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第43話:毒の策略

 遺跡の広間は、今や激しい死闘の舞台となっていた。

砂を操る魔族たちの攻撃は苛烈を極め、レオたちはこれまで経験したことのない劣勢に立たされていた。


 レオの剣は砂のように変形する魔族の体を捉えきれず、セレーネの魔法も効果が薄い。エリックの指示だけが、かろうじてパーティーの崩壊を防いでいた。


 「くそっ、キリがねぇぞ!

こいつら、一体どうなってやがる!?」


 レオが叫びながら、大きく剣を振るう。しかし、リーダー格の魔族は、砂の壁を瞬時に作り出し、その攻撃を受け流す。

レオの剣が砂煙を巻き上げると同時に、魔族たちは姿をくらまし、別の場所から再び現れる。


 その時、空気中に異様な臭いが混じり始めた。


 甘く、しかし鼻腔を刺激するような、腐敗したような匂い。広間の地面に、魔族の攻撃によって、奇妙な色の液体が飛び散る。


 その液体に触れた石柱の表面が、ジュッと音を立てて侵食されていく。


 「何?これ……っ!?」

 セレーネが思わず声を上げた。


 空気に溶け込んだその臭いは、喉の奥にへばりつき、呼吸をするたびに肺が焼けるような痛みが走る。彼女の視界が、微かに揺らぐ。


 魔族たちは、砂魔法で防御を固めながら、その異様な液体、つまり強力な毒を放ってきたのだ。

彼らは、地面を侵食する毒の飛沫を飛ばし、あるいは毒を含んだ砂を鞭のように操って攻撃を仕掛けてくる。


 「うぐっ……!?」


 レオが毒の飛沫を浴び、その腕がみるみるうちに赤く腫れあがる。エリックもまた、毒を含んだ砂に接触し、動きが鈍くなる。パーティー全体が、目に見えて消耗していくのが分かった。


 「みんな、毒だ!

下がって!」


 アルスが鋭く叫び、すぐさま詠唱を開始した。彼の専門である回復魔法の中でも、毒の解除は得意とするところだった。


 「キュア・ポイズン!」


 アルスから放たれた緑色の光が、レオとエリック、そしてセレーネの体を包み込み、毒の効果を瞬時に中和していく。赤く腫れあがった腕が引き、呼吸も楽になった。


 「助かった、アルス!

でも、こいつらいつまで撃ってきやがる!?」

 レオが額の汗を拭いながら、感謝の言葉を述べた。


 しかし、毒の攻撃は止まらない。魔族たちは、休むことなく毒を撒き散らし、広間全体が有毒な空気に満たされ始めた。


 アルスは、次々と毒を受ける仲間たちに、立て続けに回復魔法を施した。だが、その度に彼の魔力と体力は確実に消耗していく。


 砂漠での過酷な移動、そして直前の激戦で既に疲弊していた体に、強力な回復魔法の連続使用は大きな負担となっていた。


 彼の顔色も次第に青ざめ、額には汗が滲む。視界の端で、地面が侵食され、空気が澱んでいくのが見える。


 この毒は、彼自身にも確実に影響を与えていた。毒を直接浴びていなくとも、空気中に漂う毒素が、じわじわと彼の体力を蝕んでいた。


 (これでは、いつまでもキリがない……!

どこかに、この毒を止める、あるいは無力化する手立てが……!)


 アルスは、回復魔法を唱えながらも、遺跡の構造、魔族たちの動き、そして毒の発生源を探ろうと、必死に思考を巡らせた。


 彼の分析力だけが、この窮地を脱する唯一の希望だった。


 激しい戦闘は続く。レオとエリックは、毒に苦しみながらも前線で魔族を食い止め、セレーネは消耗しつつも援護魔法を放つ。

アルスは、まるで自身の命を削るかのように、次々と回復魔法を繰り出していく。


 その時だった。


 広間の隅、闇に溶け込むような位置から、誰にも気づかれないほどの、微かな「ヒュッ」という風切り音が響いた。


 戦闘の激しい喧騒に紛れ、砂が舞い上がる音に掻き消されそうな、本当に小さな音。


 それは、魔族の攻撃に見せかけた、あまりにも巧妙な一撃だった。


 毒々しい緑色の光を纏った一本の矢が、まるで生き物のように闇の中から飛び出した。それは、まっすぐに、消耗しきったアルスの背中へと向かっていく。


 アルスは、地面を侵食する毒の液体から、セレーネを庇うため、わずかに身を捻っていた。その瞬間、彼の背中に、鋭い痛みが走った。


 ブスリ、と鈍い音がして、矢は彼の背中に深く突き刺さる。


 「ぐっ……!?」


 アルスの体が大きく揺らぎ、膝から崩れ落ちそうになる。矢が刺さった箇所から、熱い液体が流れ出し、同時に、矢に塗られていたであろう強力な毒が、彼の全身に一気に広がるのが分かった。


 彼の意識が、急速に遠のいていく。激しい吐き気と、体の内側から燃え上がるような熱。視界が歪み、砂にまみれた天井が、ぼやけて見えた。


 レオとエリック、セレーネは、激しい戦闘の最中にあり、アルスが狙われたことに、まだ気づいていなかった。

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