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第7話:揺れる心

 国王歴990年8月。


 夏とはいえ、勇者育成学校の石造りの寮の部屋は、夜になるとひんやりと冷えた。窓から差し込む月明かりだけが、部屋の隅々をぼんやりと照らしている。


 その光の中、レオはベッドの上で膝を抱えていた。訓練で酷使した体は、鉛のように重い。だが、それ以上に、心の奥底に沈殿した疲労感が、彼を苛んでいた。


 あの実戦訓練での屈辱が、脳裏から離れない。


 剣術では誰にも負けなかった。誰よりも素早く、誰よりも正確に、彼は模擬剣を振るった。だが、魔法という絶対的な壁の前に、彼は為す術もなく敗れ去った。


 「魔法が使えない勇者候補など、役立たずだ」

 ゼオスの嘲笑と、周囲の冷たい視線。


 その言葉が、まるで熱い烙印のように、レオの胸に焼き付いていた。


 「くそ……っ」


 レオは、悔しさに奥歯を噛みしめる。どうすればいい。どうすれば、この差を埋められる。魔法を使えないという、この生まれつきの弱点は、彼に常に付きまとう影のようだった。


 ポケットの中で、何かがモゾモゾと動く気配がした。


 レオがそっと手を差し入れると、小さなふわふわとした毛玉が、もぞりと顔を出す。リルだ。


 リルは、レオの指先に、その小さな頭を擦り寄せた。そして、小さな舌で、彼の指先をそっとなめる。レオの強ばった心が、その温かい感触に、少しだけ緩むのを感じた。


 「リル……」


 レオは、静かにリルに語りかけた。

これまで、誰にも話せなかったこと。心の奥底にしまっていた、弱い部分。


 「俺は、魔法が使えないんだ」

 彼の声は、月明かりに溶けるように、ひどく掠れていた。


 「みんな、俺を馬鹿にする。役立たずだって言うんだ」


 リルは、レオの指の上で、小さく「キュッ」と鳴いた。その声は、相変わらずレオにしか聞こえない、優しい音だった。


 「お前は、いつも俺のそばにいてくれるけど……俺、本当に強くなれるのかな。英雄になれるのかな」


 英雄。


 それは、孤児だったレオが、貧しい生活から抜け出すための唯一の光だった。だが、英雄とは、この世界では魔法を操り、魔を討伐する者たちのことだ。魔法が使えない自分が、本当に英雄になれるのだろうか。


 漠然とした夢は、現実の壁にぶつかり、揺らいでいた。


 リルは、レオの指からそっと離れると、彼の膝の上をちょこまかと動き回った。そして、レオの顔をじっと見上げる。その小さな瞳は、まるで彼の心の奥底を見透かすかのように、優しく、そして深い光を宿していた。


 レオは、リルの頭をそっとなでる。リルの柔らかい毛が、手のひらをくすぐる。


 リルは言葉を発しない。だが、その存在は、レオにとって何よりも大きな支えだった。


 いつもそばにいてくれる。


 彼の悲しみも、苦しみも、すべてを受け止めてくれる。


 まるで、レオの心を包み込むように、リルは再びポケットの中へと潜り込んだ。


 ポケットの中で、リルが小さく動き回る感触がする。その温もりと、わずかな振動が、レオに静かな安らぎを与えた。


 ただのペットではない。


 レオは、ふと、そんなことを思った。


 リルは、彼が困っている時、悲しんでいる時に、いつもそっと寄り添ってくれる。そのタイミングは、まるでレオの心を読んでいるかのようだった。


 もしかしたら、リルは、もっと特別な存在なのかもしれない。


 そんな考えが、レオの頭をよぎった。


 しかし、その考えは、すぐに疲労と不安の波に押し流されていく。


 レオは、再び膝を抱え、月明かりに照らされた部屋の壁を見つめた。


 この孤独な夜を、リルと共に乗り越える。

そして、明日もまた、ひたすらに訓練に打ち込む。


 いつか、必ず、あの屈辱を晴らすために。


 そして、英雄になるという、自分自身の夢を叶えるために。

 レオは、ポケットの中のリルをそっと握りしめ、静かに目を閉じた。



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