表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/154

第4話:孤高の合格者

 すべての試験が終わり、勇者育成学校の中庭には、張り詰めた沈黙が満ちていた。


 百人を超えていた孤児たちの数は、すでに半分以下に減っている。最後まで残った者たちも、疲労と緊張で顔色は悪く、発表を待つ間にも、不安げに互いの顔を見合わせる者が少なくなかった。


 レオもまた、息を潜めて立っていた。胃の腑は相変わらず空っぽだが、空腹の痛みよりも、胸の奥で高鳴る鼓動の方が大きかった。


 この数時間、彼の体は極限まで酷使された。魔法が使えないという弱点を補うため、他の子供たちの何倍もの力と機転を使い、泥だらけになりながらも食らいついた。


 ポケットの中のリルが、心配そうに「キュッ」と鳴く。


 レオはそっとポケットに指を入れ、リルの温かい体を撫でた。リルの小さな鼓動が、手のひらを通じてレオに伝わってくる。


 「合格者は、ただいまから名前を読み上げる」

 試験官の声が、再び静寂を破った。


 広場に集まった孤児たちの顔に、一斉に緊張が走る。中には、すでに泣き出している子供もいた。不合格を悟った者たちだろう。彼らのすすり泣く声が、ひどく胸に響いた。


 「――次。アリス・メルトゥーユ」


 「――次。ガレオン・ド・ブライト」


 次々と名前が読み上げられていく。呼ばれた者は安堵の表情を浮かべ、呼ばれなかった者は肩を落としてその場を去っていく。


 レオは固唾を飲んで、自分の名前が呼ばれるのを待った。指先が、わずかに震える。


 「――次。レオ」


 その声に、レオの体がビクリと跳ねた。


 呼ばれた。

 たしかに、自分の名前が呼ばれたのだ。


 信じられない気持ちで顔を上げると、試験官がまっすぐにレオを見つめていた。その表情には、わずかな驚きと、どこか深い思慮が浮かんでいるように見えた。


 「――以上だ。名前を呼ばれた者は、手続きのため残るように。それ以外の者は、これにて解散とする」


 周囲から、再びすすり泣く声や、落胆したため息が漏れる。合格した孤児たちは、安堵の表情で互いに視線を交わし、喜びを分かち合っていた。


 レオは、その場に立ち尽くしていた。


 合格。


 この言葉が、どれほどの意味を持つか。それは、今日の空腹から、明日の不安から、そしてこれまで彼を苛んできたすべての絶望から、彼を解放してくれる唯一の道だった。


 貧困から抜け出せる。安定した生活が手に入る。


 その事実に、安堵と、じんわりとした喜びがレオの心を満たしていく。ポケットの中のリルも、跳ねるように喜びの鳴き声を上げた。

 しかし、レオに向けられる視線は、他の合格者とは明らかに違っていた。


 好奇の目。


 訝しむような目。


 そして、わずかな侮蔑の感情が込められた目。


 「あいつ、魔法使えないんだろ?」

 「なんであんな奴が合格するんだよ」


 合格者の中に、そんな囁きが広がっていく。彼らが、レオが魔法を一切使えないことを知っているのは、試験中に露呈したレオの弱点を、間近で見ていたからだろう。


 魔法が当たり前の世界で、魔法が使えない者が勇者育成学校に合格することは、異例中の異例だった。学校内でも、この決定は大きな波紋を呼ぶことになるだろう。


 「おい、お前」

 試験官の一人が、レオに手招きをした。


 レオは、周りの視線を感じながら、ゆっくりとその男に近づいた。

 「お前のような例は、滅多にない。身体能力と機転は確かだが、魔法が使えないというのは、勇者としては致命的な弱点だ」


 男の声は低く、感情が読み取れない。


 「それでも、お前の中には、何かがある。我々が見出したものだ。だが、覚えておけ。この学校は甘くない。ここはお前のような孤児が、英雄となるための場所ではない。英雄となるための、競争の場だ」


 男の言葉は、レオの心に重く響いた。


 入学手続きは、簡素なものだった。

 名前を告げ、いくつかの書類に指紋を押すだけ。


 そして、レオに割り当てられたのは、学校の隅にある質素な一部屋だった。

 石造りの壁に、小さな窓が一つ。ベッドと、小さな木製の机、椅子があるだけの簡素な部屋だ。だが、レオにとっては、これまでのどんな寝床よりも、安全で、温かい場所に思えた。


 泥だらけの服を脱ぎ、初めて与えられた真新しい制服に袖を通す。ざらついた生地が肌に触れる感触は、慣れないものだった。


 窓の外は、すでに暗闇に包まれている。


 レオはベッドに座り、ポケットからリルを出した。リルはレオの膝の上に乗ると、くるくると体を丸め、目を閉じた。


 新しい生活への期待と、不安がない交ぜになった夜だった。

 明日から、この場所で、彼の新しい「競争」が始まる。


 学校の厳しい規則。


 周りの生徒たちが追い求める「英雄」という称号、そしてその先にある「地位と名声」。


 彼らとの差は歴然としている。魔法が使えないレオは、彼らにどうやって食らいついていくのか。


 レオは、眠りについたリルの頭をそっと撫でた。

 どんな困難が待ち受けていても、きっと乗り越えてみせる。

 この場所が、彼の人生を変えるための、唯一の希望なのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ