第46話:仲間への叫び
レオの体から放たれる異様な闘気に、魔族たちは一瞬怯んだ。
しかし、彼らは数に勝る。
この人間が、何かしようとしていると本能的に察知し、より一層の殺意を込めてレオに襲いかかった。砂の鞭が唸り、毒の飛沫が降り注ぐ。
だが、レオの目には、もはや何も映っていなかった。
彼の内側で、悲しみと怒りが溶け合い、底知れない力が覚醒していた。
それは、制御を失った嵐のような力であり、同時に、親友の死を無駄にしないという、鋼のような決意でもあった。
「アルス……!」
レオは、胸の奥で友の名を叫んだ。
刹那、彼は地面を強く蹴り、魔族の大群に向かって猛然と突っ込んだ。
その動きは、これまでのレオの比ではなかった。
疲弊しきっていたはずの肉体に、爆発的な力が宿り、まるで弾丸のように広間を駆け抜ける。
「グルオオオオオッ!」
正面にいた魔族が、砂の壁を形成してレオの突進を阻もうとする。
しかし、レオの剣は、もはや砂ごときに阻まれるようなものではなかった。
剣閃が鈍い音を立て、砂の壁を真っ二つに両断する。
怯む魔族たちをものともせず、レオは次々と斬り伏せていく。
彼の剣は、流れるように、しかし容赦なく魔族の核を捉え、その体を霧散させていった。
一撃ごとに、床が揺れ、空気が震える。
「エリック!
セレーネ!
逃げろォォォ!」
咆哮に近い叫びが、広間に響き渡った。
彼の声には、悲しみと、そして絶対的な決意が宿っていた。
「俺が時間を稼ぐ!
生きて帰れェェェ!」
その言葉は、エリックとセレーネの耳に、雷鳴のように響いた。
彼らは、呆然としたまま、信じられない光景を目にしていた。
レオは、アルスの亡骸を背にするように、魔族の群れへと単身で飛び込んでいく。
彼の瞳は、涙で濡れているにも関わらず、揺るぎない覚悟の炎を宿していた。
その視線の先には、アルスを奪った憎き魔族たちの姿だけがあった。
「レオ!?
何を言ってるんだ、馬鹿なことを!」
エリックが叫んだ。
彼の声には、焦りと、レオの意図を察した恐怖が混じっていた。
レオが何をしようとしているのか、彼には痛いほど理解できた。
それは、自分たちの逃げ道を作るための、捨て身の特攻だ。
セレーネも、かろうじて立ち上がり、レオの背中に向かって手を伸ばした。
「レオ!
い、行かないで!
一緒に……!」
だが、レオは振り返らない。
彼の全身は、すでにアルスの仇を討つというただ一つの感情に支配されていた。
憎悪と悲しみが、彼の肉体を限界まで押し上げ、常識では考えられない速度と力で、魔族たちを屠っていく。
彼の剣は、まるで嵐のようだった。
横薙ぎに払えば、数体の魔族がまとめて吹き飛び、突き込めば、その身を貫いて背後の魔族までをも巻き込んだ。
毒を含んだ砂が彼の体にまとわりつくが、もはや痛みすら感じていないかのように、彼はただ前へ、前へと突き進んだ。
「ぐおおおっ!」
新たな魔族の群れが、四方八方からレオを取り囲む。
砂が渦を巻き、毒の霧が広がる。
しかし、レオの剣の軌道は、寸分たりとも乱れない。
彼は、目にも止まらぬ速さで回転し、迫り来る魔族の腕を切り落とし、その胴体を両断した。
彼の脳裏には、アルスの穏やかな笑顔と、彼の最後の苦悶の表情が交互にフラッシュバックする。
(アルス……
お前が俺たちに託したものを、無駄になんかさせない!
俺が、ここで全部片付けてやる!)
彼は、もはや自分の命など顧みなかった。
彼の存在は、怒りと悲しみ、そして決意によって、純粋な破壊の具現と化していた。
エリックは、レオの捨て身の戦いを見て、全身に戦慄が走った。
レオの覚悟は、本物だ。
彼の目に宿る光は、死を恐れぬ者の輝きだ。
「レオの奴……
本気だぞ……」
エリックは、歯を食いしばった。
このままでは、レオの覚悟が無駄になる。
彼らの命は、レオが自らの命と引き換えに稼いでいる時間だ。
「セレーネ! 逃げるぞ!
レオの覚悟を無駄にするな!」
エリックは、悲しみに打ちひしがれているセレーネの手を掴んだ。セレーネは、抵抗する素振りを見せるが、エリックの目に宿る強い光に、ハッと我に返った。
「だ、だけど……
レオが……!」
「今、レオの邪魔をする方が、よっぽど無駄になる!
行くぞ!」
エリックは、セレーネを半ば引きずるようにして、広間の出口へと向かって走り出した。
レオの決死の突撃が、魔族の注意を一身に集めている今が、唯一の脱出のチャンスだった。
背後では、レオの剣が、唸りを上げて魔族を切り裂く音が響き続けている。
彼は、アルスの仇討ちとばかりに、全身全霊を込めて魔族と戦っていた。
その体は、すでに傷だらけになり、鮮血が砂塵に混じって舞い上がる。
だが、彼は止まらない。
この戦いは、レオにとって、アルスへの、そして自分自身への、最後の誓いだった。
彼の捨身の覚悟が、広間に満ちる絶望を、一瞬だけ切り裂いた。




