表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/190

第37話:凍える洞窟

 雪に覆われたモルグ・アイン山脈の懐は、死んだような静寂に包まれていた。


 レオたちは、失踪者が最後に目撃されたという場所から、さらに奥深くへと足跡を追っていた。降り積もった雪は彼らの膝まで達し、一歩進むごとにおびただしい体力を奪っていく。


「おかしい……。

足跡が、一つの方向へ向かって続いている」


 最後尾で慎重に痕跡を調査していたアルスが、眉をひそめて呟いた。その声は、張り詰めた空気の中、やけに明瞭に響いた。


「どういうことだ、アルス?

魔獣に襲われたんじゃないのか?」


 レオが、荒い息を整えながら振り返る。


「襲われたにしては、争った形跡が一切ない。まるで……

何かに誘われるように、あるいは、運ばれるように、皆が同じ場所へ向かっているように見える」


 アルスの言葉に、パーティーの間に緊張が走る。

それは、単なる魔獣の襲撃よりも、さらに不気味で計画的な何かを示唆していた。


 彼らは、アルスが指し示す足跡の先を追った。やがて、巨大な岩壁に行き着く。


 その岩壁の中腹に、まるで巨大な獣が口を開けているかのように、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。

洞窟の入り口からは、周囲の空気とは比較にならないほどの、異常な冷気が絶えず吹き出している。


「ここか……。

嫌な感じがするわね」


 セレーネが、杖を握りしめながら身震いした。

洞窟の闇の奥から、得体の知れない邪悪な気配が漏れ出しているのを、彼女の魔術師としての鋭敏な感覚が捉えていた。


「失踪した村人たちは、この中に入っていったと?」


 エリックが、剣に手をかけ、洞窟の入り口を睨む。


「その可能性が高い。

行くぞ。何が待ち構えていようと、村人たちを見捨てるわけにはいかない」


 レオが決意を固め、先頭に立って洞窟の中へと足を踏み入れた。


 洞窟の内部は、想像を絶する氷の世界だった。壁も、床も、天井までもが、分厚く、そして滑らかな氷で覆われている。レオたちの吐く息は、瞬時に白く凍りつき、地面に落ちてはかなく砕けた。


「うわっ……!」


 レオが、滑りやすい足元に体勢を崩しかける。

一歩一歩が、まるで薄氷の上を歩くかのように慎重さを要求された。


「セレーネ、明かりを」


 アルスの指示で、セレーネが杖の先に小さな光球を灯す。しかし、その魔法の光は、洞窟の氷壁に無数に乱反射し、かえって彼らの視界を惑わせ、距離感を狂わせた。


 洞窟の奥からは、時折、氷が軋むような甲高い音と、地の底から響くような低い唸り声が聞こえてくる。


 彼らは警戒を最大限に高めながら、洞窟の奥へと進んでいった。道は徐々に広くなり、やがて巨大な氷の広間のような場所へと辿り着く。


 広間の中心には、天を突くほどの巨大な氷柱が何本もそびえ立ち、荘厳でありながらも、どこか墓標のようにも見えた。


 その時だった。


 グォォオオオオオオッ!


 広間全体を揺るがすほどの、凄まじい咆哮が響き渡った。巨大な氷柱の影から、ゆっくりと巨大な影が姿を現す。


 それは、白熊を思わせる巨体に、猛々しい牙と、剃刀のように鋭い氷の爪を持つ魔獣だった。


 その体躯は優に五メートルを超え、全身を覆う白い毛皮の所々が、まるで鎧のように青白く輝くエーテル結晶に覆われている。


 その瞳は、凍てつく憎悪の光を宿し、紛れもない殺意をレオたちに向けていた。


「な、なんだ、あいつは……!?」


 レオが、その圧倒的な威圧感に思わず後ずさる。これまでの魔獣とは、格が違う。


「エーテル結晶を直接体内に取り込み、巨大化した雪獣……!

まさか、こんな魔獣が存在したなんて……!」


 アルスが、驚愕の声を上げた。彼の知識をもってしても、文献でしか見たことのない、伝説級の魔獣だった。


 雪獣は、再び咆哮すると、その巨大な口から、絶対零度の吹雪を吐き出した。


「危ない!」


 レオが叫び、とっさに仲間を庇うように前に出る。吹雪は、レオが構えた剣を瞬時に凍りつかせ、彼の腕の感覚を麻痺させた。


「くそっ……! 冷てぇ!」


「下がって、レオ!

フレイムウォール!」


 セレーネが咄嗟に炎の壁を展開し、追撃の吹雪を防ぐ。

しかし、雪獣の冷気はあまりに強力で、炎の壁はみるみるうちに勢いを失い、相殺されてしまう。


「こいつの冷気、私の魔法と相性が最悪だわ……!」


 セレーネの顔に、焦りの色が浮かぶ。狭い洞窟内では、雪獣の攻撃範囲から逃れることは困難だった。さらに、凍てつく寒さが、彼らの体力を容赦なく奪っていく。手足がかじかみ、思考が鈍り、魔法の詠唱すら満足にできなくなりつつあった。


「回り込んで、足を狙う!」


 エリックが、滑る足元に苦労しながらも、雪獣の側面へと回り込もうとする。しかし、雪獣は見た目に反して動きが素早く、巨大な前足の一薙ぎで、エリックを氷の壁へと叩きつけた。


「ぐはっ……!」


「エリック!」


 アルスが即座に回復魔法をかけるが、エリックは強打によって呼吸が乱れ、すぐには立ち上がれない。


 戦況は、圧倒的に不利だった。

レオの剣も、セレーネの魔法も、決定的なダメージを与えられない。狭く、滑りやすく、そして極寒の環境。その全てが、雪獣に味方していた。


 レオは、仲間たちが次々と傷つき、消耗していくのを見て、奥歯を噛み締めた。


(このままじゃ、全滅する……!)


 彼は、凍りつく腕に力を込め、再び雪獣へと斬りかかる。しかし、その剣は、雪獣の体表を覆うエーテル結晶の鎧に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。


 その間も、アルスだけは、戦況から一歩引いた場所で、冷静に雪獣の動きを観察し続けていた。


 彼の目は、雪獣の巨体ではなく、その行動パターンと、体から発せられる魔力の流れ、すなわち「エーテルの流れ」に集中していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ