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第78話:記憶のフラッシュバック

 魔王城へ向かう道は、険しさを増すばかりだった。


 地面は固い岩盤が露出し、わずかな土壌に生えるのは、ねじれた枝を持つ黒い木々ばかり。

空は鉛色に重く垂れ込め、魔王城から放たれる濃密な魔力が、呼吸するたびに肺を圧迫するかのようだった。


 その威圧感は、彼らが「魔王」という存在の領域へと深く足を踏み入れていることを、肌で感じさせた。


 数日間にわたる行軍の末、ついに魔王城の巨大な影が、はっきりと彼らの視界に捉えられた。

それは、想像を絶するほどの巨大な建造物だった。


 黒曜石のような漆黒の壁は、光を吸い込み、頂にそびえる尖塔は、まるで天を貫かんばかりにそびえ立っている。

城全体から放たれる威圧的なオーラは、まるで生きているかのように脈動し、近づく者の心を威嚇する。


 その荘厳で不気味な姿は、レオにとって真実への扉であり、同時に、彼が避けては通れない運命の地であることを示唆していた。


 魔王城の姿を捉えた瞬間、レオの頭の中に、まるで稲妻が走ったかのような感覚が襲った。

それは、過去の記憶が次々とフラッシュバックするような、強烈な感覚だった。


 (アルス……)

 最初に脳裏に浮かんだのは、アルスの姿だった。

彼がパーティーを結成する以前から、アルスは「空白の10年間」という謎に執着していた。


 魔族と人間の間に平和が訪れていたとされる、記録に残らない十年間。

その期間に何があったのか、なぜ魔族が突如として侵攻を始めたのか。


 アルスは、その真実を探るために、文献を漁り、古老に話を聞き、時には危険を顧みず魔族の領域の辺境にまで足を運んでいた。


 『レオ、俺は思うんだ。

歴史は、勝者によって都合よく書き換えられるってな。

魔族が本当に、何の理由もなく、突如として人間を襲い始めたのか?

その「空白の10年間」に、何か隠された真実があるんじゃないか……』


 アルスの真剣な眼差しと、情熱的な言葉がレオの耳元で蘇る。

あの時、レオはアルスの言葉を、単なる歴史探求の熱意だとしか捉えていなかった。


 勇者として、魔族を討伐することが絶対的な正義であり、それ以外の真実など存在しないと盲信していたからだ。


 しかし、今となっては、アルスが追っていた謎こそが、レオが魔王城で知った魔族の真実と深く繋がっているのではないかと感じられた。


 アルスは、あの時すでに、彼が今見ている「魔族の別の側面」に気づき始めていたのだろうか?


 記憶はさらに遡り、魔王に捕らえられた際の出来事が鮮明に蘇る。


 魔王城の地下牢。暗く冷たい空間で、絶望に打ちひしがれていたレオの前に現れたのは、魔王の娘リリスだった。


 彼女の言葉は、レオの常識を覆した。


 「人間と魔族は、互いを理解し、共に生きられる」。


 そして、彼はリリスによって、魔王城の奥深くへと導かれ、そこで魔族たちの日常を目撃した。

人間と同じように生活し、笑い、悩み、そして大切な者を守ろうとする魔族の姿。


 それが、彼の心の根幹を揺さぶり、勇者としての使命に疑問符を投げかけた。


 (俺は……

何を信じればいいんだ?)


 レオの心は、二つの矛盾する真実の間で激しく引き裂かれる。


 長年信じてきた「魔族は悪」という教え。そして、魔王城で見た「魔族もまた、生きる存在である」という現実。

魔王城の荘厳な姿は、その二つの真実が交錯する場所であることを象徴しているかのようだった。


 ポケットの中のリルは、レオの心の動揺を敏感に感じ取っているかのように、かすかに震えていた。

リルの震えは、レオ自身の不安と葛藤を映し出している。


 リルは、リリスとの約束の証であり、彼が新たな道を進むための羅針盤でもあった。

しかし、その羅針盤が、今、激しく揺らいでいる。


 レオの顔に浮かぶ苦悩の表情を、エリックは冷静に見つめていた。

彼の共感力は、レオが単なる肉体的な疲労や恐怖だけでなく、もっと深い精神的な葛藤を抱えていることを感じ取っていた。


 アルスの記憶が蘇ったことで、エリックはレオの苦悩を、以前よりも理解できるようになっていた。


 (アルスも、何かを追っていた。

その「空白の10年間」という謎は……

レオが今、抱えているものと関係があるのか?)


 エリックは、レオの変質が、魔王軍による洗脳や裏切りという単純なものではないと確信し始めていた。


 レオは、何か真実を知ってしまい、それを受け止めきれずに苦しんでいるのではないか。

しかし、それが何であるのか、エリックにはまだ想像もつかない。


 セレーネは、レオの沈黙と、エリックの複雑な視線に戸惑っていた。

彼女には、レオの心の中で何が起こっているのか、完全に理解することはできない。


 ただ、魔王城が近づくにつれて、レオの顔色がさらに悪くなり、その表情が苦痛に歪むのを見て、胸が締め付けられるような思いだった。

彼女は、レオが心に深い傷を負っており、それが原因で苦しんでいるのだと信じ続けていた。


「レオ……

無理しないで……」

 セレーネは、心配そうにレオに声をかけた。


 彼女の優しい声は、レオの耳には届いているが、彼の意識は過去の記憶と、目の前の魔王城が放つ威圧感によって麻痺しているかのようだった。


 魔王城の巨大な城門が、眼前に迫る。

その門は、まるで巨大な怪物の口のように開かれており、内部からは深淵のような闇が覗いていた。


 その闇の奥に、レオが追う真実、そして彼を待ち受ける運命が横たわっている。


 エリックは、レオの肩にそっと手を置いた。

「行くぞ、レオ。

ここで立ち止まっているわけにはいかない」


 その言葉に、レオはハッと我に返った。

エリックの言葉は、彼を現実へと引き戻す、力強い響きを持っていた。


 レオは深く息を吸い込み、胸に去来するすべての感情を押し込めるように、固く目を閉じた。


 (アルス……

俺は、お前の見ていた真実を、今、この場所で知ることになるのかもしれない……)


 再び目を開けたレオの瞳には、迷いと苦悩が渦巻いていたが、同時に、運命に立ち向かう者特有の、静かな決意が宿っていた。


 彼は、自分の足でこの魔王城の門をくぐり、真実と向き合うことを選んだ。


 セレーネは、不安を押し殺し、魔法杖をぎゅっと握りしめた。

彼女は、レオとエリックの間に漂う、言葉にならない緊張感を感じていた。


 だが、それでも、彼女は仲間として、彼らと共にこの道を歩むことを選んだ。


 三人は、それぞれの思いを胸に、魔王城の巨大な門へと歩みを進めた。

門をくぐると、そこは、彼らがこれまで見てきた魔族の領域とは全く異なる、異様な空間が広がっていた。


 冷たい風が吹き荒れ、どこからか聞こえる不気味な声が、彼らの心をざわつかせた。


 レオのポケットの中のリルは、さらに強く震え始めた。

それは、魔王城の強大な魔力に反応しているのか、あるいは、この先に待ち受ける運命を予期しているのか。


 魔王城の内部は、静寂に包まれていた。

だが、その静寂は、次の瞬間に訪れるであろう激しい戦いの前の、不気味な予兆に過ぎなかった。


 レオは、この城で、人間と魔族の間に隠された、全ての真実を知ることになるだろう。

そして、その真実が、彼らにどのような未来をもたらすのか、今はまだ誰も知る由もなかった。

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