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第68話:追跡の影

 リリスの姿が闇に溶け、完全に視界から消え去ったその瞬間、レオの胸を支配していたのは、深い喪失感と、そして彼女との再会を誓った燃えるような決意だった。


 彼の脳裏には、リリスの優しい微笑みと、彼の手を握った時の温もりが焼き付いていた。


 だが、その感傷に浸る時間は、無情にも突然終わりを告げた。


 魔王城から、耳をつんざくような、甲高い警報が夜空に響き渡ったのだ。それは、レオの脱獄が発覚したことを告げる、戦慄の咆哮だった。城のあちこちから、怒号と重い足音が聞こえ始める。


 「見つけたぞ!人間が脱走した!」


 複数の声が、闇を切り裂いてこだました。


 地面が、微かに振動している。強力な魔力の波動が、空気中を伝わってくるのが肌で感じられた。追手が放たれたのだ。


 レオは、迷うことなく踵を返し、その場から全速力で駆け出した。彼の目的地は、魔王城から離れた、深い森の奥だ。


 戦士として鍛え抜かれた肉体が、彼の意思に即座に応じる。太ももの筋肉が悲鳴を上げ、肺が熱く焼けるような感覚に襲われるが、彼の足は止まらない。


 背後からは、追手の気配が急速に迫ってくる。ただの足音ではない。空間を歪ませるような、奇妙な摩擦音。そして、大地を震わせるほどの重圧感。


 それは、魔族の中でも特に強力な兵士たちが、魔法を駆使して追跡している証拠だった。


 レオは、森の中へと身を躍らせた。


 夜の森は、昼間とは全く異なる顔を見せる。うっそうと茂る木々は、その枝を闇に広げ、月明かりを遮っていた。足元には、ねじくれた木の根や、滑りやすい苔、そして積もり重なった枯れ葉が、彼の逃走を妨げる。


 だが、レオは、それらの障害物を巧みに回避し、驚くべき速さで森の奥へと突き進んでいく。

枝が顔を叩き、鋭い葉が腕をかすめ、かすり傷を作るが、そんな痛みは彼の集中を乱すことはなかった。


 「そこだ、逃がすな!」


 背後から、怒号と共に、複数の魔族の兵士が姿を現した。

彼らは、暗闇に鈍く光る角を持ち、威圧的な体躯を揺らしながら、魔法の光を放つ武器を構えていた。


 その中でも特に目立つ一体が、大きく腕を振り上げた。


 「『空間跳躍スペル・リープ』!」


 術者の言葉と共に、レオのすぐ背後数メートルの空間が、ぼやけるように歪んだかと思うと、次の瞬間には、先頭の魔族兵士がその歪みの中から姿を現した。

本来ならば数秒かかる距離を、一瞬で詰めてきたのだ。


 レオは、その常識外れの動きに、咄嗟に身を翻した。


 魔族の兵士が振り下ろした巨大な斧が、彼のいた場所の空気を切り裂く。

彼の髪の毛が、その風圧で揺れた。


 「くそっ……!」


 魔族の兵士たちは、人間とは異なる方法で移動し、獲物を追い詰める。


 レオは、自身の剣術や体術では対処できない、魔法による追跡に苛立ちを感じながらも、思考をフル回転させた。

彼らに捕まれば、再びあの牢獄に戻され、二度とリリスの元へ行くことはできないだろう。


 彼の脳裏に、リリスと交わした約束が蘇る。「必ず、戻る。必ず、また会いに来る」。

あの言葉は、レオにとって、この絶望的な状況を打破するための、唯一の希望であり、原動力だった。


 (俺は、生き残らなければならない。

リリスの元へ、必ず!)


 彼の心の中で、リリスへの募る恋心と、固い誓いが、全身を駆け巡る血流をさらに熱くした。

彼女との再会を夢見るたびに、疲弊した身体に新たな力が湧き上がるようだった。


 彼は、再び森の奥へと加速した。魔族の兵士たちは、魔法で枝を薙ぎ払い、足元の根を消し去り、彼の逃走路を確保しようとする。


 さらに、別の魔族が、空中に淡い光の紋様を描き出すと、それがレオの足元に向かって飛んできた。


 「『追跡のトラッキング・ライト』だ!

逃げても無駄だぞ、人間!」


 その光が当たれば、彼の居場所が完全に特定されてしまうだろう。レオは、とっさに身を低くして地面を転がり、光の束を回避した。泥と枯れ葉が、彼の服にまとわりつく。


 息が切れ、心臓が痛いほど脈打つ。

しかし、彼の瞳は、暗闇の中でも希望を失っていなかった。


 リリスが彼の隣にいない今、彼の身を案じ、見守ってくれているのは、肩に乗るリルだけだ。

リルは、小さな体をレオの首筋にぴったりと寄せ、その輝く目で前方を見つめている。

その存在が、レオに静かな勇気を与えていた。


 夜の森を駆け抜ける逃走劇は、緊迫感を増していく。

魔族の兵士たちの追跡は容赦なく、レオをあらゆる方向から追い詰めてくる。


 しかし、レオの足は止まらない。

彼は、リリスとの約束を胸に、自由への一歩を踏み出し、必死に走り続けた。


 彼の行く先には、まだ見ぬ困難と、そして、かすかな希望の光が待っている。

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