第8話:新たな出会い
国王歴996年4月。
勇者育成学校の桜並木は、満開の花を誇っていた。淡いピンクの花びらが風に舞い、新たな学年の始まりを告げるかのように、校庭に降り注ぐ。
レオは、十三歳になっていた。
入学から七年。
彼の体は、もはや幼い頃の面影は薄れ、無駄のない筋肉がつき、しなやかな体つきになっていた。その瞳には、かつての漠然とした不安の代わりに、揺るぎない意志が宿っている。
今年も例年通り、学年が上がり、クラス替えが行われた。
レオは新しいクラスの教室に入り、自分の席を探した。窓際の一番後ろの席に、彼の名札が貼られている。
教室は、既に多くの生徒で賑わっていた。彼らは互いに旧交を温めたり、新しい顔ぶれに好奇の視線を送ったりしている。レオは、いつものように誰とも目を合わせず、静かに自分の席に着いた。
「おい、お前、レオだろ?」
突然、背後から気兼ねなく話しかけられた声に、レオはわずかに身構えた。
振り返ると、そこに立っていたのは、自信に満ちた笑顔を浮かべた少年だった。陽光のような金色の髪に、意志の強そうな青い瞳。均整の取れた体つきで、全ての能力が平均より少し高い、とでも言いたげな雰囲気を纏っている。
「俺はエリック。よろしくな、レオ」
エリックは、そう言って手を差し出した。その手は、レオのそれよりも少し大きく、温かかった。
レオは迷いながらも、その手を取った。
「……レオだ」
彼の言葉は短く、無愛想だったかもしれない。だが、エリックは気にする様子もなく、レオの隣の席に座った。
「お前、孤児寮の出身なんだってな」
エリックの言葉に、レオはハッとした。彼は自分の過去を、あまり人に話すことはなかった。
「ああ。お前もか?」
レオが問い返すと、エリックはにこやかに頷いた。
「俺もさ。貧乏な家庭の出で、親が学費を払えなくてな。この学校に入れたのは、本当に運が良かった」
エリックは、そう言って笑った。その屈託のない笑顔に、レオは親近感を覚えた。
エリックもまた、レオと同じく貧しい家庭の出身だった。彼は孤児院で育ち、レオも五歳までは孤児院にいた。居場所がなくなり路上で生活を始めたレオとは、育った環境は少し違うものの、共通する部分があったのだ。二人の間に、わずかながらも共感が生まれた。
エリックは、何でもできると思っている少年だった。勉強も、訓練も、人付き合いも、器用にこなす。その自信が、彼を周囲から浮き上がらせることなく、むしろ人気者として押し上げていた。
「お前、魔法使えないんだって? 本当か? なんでだ?」
エリックは、軽い好奇心でレオに問いかけた。悪意は感じられない。ただ、純粋な疑問、といったところだろう。
レオは、曖昧に言葉を濁した。魔法が使えないことは、彼にとって最大のコンプレックスだった。
エリックはそれ以上深掘りせず、「ふーん」と頷くと、すぐに別の話題に移った。そのさっぱりとした態度に、レオは少しだけ安堵した。
その日から、エリックは何かとレオに話しかけるようになった。訓練中も、休憩時間も、レオの周りには常にエリックの明るい声が響くようになった。
そして、実戦訓練が始まった。
剣術の授業では、レオはこれまで通り、圧倒的な才能を見せつけた。彼の剣は、もはや同年代の生徒では太刀打ちできないレベルに達していた。
エリックもまた、剣術が得意な生徒だった。しかし、レオの流れるような剣さばき、予測不能な動き、そして一撃必殺の鋭さに、次第に顔色を変えていった。
体術の訓練でも同様だった。
レオの動きは、まるで水のように滑らかで、それでいて岩のように重い。彼と組手を行った生徒は、皆、その動きについていくことができなかった。
エリックは、レオの隣で訓練を受けるたびに、その才能を目の当たりにした。
自分はなんでもできる。
そう思っていたエリックの心に、密かに焦燥感が芽生え始める。
魔法が使えないはずのレオが、なぜこれほどまでに強いのか。
このままでは、自分が置いていかれるかもしれない。
エリックの脳裏に、そんな不安がよぎった。
レオは、エリックの視線に気づかないふりをした。ただひたすらに、剣を振るい、体を動かす。
学園での生活は、相変わらず競争の連続だ。
だが、この日、レオの孤独な世界に、新たな光が差し込んだ。
それが、後に彼の「英雄」への道に、深く関わることになる、エリックとの出会いだった。




