表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/190

第40話:矛盾の解明

 モルグ・アイン山脈の洞窟から救出された村人たちは、疲れ果てていたものの、その顔には深い安堵の色が浮かんでいた。


 彼らを伴い、勇者パーティーはアイゼン村へと帰還した。村人たちは、英雄の帰還に沸き立ち、レオ、エリック、セレーネ、アルスの四人を歓声と感謝で迎え入れた。


「レオ様、エリック様、セレーネ様、アルス様!

本当にありがとうございました!

あなた方がいなければ、私たちは今頃……!」


 村長が深々と頭を下げ、他の村人たちも口々に感謝の言葉を述べた。レオは得意げに胸を張り、エリックも照れくさそうに笑い、セレーネも優しく微笑み返した。彼らにとって、今回の任務は明確な勝利だった。


 邪悪な魔族を討伐し、囚われた村人を救い出した。勇者として、これ以上の名誉はない。


 しかし、アルスだけは、その場に漂う歓喜の渦の中に、静かながらも深い疎外感を覚えていた。


 彼の心には、洞窟での光景が焼き付いて離れない。村人を守ろうとした魔族たちの、あの悲痛な叫び、そして最期の瞳に宿っていた、人間に対する激しい怒りと悲しみ。


 (本当に、彼らは「悪」だったのか……?)


 アルスは、救出された村人たちと、倒れ伏した魔族たちの姿を、何度も心の中で比較した。


 魔族たちが村人を捕食していたわけではない。むしろ、あの雪獣から村人たちを保護していたように見えた。だが、彼らは勇者たちに助けを求めた。


 言葉が通じなかったから、意思疎通ができなかったから。

その一点が、取り返しのつかない悲劇を生んだのではないのか。


 勇者学校で教えられた「魔族は残忍で、人間を喰らう邪悪な存在」という教えは、アルスにとって、絶対的な真実だった。


 しかし、目の前で起きた出来事は、その「真実」に、大きな矛盾を突きつけた。彼の知る世界が、音を立てて崩れ始めているような感覚に襲われた。


 アイゼン村での滞在中、レオたちは村人の世話を受けながら、今回の任務の報告書を作成し、次の指示を待っていた。彼らが休息を取っている間も、アルスの焦燥感は募るばかりだった。


 彼は、村の小さな資料室や、村長の家の古めかしい書棚から、モルグ・アイン山脈に関する伝説や、古文書の写しを探し始めた。


 旅の合間を縫って、わずかな時間を見つけては、文字を読み漁った。

レオやエリック、セレーネは、アルスが元々探究心の強い性格であることを知っていたため、特に気に留める様子はなかった。

彼らは、アルスが魔術の研究に没頭しているのだろうと、軽く考えていた。


 だが、アルスの調査の焦点は、以前の「エーテルの流れ」や「魔族の生態」から、徐々に、しかし確実に、「空白の10年間」へとシフトしていった。


 (あの魔族たちの不可解な行動……

雪獣の暴走……

もしかしたら、このモルグ・アイン山脈で起きている異変は、すべて「空白の10年間」と繋がっているのではないか?)


 アルスの推測は、あくまで仮説だったが、彼の胸に強く響いた。歴史書から抹消された空白の期間。人々が記憶を曖昧にしているという時代。


 なぜ、そんなことが起こったのか。

なぜ、その期間に勇者育成学校が設立され、魔族に対する憎悪が刷り込まれるようになったのか。


 彼は、かつて読んだ古い文献の断片を思い出した。それは、エーテル結晶に関するものだった。エーテル結晶は、魔族の力の源であるだけでなく、世界の理そのものにも深く関わっているとされていた。


 もし、「空白の10年間」に、エーテル結晶の、あるいは世界の根源的な何かに、大きな変化が起きていたとしたら?


 アルスは、仲間たちにこれらの疑問を打ち明けることを躊躇した。


 彼らの「魔族=悪」という固定観念は強固であり、下手に話せば、自分の調査が妨げられる可能性があった。

あるいは、自分自身が異端視されるかもしれない。


 だから、彼は密かに、慎重に、調査を進めることにした。

夜遅くまで、焚き火の明かりの下で、持ち運びのできる羊皮紙にメモを書きつける。古文書の記述と、今回の魔族の行動を照らし合わせ、矛盾点や共通点を探した。


 その研究は、決して楽なものではなかった。古文書の多くは難解な言葉で書かれており、解読には膨大な時間を要した。また、時には危険な場所へと足を運び、禁断とされている書物や伝承を探し求めることもあった。


 しかし、アルスは止まることができなかった。

洞窟で感じた違和感、そして彼の心に刻まれたあの魔族たちの悲痛な表情が、彼を突き動かしていた。


 彼が知りたいのは、真実だった。

人間と魔族の間に横たわる、深い溝の根源。そして、「空白の10年間」という謎めいた歴史の裏に隠された、世界の本当の姿。


 この焦燥感と、真実への渇望が、アルスを新たな探求へと駆り立てていた。


 それは、彼の「空白の10年間」を解明する、孤独な戦いの始まりでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ