第3話:勇者への扉、選抜試験
中庭に集まった子供たちのざわめきが、緊張に満ちた空気を震わせる。
試験官らしき男の一人が、前に進み出た。その声は、広場の隅々にまで響き渡るほど大きく、レオの耳にもはっきりと届く。
「静粛に! これより、勇者育成学校の選抜試験を開始する!」
一瞬にして、広場は水を打ったように静まり返った。
子供たちの視線が、一斉に男に集中する。レオもまた、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「我々が求めるのは、強靭な肉体、優れた知性、そして揺るぎない精神だ。
そして何より、仲間と協力し、困難を乗り越える力!
決して、魔法の腕前だけではないことを、肝に銘じておけ!」
男の言葉に、レオはかすかに眉をひそめた。
魔法の腕前だけではない、と言いながらも、この世界では魔法が当たり前だ。特に勇者を目指す者にとって、魔法は必須の能力とされている。
事実、多くの子供たちは、既に簡単な魔法を操ることができた。
炎を灯したり、小石を浮かせたり、弱い風を起こしたり……。
レオの周りにいる孤児たちも、隠れて呪文を唱え、手のひらから微かな光を放っていた。
しかし、レオは違った。
何度試しても、彼の指先から魔法の光が生まれることはなかった。
それは、幼い頃からのレオの、致命的な弱点だった。
だからこそ、彼は身体能力にすべてを賭けてきた。
最初の試験は、簡単な身体能力テストだった。
巨大な丸太を飛び越える。高く張られたロープを登る。素早く障害物をかわし、決められたゴールまで走り抜ける。
他の子供たちが、それぞれ得意な魔法を使って課題をこなす中、レオは魔法に頼ることなく、純粋な身体能力だけで挑んだ。
丸太は、飛んだ。
ロープは、登った。
障害物は、かわした。
痩せ細った体からは想像もつかないほどの俊敏さと跳躍力。泥にまみれながらも、彼は誰よりも早くゴールへと到達した。
周りの子供たちは、驚きの表情でレオを見ていた。
魔法を使わず、あそこまでできるのか、と。
だが、その驚きはすぐに冷ややかな嘲笑へと変わった。
「魔法も使えないくせに、頑張ったところで意味ないだろ」
「どうせ、すぐに脱落する」
そんな陰口が、レオの耳に届く。
唇を噛みしめ、レオは俯いた。
ポケットの中で、リルが小さく震えているのがわかる。心配しているのだろうか。
次のテストは、知力と精神力を測るものだった。
迷路のような森を進む。だが、ただの迷路ではない。幻覚や幻聴が、行く手を阻む。
時には、心の奥底にある恐怖を呼び起こすような声が聞こえ、多くの子供たちが途中で動けなくなった。
レオは、ひたすら前を向いた。
幻覚を見ても、幻聴が聞こえても、彼は立ち止まらなかった。
「お前は、誰にも必要とされていない」
そんな声が、レオの頭の中に響く。
それは、これまでの人生で何度も耳にした、彼を苦しめてきた言葉だった。
だが、レオはポケットの中のリルに触れた。
「キュッ」
リルの温もりが、恐怖を溶かす。
自分は一人じゃない。
リルが、いつもそばにいてくれる。
そして、彼は幻覚の森を抜け出した。
最終テストは、チームごとの連携能力を試すものだった。
与えられた魔法の道具を使い、協力して目の前の障害物を乗り越える。
レオは、当然ながらどのチームにも誘われなかった。
彼と一緒に組んだ子供は、誰もが不満そうな顔をする。
「魔法も使えないのに、どうするんだよ」
「足手まといになるだけだ」
そんな罵声が、レオの背中に突き刺さる。
レオは、自分に割り当てられた、何の変哲もない木の棒を握りしめた。
他の子供たちは、炎の杖や水の瓶、風の扇など、様々な魔法の道具を手にしている。
目の前の障害物は、巨大な岩だった。
他のチームは、魔法で岩を砕いたり、浮かせたりして乗り越えていく。
レオは、ただ木の棒を構えた。そして、岩のわずかな隙間を探す。
魔法が使えないなら、別の方法で乗り越えるしかない。
彼は、岩の表面にわずかな窪みを見つけた。
そこに木の棒を差し込み、全身の体重を乗せて押し込む。
ミシミシと音を立てながらも、岩はびくともしない。
「やっぱり無理だよ!」
「諦めろ!」
周りから嘲笑が飛ぶ。リルも、ポケットの中で心配そうに小さく震えている。
それでも、レオは諦めなかった。
彼は、岩の構造を観察した。
どこに力を加えれば、最も効率が良いか。
どの角度で棒を差し込めば、わずかな亀裂を広げられるか。
そして、彼は地面にわずかに突き出た別の石を見つけた。
それを足場にして、もう一度、木の棒を岩に突き立てる。
グググ……。
かすかに、岩が動いた。
レオは、そのわずかな動きを逃さなかった。
何度も、何度も、全身全霊で木の棒を押し込む。
その瞬間、ゴオオオオオッ!
岩の巨大な塊が、ゆっくりと横にずれた。
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
魔法を使わず、たった一本の木の棒で、あの巨大な岩を動かした。
それは、まさに信じられない光景だった。
試験官たちもまた、その光景に目を見張っていた。
「あの子は……」
彼らの視線が、レオに集中する。
レオは、よろめきながらも岩の向こうへと進んでいく。
体は泥だらけで、息も絶え絶えだったが、その瞳には諦めない光が宿っていた。
ポケットの中で、リルが嬉しそうに「キュッ」と鳴いた。
それは、レオの奮闘を称える、小さな小さな、エールだった。