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第45話:壊滅の危機

 賢者アルスの死は、勇者パーティーにあまりにも大きな衝撃を与えた。


 広間に響くセレーネの悲鳴が、その現実を突きつける。レオは、力なく横たわるアルスの亡骸を見つめ、エリックは呆然と立ち尽くしていた。


 彼らの心は、深い悲しみと、理不尽な怒り、そして混乱によって、完全に寸断されていた。

仲間を失った衝撃は、想像以上に彼らの精神と肉体を蝕んだ。


 「アルス……

アルスぅっ……!」


 レオは、その場で膝をつき、アルスの冷たくなった手を握りしめた。

彼の視界は涙で滲み、世界が歪んで見えた。


 これまでどんな困難も、アルスの冷静な助言と回復魔法に支えられて乗り越えてきた。

その絶対的な存在が、もういない。

その事実は、彼らのパーティーの核が失われたことを意味した。


 エリックもまた、唇を固く噛み締め、悔しさで拳を震わせていた。

常に冷静沈着な彼も、この時ばかりは感情の波に飲み込まれていた。

仲間を守れなかった自責の念が、彼の胸を激しく締め付ける。


 セレーネは、嗚咽を漏らしながら、アルスの名を何度も呼ぶ。

彼女の魔力は底を尽きかけており、この状況で何もできない自分への無力感に苛まれていた。


 その隙を、魔族たちが見逃すはずがなかった。


 彼らは、人間たちの動揺を正確に読み取り、まるで獲物を狩るかのように、猛攻を再開した。

砂を操る魔族たちの攻撃は、これまで以上に激しさを増し、毒を含んだ砂嵐が彼らに襲いかかる。


 「グルオオオオオッ!」


 リーダー格の魔族が、まるで嘲笑うかのように唸り声を上げた。その声は、レオたちの耳には、アルスを殺した者たちの勝利の雄叫びに聞こえた。


 「うあああああッ!」

レオは、憎悪に駆られ、叫びながら剣を振り回した。


 しかし、その攻撃には、いつもの冷静さと正確さが欠けていた。感情に任せた剣は、砂のように変形する魔族の体を捉えきれず、空を切るばかりだ。


 エリックは、かろうじて理性を保ち、レオを援護しようと動く。しかし、彼の動きもまた、遅れを取っていた。


 アルスという回復の要を失った今、彼らは毒の攻撃を正面から受け続けるしかなかった。


 「がはっ……!」


 エリックが、毒を含んだ砂の塊を腹部に受け、苦しげに咳き込んだ。全身の節々が軋み、視界がチカチカと点滅する。それでも、彼は剣を構え直した。アルスの死を無駄にするわけにはいかない。


 セレーネは、泣きながらも震える手で、かろうじて防御魔法の詠唱を試みる。しかし、毒に侵された空気と、悲しみに乱れた集中力では、まともな魔法を発動できない。彼女の放つ小さな光の盾は、瞬く間に魔族の砂の攻撃によって打ち砕かれた。


 連携は完全に乱れ、パーティーはバラバラになった。


 レオは怒りに任せて無謀な突進を繰り返し、エリックはそれをフォローしようと奔走する。

セレーネは後方で震えながら、かろうじて身を守るのが精一杯だ。


 魔族たちは、その圧倒的な数の利と、砂と毒を操る特殊能力で、彼らを完全に包囲していた。


 遺跡の広間は、もはや彼らにとって逃げ場のない死地と化していた。

石柱の陰に隠れても、砂が生き物のように這い回り、彼らの足元を絡めとろうとする。


 「くそっ、もう駄目か……!?」


 レオの剣が、魔族のリーダーによって弾き飛ばされる。その反動で、彼は壁に叩きつけられ、激しく咳き込んだ。

体中に走る鈍い痛みが、彼に絶望を突きつける。


 エリックも、複数体の魔族に囲まれ、剣を弾き飛ばされる寸前だった。セレーネは、毒に侵されて意識が朦朧とし、その場に倒れ込みそうになっていた。


 これまでの旅で経験したことのない、絶体絶命の窮地。


 このままでは、アルスの後を追うように、全員がここで死ぬだろう。


 レオの脳裏に、アルスの言葉が蘇る。

 『レオ、君のその感情は、時に力になる。

だが、時に、君自身を滅ぼす刃にもなる。』


 あの時、何を意味しているのか、彼は完全に理解できなかった。


 だが、今ならわかる。

アルスが言いたかったのは、まさに今の自分のことだ。感情に流され、冷静さを失い、パーティーを危険に晒している。


 (俺たちは……

このまま死ぬのか?

アルスの死が無駄になるというのか!?)


 深い後悔と、アルスへの申し訳なさが、彼の胸を締め付けた。

アルスは、彼を庇って命を落としたのだ。

その命を、こんな形で無駄にしてしまっていいのか?


 いや、駄目だ。


 レオの瞳に、再び強い光が宿る。

それは、悲しみや怒りだけではない、もっと深い決意の色だった。


 アルスが命を懸けて守ろうとした、その思い。

彼が最後まで伝えようとしていた、あの真実。

すべてを無駄にはできない。


 この窮地を、何としてでも切り抜けなければならない。


 そのためなら――。


 レオは、全身の痛みを無視して、ゆっくりと立ち上がった。

彼の視線は、再び魔族たちを捉える。その表情には、もはや迷いはなかった。


 (アルス……

お前の死は、絶対に無駄にはしない。

俺が、ここで全てを終わらせる……!)


 その覚悟は、まさに捨て身の決意だった。


 生きて帰れる保証など、どこにもない。

しかし、このまま死ぬくらいなら、せめて一矢報いて、仲間たちを、そしてアルスの遺志を繋ぐために、すべてを懸ける。


 レオの体から、再び魔力が漲り始める。

それは、これまでとは違う、荒々しく、しかし研ぎ澄まされた、純粋な覚悟の力だった。


 彼の周りの空気が、剣のように張り詰め、砂塵が渦を巻く。


 エリックとセレーネは、その異様な気配に気づき、レオを見つめた。

彼らの目に映るのは、すでに傷つき、疲弊しきったはずの、しかし全身から並々ならぬ闘気を放つレオの姿だった。


 「レオ……

まさか……」


 エリックの脳裏に、最悪の可能性がよぎる。

しかし、レオの覚悟は、もはや誰にも止められないほど強固なものとなっていた。


 この地で、全てが決まる。

生か死か、そして、彼らの旅の行く末も。


 アルスの魂が、彼らの戦いを見守っていた。

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