壁には同じようなレリーフが彫られている。


「くそっ、こりゃ一体どうなってやがる!」

エリックが苛立たしげに呟いた。


 「地図も持たずに来たのが裏目に出たか……」


 その時、レオの足元に、ごくかすかな窪みがあるのに気づいた。

それは、ごく自然な石の窪みに見えたが、彼の第六感が警鐘を鳴らした。


 この城の静けさが、却ってそうした微細な違和感を彼に知らせてくれる。


「エリック、待て!

その先に罠がある!」


 レオが鋭く叫び、とっさにエリックの腕を掴んで強く引き戻した。


 次の瞬間、レオが立っていたはずの場所の天井から、巨大な鉄の格子が音もなく落下し、通路を塞いだ。


 間一髪だった。

格子は厚く、重く、びくともしない。


「なっ……!

よく気づいたな、レオ!」

エリックは驚愕に目を見開いた。


 レオの判断力と危機察知能力は、以前にも増して鋭くなっている。

その冷静な危機回避能力に、エリックは改めて親友の底知れない変化を感じ取った。


 しかし、それと同時に、レオが魔王城で一体何を経験したのか、なぜこれほどまでに感覚が研ぎ澄まされたのか、という疑問が再び頭をもたげる。


 彼が隠している真実が、この城の持つ異様さと結びついているのではないか、エリックの疑念は深まるばかりだった。


 しかし、感心している暇はない。

格子によって通路は塞がれ、彼らは進むべき道を失った。


 周囲の壁には、謎めいたレリーフが彫られている。


「これは……

謎かけ?」

セレーネが、レリーフの一つを指差した。


 そこには、古語で記された文章が刻まれている。彼女は注意深くそれを読み上げた。


「我は汝の歩む道を閉ざす者。

真実を知りたければ、我が問いに答えよ。

光なくして道は見えず。

闇を照らすは誰の役目か?」


 セレーネが読み上げると、レオは一瞬の思考の後、すぐに答えた。


 「光を照らすのは、セレーネ、君の魔法だ。

この暗闇に抗い、私たちを導くのは、君の光の力だ」


 セレーネはハッとして、レオの言葉の意味を理解した。

彼女は杖を格子に向かって構え、魔力を集中させる。


 彼女の魔力が格子に注がれると、鈍い音を立てて格子がゆっくりと持ち上がり始めた。

周囲のレリーフに埋め込まれた魔力の輝きが、共鳴するように瞬いた。


「さすがだな、セレーネ!」

エリックが賞賛の声を上げた。


 セレーネは頬を染めて照れたが、その顔には確かな自信が満ちていた。

彼女の心が、少しずつだが安定を取り戻していくのを感じる。


 持ち上がった格子の奥には、さらに複雑な通路が続いていた。

今度は、左右の壁が不規則に動く仕組みになっている。


「これは、通路が変化するタイプか。

一歩間違えれば、押しつぶされるか、別の場所に飛ばされるな」

エリックが、剣の切っ先で壁のわずかな隙間を測りながら言った。


「気配を感じる……低級魔族だ。

だが、見えない」

レオが目を凝らした。


 「この通路自体が、奴らの隠れ蓑になっている」


 レオは、動く壁の周期と、僅かに漏れる魔族の気配を同時に読み取った。

彼の視覚と聴覚だけでは捉えきれない情報を、体中に研ぎ澄まされた感覚が教えてくれる。


「この壁が動くタイミングで、魔族が襲ってくる。

そして、罠に誘い込むつもりだ」


 彼はエリックとセレーネに指示を出した。

「エリックは、俺が指示する壁の隙間を狙って斬り込む。

セレーネは、光魔法で奴らの目を眩ませろ!」


 レオの号令と共に、彼らは動き出した。

壁が閉まる寸前、レオは的確なタイミングでエリックを突き出した。


 「今だ、エリック!」


 エリックの剣が、開いたばかりの狭い隙間から閃光のように突き刺さり、その奥に潜んでいた低級魔族を仕留めた。


 魔族の断末魔の叫びが響き、壁が再び閉じ、その声もかき消される。


「ライトニング・フラッシュ!」


 セレーネの魔法が放たれ、通路全体が眩い光に包まれた。

魔族たちの視界が奪われ、彼らが怯んだ隙に、レオは壁の動きに合わせて素早く移動し、次々と魔族を打ち倒していく。


 彼の一撃一撃には、躊躇はなかった。

しかし、その顔には、魔族の命を奪うことへの深い苦痛が、依然として刻まれていた。


 リリスの面影が、彼の脳裏をよぎるたびに、胸が締め付けられるようだった。

それでも、彼は仲間を守るため、そしてリリスとの再会を果たすために、剣を振るい続けた。


 エリックは、レオの戦いぶりを見つめながら、複雑な感情を抱いていた。

あのレオの、完璧なまでに危険を察知する能力。

そして、迷いのない剣。

それは、かつての勇者レオの姿そのものだが、同時に、彼が隠している何かによって、さらに研ぎ澄まされたかのような異質な輝きを放っていた。


 エリックは、レオが一体何を犠牲にして、この力を手に入れたのか、そしてその秘密が、この魔王城の奥深くに隠された真実とどのように絡み合っているのか、その答えを知りたいという渇望に駆られた。


 幾度となく現れる低級魔族との戦闘、そして巧妙に仕掛けられた罠。

彼らは、時には謎かけを解き、時には物理的な障壁を乗り越え、時には連携を駆使して敵を打ち破った。


 セレーネは、回復魔法に加え、状況に応じて光魔法で敵を攪乱したり、闇を払ったりと、そのサポート能力を発揮した。


 彼女の魔法は、以前の不安定さから脱し、的確なタイミングで放たれるようになっていた。


「危なかったな、セレーネ!」


「レオ、助かる!」


 互いに声を掛け合い、命を預け合う中で、彼らの間にあった不仲は、まるで嘘であったかのように溶けていった。


 彼らは、それぞれの役割を完璧にこなし、互いの動きを読み合い、かつてのような盤石な連携を取り戻していく。

友情の絆が、この魔王城の闇の中で、より強固なものへと鍛え上げられていくのを感じた。


 長い通路を抜け、迷路のような構造を突破した先には、さらに不気味な空気が漂う広間が広がっていた。

そこには、これまでとは異なる、より強大な魔族の気配が満ちている。


 彼らは、この城の奥深くに隠された真実へと、確実に近づいていた。

レオ、エリック、セレーネ。三人は、それぞれの覚悟を胸に、静寂の奥に潜む罠を警戒しながら、さらに深淵へと足を踏み入れた。


 彼らの進む道には、想像を絶する困難と、彼らの運命を左右する真実が待ち受けているだろう。


 しかし、彼らはもう引き返すことはできない。

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