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第63話:綿密な計画

 リリスとの固い約束を交わした日から、レオの牢獄での日々は、それまでとは全く異なる意味を持ち始めた。


 もはや、ただ過ぎる時間を待つだけの場所ではない。彼の胸に宿った真実への探求心と、リリスへの揺るぎない愛情が、この冷たい空間を、新たな未来を切り拓くための「戦略拠点」へと変えたのだ。


 二人の秘密の計画は、日中の食事の時間が訪れるたびに、静かに、そして着実に進められた。


 牢獄の鉄格子越しに交わされる会話は、外からは決して聞こえないほどの、ごく小さな囁き声だった。しかし、その言葉一つ一つには、脱獄への緊迫した決意と、互いへの深い信頼が込められていた。


 リリスは、魔王城の隅々まで知り尽くしているかのように、その詳細な構造をレオに語り始めた。彼女の言葉は、まるで精密な地図を描くようだった。


「この地下牢は、城の最も古い部分に位置しているわ。

だから、一部の壁は脆くなっていて、普段使われていない通気口や、古い排水路につながっている場所があるの。

ただし、そのほとんどは岩や土砂で塞がれてしまっているけれど……」


 彼女は、レオに渡した食事の皿の裏に、かすかに指で触れて、城の概略図を描いた。その指の動きは、迷いなく、まるでそこに本当に城の構造があるかのように正確だった。


 レオは、その見えない地図を、脳裏に焼き付けるように集中して見つめた。


「警備は、日中と夜間で配置が変わるわ。特に、日中の魔王城は、多くの魔族が公務や訓練で動いているから、人の流れが多い分、逆に警戒が薄くなる時間帯もある。

特に、食事の時間帯は、多くの衛兵が食堂に集まるから、南側の通路が手薄になることが多いわ」


 リリスは、魔族たちの生活習慣まで詳しく説明した。


「魔族は、夕食後に瞑想を行う習慣がある者が多いの。その間は、非常に集中しているから、少しの物音では気づかない。

ただし、一部の種族は夜目が利きすぎて、暗闇での動きに敏感な者もいるから注意が必要よ」


 魔族特有の情報、そして城の隠れた死角。

リリスが持つその膨大な知識は、レオにとって何よりも貴重な情報だった。彼は、彼女の言葉に真剣に耳を傾けながら、脱獄の経路を頭の中で何度もシミュレーションした。


 レオは、自身の身体能力と、勇者として培ってきた剣術を最大限に活かす方法を考えた。


「排水路を通るなら、狭い空間での身のこなしが重要になる。剣は邪魔になるかもしれないが、もし敵と遭遇したら、一瞬で制圧する必要がある。

そのためには、剣を抜く隙を与えずに、体術で相手の動きを封じる訓練が必要だ」


 彼は、牢獄の狭い空間で、音を立てずに体を動かす練習を始めた。


 例えば、壁伝いに指先だけで体重を支えたり、息を長く止める練習をしたり、座ったままで足の筋肉を鍛えたり。


 衛兵の見回りの足音が遠ざかるたびに、彼は素早く動き、自分の身体がどこまで限界に挑戦できるか試した。

それは、一見地味な訓練だったが、彼の肉体と精神を、確実に研ぎ澄ましていった。


 リリスは、そんなレオの姿をじっと見つめ、時には「そこはもう少し腰を落とした方がいいわ」と、的確なアドバイスを与えた。


 リリスもまた、魔族ならではの知識と、目立たないように動く方法を提案した。


「魔族は、光に敏感な種族と、暗闇に強い種族がいるわ。もしあなたが暗い通路を進むなら、光を避けるだけでなく、わずかな音や匂いにも注意を払う必要がある。

特定の魔族は、匂いで相手を識別するから、魔族の匂いを誤魔化す方法も考えないと」


 彼女は、小さな石を手のひらで転がしながら、魔族の感性の鋭さや、警戒心の強さを説明した。


「魔族の中には、人間には聞こえない高周波の音を聞き取る者もいるから、足音だけでなく、息遣い一つにも気を配って。特に、地下の通路は音が響きやすいから、滑らかな動きが求められるわ」


 二人は、壁に、食事の残りかすや、砕いた炭を使い、消えやすい線で脱獄経路や警備の配置図を繰り返し書き込んだ。


 食堂からの衛兵が戻るわずかな時間を見計らって、素早く描いては、足音が近づくたびに、手のひらで痕跡を消し去った。その作業は、まるで二人にしか分からない、秘密の暗号を解読するかのようだった。


 リリスは、レオの細やかな動きや、真剣な眼差しを見るたびに、彼への信頼と愛情を深めていった。


 勇者として生まれ、敵対するように教えられた人間が、今、魔族の自分と協力し、真実を求めて命を懸けようとしている。


 その純粋な情熱と、まっすぐな心に、彼女は強く惹きつけられた。彼の言葉の一つ一つ、彼が触れる手の温かさ、そして彼の瞳に宿る決意の光が、リリスの心を捕らえて離さなかった。


 レオもまた、リリスの知性、洞察力、そして何よりも彼への揺るぎない献身に、深い感動を覚えていた。


 彼女は、ただ美しいだけでなく、勇敢で、賢く、そして何よりも優しかった。共に秘密を共有し、危険な計画を練るたびに、二人の魂はより深く結びついていくのを感じた。


 この脱獄計画は、単なる物理的な自由を得るためのものではなかった。

それは、二人が互いの存在を認め、信頼し、そして未来を共に築き上げていくための、新たな「絆」を深める過程だった。


 日中の限られた時間の中、二人は互いの知恵と力を合わせ、綿密な計画を練り上げた。

城の構造、警備の配置、魔族の生活習慣、そしてレオ自身の身体能力を最大限に活かす方法。


 全てが、緻密に計算され、秘密裏に準備が進められた。脱獄への道のりは険しいだろう。

しかし、二人の心は、固く結ばれ、互いへの揺るぎない信頼が、彼らを支えていた。


 彼らは、希望の光を胸に、静かに、その時を待ち続けた。

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