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第58話:真実への誘い

 激しい頭痛と吐き気が去った後も、レオの心には深い混乱が残っていた。


 勇者育成学校で教え込まれた「魔族=悪」という絶対的な教義が、リリスという存在を通して目の前に現れる真実によって、根底から揺さぶられたのだ。彼が信じてきた「正義」が虚構であったかもしれないという疑念は、彼の存在そのものを蝕むかのようだった。


 翌日、リリスが再びレオの牢獄を訪れた時、彼女はレオの顔色に異変があることにすぐに気づいた。レオは、いつもの覇気がなく、焦点の定まらない目で虚空を見つめている。


 リリスは、静かに食事の皿を置くと、鉄格子の前に座り込んだ。その青い瞳は、昨日と同じように、レオの苦痛を真正面から受け止めていた。


 「……大丈夫?」


 彼女の問いかけは、普段の淡々とした声とは異なり、微かに、しかし確かに、心配の感情が滲んでいた。


 レオは、その声に、かろうじて意識をリリスへと向けた。彼女が、自分の苦悩を理解しようとしてくれている。その事実が、彼の凍てついた心を、じんわりと温め始めた。


 「ああ……少し、な」


 レオは、努めて平静を装ったが、声は掠れていた。

リリスは、そんなレオの様子から目を離さず、彼の心を癒そうと、ゆっくりと言葉を選び始めた。


 「この城に、あなたはもう長い間いる。

父は……あなたを殺す機会は、いくらでもあったはず」


 リリスの声は静かだったが、その言葉には、レオを深く考えさせる力があった。


 確かに、魔王はレオを捕らえた後、すぐにでも処刑できたはずだ。しかし、彼はレオを牢獄に閉じ込め、そして、リリス自身に食事を運ばせている。その理由を、リリスもまた、深く考えていたのだ。


 「それに……

私に、あなたの世話を命じた。それにも、きっと意味がある」


 リリスは、視線をレオの瞳に合わせ、真っ直ぐに見つめた。

彼女の瞳の奥には、彼への確かな信頼と、この状況に対する深い考察が宿っていた。


 「父は、単純な『悪』ではない。この世界は、あなたが教えられてきたような、単純なものではない」


 彼女の言葉は、レオの心の奥底に響いた。それは、昨日、彼自身の心の中で芽生えた疑念と、まさに同じものだった。リリスが、彼が抱える苦悩の核心を、明確な言葉で示唆してくれたのだ。


 「私は……あなたを信じる。

だから、あなたも、この世界が、もっと複雑で、そして、きっと、まだ見ぬ真実があることを信じてほしい」


 リリスの言葉は、レオの心を強く揺さぶった。


 彼女は、彼が「勇者」であり、自分の「敵」である魔王の娘であるにもかかわらず、彼を信じ、真実へと誘おうとしている。その純粋な思いが、レオの胸を締め付けた。


 彼の心に芽生えたリリスへの愛情は、もはや抑えきれないほどに深まっていた。彼女の存在は、混乱するレオにとって、唯一の光であり、進むべき道を照らす希望の灯台だった。


 その頃、魔王城の深奥に位置する、闇に包まれた部屋で、魔王は静かに座していた。

彼の前には、空中に浮かぶ輝く水晶があり、その中には、レオとリリスが牢獄で言葉を交わす姿が映し出されていた。


 魔王は、二人の会話の一つ一つ、リリスの表情の微細な変化、そしてレオの苦悩に満ちた顔を、じっと、そして注意深く観察していた。


 「やはり……

私の読み通りに進んでいる」


 魔王は、静かに呟いた。

その声には、一切の感情が宿っていないかのようだったが、瞳の奥には、深い思索の光が宿っていた。


 彼は、レオを捕らえた時、彼がただの「戦士」ではないことを知っていた。

彼の真の能力は「封じられている」。そして、その「封印」を解く鍵こそが、人間と魔族の間に存在する、真の「愛情」であると、魔王は確信していたのだ。


 魔王は、娘リリスの純粋な心を知っていた。彼女が、深い孤独を抱えながらも、本質的には誰よりも優しく、そして真っ直ぐな心を持っていることも。だからこそ、彼はリリスに、レオの世話を命じたのだ。


 憎しみではなく、理解と共感。

それが、閉ざされた心を開く唯一の道だと、魔王は信じていた。


 水晶に映るリリスの瞳に、レオへの深い愛情が芽生え始めているのを魔王は見て取った。

それは、敵である人間に対する、まさしく「禁断の恋」だった。

しかし、魔王にとって、その禁断の愛こそが、世界を変える力となる。


 「リリスのレオへの愛情が、彼の中に眠る力を呼び覚ます」

 魔王は、静かに、しかし確信に満ちた声で言った。


 レオの中に隠された力、それは彼が人間と魔族の間に立つ「架け橋」となるための、かけがえのない力だ。

魔王は、レオがその力を完全に覚醒させることで、彼が人間と魔族の間に存在する長年の憎悪と誤解を打ち破り、真の共存の道を切り開くことができると期待していた。


 彼の計画は、単なる「魔王討伐」という表面的な物語の裏側に隠された、世界の真実を明らかにするための壮大な企みだった。レオとリリスの交流は、その計画の核心をなすものだ。


 牢獄では、リリスが立ち去った後も、レオは彼女の言葉を反芻していた。

 「この世界は、もっと複雑で、そして、きっと、まだ見ぬ真実がある」


 その言葉は、彼の心を覆っていた暗闇に、一筋の光を差し込んだ。確かに、彼の頭痛は、真実が明らかになる前兆だったのかもしれない。


 レオは、リリスへの愛情が、彼自身の心を変え、新たな視点を与えてくれたことを痛感していた。彼女は、彼の「敵」ではなく、彼の「真実」への案内人なのだ。


 彼は、これまで以上に強く、リリスの存在を求めていた。彼女が隣にいる時だけ、彼の心の混乱は静まり、未来への希望が湧いてくるようだった。


 レオは、鉄格子を強く握りしめた。彼の心には、リリスの言葉と、彼女への深い愛情が満ちていた。

 真実の探求。そして、リリスとの未来。


 それが、今のレオを突き動かす、唯一の原動力となっていた。

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