第5話:学園の現実、競争の足音
勇者育成学校での新生活は、想像以上に過酷だった。
朝を告げる鐘の音と共に跳ね起き、冷たい水で顔を洗う。簡素な朝食を胃に流し込んだかと思うと、すぐに訓練場へと向かわされた。
朝から晩まで、休みなく続く訓練。
広大な訓練場では、様々な科目の授業が同時進行で行われていた。
魔法の基礎理論を学ぶ者たち。彼らは複雑な呪文を暗唱し、手のひらから微かな光を放つ練習をしていた。
歴史の授業では、古の英雄たちの武勇伝や、魔族との長きにわたる戦いの歴史が語られる。そして、戦術の授業では、地図を広げ、仮想敵を相手にした陣形や戦略を議論する声が響いていた。
レオは、魔法の授業についていけなかった。
当然だった。彼は、どんなに集中しても、魔法の光を指先に灯すことができなかったからだ。
教師たちは、レオの存在を半ば諦めているようだった。口頭で説明はするものの、実践の場では「お前はそこで見ていろ」とばかりに、彼の存在を無視した。他の生徒たちも、レオをまるで透明人間のように扱うか、露骨な嘲笑や陰口を叩く日々が続いた。
「魔法も使えないのに、なんでここにいるんだ?」
「足手まといになるだけだ」
そんな言葉が、まるで刃物のようにレオの胸を抉る。
特に、魔法の才能がある生徒たちからの視線は、冷たかった。彼らは、レオを劣等生だと見下し、その存在を嘲笑うことで、自分たちの優位性を確認しているようだった。
レオは、唇を噛みしめ、ただ耐えた。
反論する言葉は、持ち合わせていなかった。
事実、彼は魔法が使えない。
だが、レオは諦めなかった。
魔法が使えないなら、他の能力を磨けばいい。そう決意し、彼は身体能力を鍛えることに集中した。
剣術の訓練では、誰よりも早く訓練場に現れ、誰よりも遅くまで残った。
木製の剣を握りしめ、ひたすら素振りを繰り返す。最初はぎこちなかった動きも、日を追うごとに洗練されていった。彼は、剣の軌道、体の重心移動、呼吸のタイミングを、感覚で掴んでいく。
体術の訓練でも、レオは目覚ましい成長を見せた。
複雑な組み手や、身をかわす動き。他の生徒が何度も失敗するような技も、レオは一度見ればその骨子を理解し、すぐに自分のものにしていった。
彼の動きは、しなやかで、そしてどこか野性的だった。まるで、獲物を追い詰める獣のように、無駄な動きが一切ない。
「あいつ……」
教師の中には、レオの異例の才能に気づき、密かに注目する者もいた。
魔法は使えない。
だが、その身体能力は、他の追随を許さないほど突出していた。特に、剣術師範のガンザは、レオの稽古を遠くから見つめ、その口元にわずかな笑みを浮かべることがあった。彼は、レオの中に、かつて自分が見たことのない、底知れない可能性を感じ取っていた。
レオが訓練に励む間、リルは彼の部屋で静かに彼の帰りを待っていた。
狭い部屋の中を、レオの匂いを辿るようにちょこまかと動き回り、たまにベッドに飛び乗って体を丸める。レオが帰ってくると、リルは勢いよくポケットに飛び込み、彼の指に体を擦り寄せる。
それが、レオにとって唯一の癒しだった。
冷たい視線、嘲笑、陰口。
学園での生活は、競争という名の冷酷な現実を、幼いレオに突きつけていた。誰もが「英雄」という地位と名声を追い求め、互いを蹴落とそうとする。
夜、レオはベッドに横になり、窓の外の星空を見上げた。
いつか、自分もこの空の星のように、輝けるだろうか。
魔法が使えなくても、強くなれるだろうか。
不安と、わずかな希望が、彼の心を揺らす。
ポケットの中のリルが、小さく「キュッ」と鳴いた。その声は、まるで「大丈夫、君ならできる」と語りかけているようだった。
レオは、そっとリルを抱きしめた。
明日は、もっと強くなる。
そう心に誓い、レオは静かに目を閉じた。