第6話:最初の壁と屈辱
勇者育成学校に入学して、およそ一年が経った。
七歳になったレオの体は、この一年の過酷な訓練によって、見違えるほど引き締まっていた。泥と汗にまみれた日々が、彼の幼い体を鍛え上げ、その目には、以前にも増して強い意志の光が宿るようになった。
この日、初めての実戦訓練が行われた。
訓練場に集められた生徒たちは、皆、高揚と緊張がない交ぜになった表情を浮かべていた。模擬戦を通して、これまでの訓練の成果を試されるのだ。
魔法の才能に恵まれた者たちは、得意げに魔法陣を描く仕草を見せ、剣術を得意とする者たちは、腰に下げた模擬剣の柄をぎゅっと握りしめていた。
「模擬戦では、魔法の使用を制限しない。ただし、致命傷を与えるような魔法は禁止だ。
剣術も同様に、模擬剣での一撃をもって勝敗とする!」
試験官の声が響き渡ると、訓練場の空気が一気に張り詰めた。
レオは、自分の組分けを確認した。彼は、これまで彼を嘲笑してきた魔法得意な生徒たちと、次々に模擬戦を行うことになっていた。
最初の相手は、華やかな魔法を操ることに長けた少年だった。
「魔法も使えないお前なんかに、負けるわけないだろ!」
少年は、手のひらから炎の塊を放ちながら、嘲るように叫んだ。
レオは素早く身をかわす。炎は彼の背後を通り過ぎ、地面を焦がした。
彼は、相手の魔法の詠唱時間、軌道、そして魔力の流れを、一瞬にして見切っていた。
相手が次の魔法を唱えようと口を開いたその刹那、レオは間合いを詰める。
木製の模擬剣が、風を切る音を立てて少年の脇腹に吸い込まれた。
「くそっ!」
少年は、驚きと悔しさに顔を歪め、地面に倒れ込んだ。
次々と相手を打ち破っていくレオの姿に、訓練場は静まり返っていった。剣術においては、レオは圧倒的な強さを見せた。彼の動きは、同年代の子供たちとは比較にならないほど洗練されており、剣の軌道は正確無比だった。
彼の前に立つ生徒たちは、魔法を使う間も与えられず、次々と「敗北」を喫した。
しかし、その快進撃は、ある生徒との模擬戦で打ち破られる。
次にレオの相手となったのは、防御魔法に長けた生徒、ゼオスだった。
「お前のような、脳筋が!
僕に勝てるわけがない!」
ゼオスは、レオが間合いを詰めるよりも早く、幾重にも連なる防御魔法の壁を作り上げた。透明な障壁が何層にも重なり、レオの剣はそれを打ち破ることができない。
レオが防御壁を打ち破ろうと試みる間にも、ゼオスは遠距離から魔法を放つ。
氷の礫。
風の刃。
防御に徹するゼオスに対し、レオは為す術がなかった。魔法を使えないため、遠距離からの攻撃手段を持たない。
避け続けるレオの体に、幾度も魔法がかすめる。防具は着けているものの、衝撃が体に響き、その動きは徐々に鈍っていった。
「ざまあみろ! 魔法が使えない勇者候補など、役立たずだ!」
ゼオスの嘲笑が、訓練場に響き渡る。
周囲からも、同じような声が聞こえてくる。
「やっぱり、魔法が使えないのは致命的だな」
「いくら剣術が上手くても、魔法相手じゃ無理だ」
レオは、屈辱に唇を噛みしめた。体中に走る痛みよりも、心の奥底で燃え上がる激しい怒りと、どうしようもない悔しさが、彼を苛んでいた。
それでも、彼はその感情を表に出さなかった。
ただひたすらに、防御魔法の壁を、冷徹な目で分析する。
どうすれば、この壁を破れるのか。
どうすれば、この距離を詰められるのか。
彼の思考は、勝利への執念で満たされていた。
しかし、時間切れ。
レオは、倒れたわけではなかったが、ゼオスに有効打を与えることができないまま、模擬戦は終了の合図を迎えた。
「勝者、ゼオス!」
審判の教師が、ゼオスの名を告げる。
レオは、俯いたまま静かに模擬剣を鞘に収めた。背後から聞こえる嘲笑や、同情の視線が、彼の心を締め付ける。
その日の訓練後、レオは誰よりも遅くまで訓練場に残った。
来る日も来る日も、剣の素振りを繰り返す。
体術の型を、完璧になるまで反復する。
ポケットの中のリルが、レオの奮闘を見守るように、静かにその中で丸くなっていた。
いつか、必ず。
あの屈辱を晴らす日が来るまで。
レオは、誰にも聞こえない声で、そう誓った。