第29話:旅立ちの風
国王歴1009年9月。
勇者育成学校の門を後にしたレオたち四人のパーティーは、期待と希望に満ちた足取りで、東へと続く街道を進んでいた。
吹き抜ける風が、彼らの新たな旅の始まりを祝福するように、優しく髪を揺らす。太陽の光は眩しく、彼らが目指す未来が、まるでその光のように輝かしいものであることを暗示しているようだった。
「ここからが、本当の冒険だな!」
レオが、弾むような声で言った。彼の表情は、学園での様々な葛藤や苦悩から解き放たれ、純粋な冒険への熱意に満ちていた。手にした剣が、これからの戦いを予感させるように、陽光を反射して煌めく。
「そうね。学園の中だけが世界じゃないってことを、身をもって知ることになるわ」
セレーネが、はにかむように微笑んだ。彼女の魔法は、学園で培った知識と技術を基盤とし、さらなる高みを目指すべく、秘めたる力を漲らせていた。その瞳には、かつての驕りはなく、真摯な探求心が宿っている。
エリックは、周囲の景色を注意深く観察しながら、言った。
「とはいえ、道中は危険も多い。油断は禁物だ。アルス、次の村まではどのくらいだ?」
「このペースでいけば、三日。途中で一度、野営を挟むことになるだろう」
アルスが、正確な情報を返す。彼は、地図と方位磁石を手に、常に先を見据えていた。彼の冷静な判断力と、パーティー全体の安全を第一に考える姿勢は、旅において何よりも心強いものだった。
彼らが目指す最初の目的地は、東部平原に位置する小さな村、エルダーウッド。
そこは、最近になって魔獣の被害が増えているという情報があり、卒業したばかりの勇者パーティーが最初に派遣される典型的な場所だった。
しかし、レオたちにとっては、それが「世界を救う英雄」への第一歩となる、輝かしい未来への道標なのだ。
「よし、最初の仕事だ!
みんな、気合入れていくぞ!」
レオの掛け声に、エリックとセレーネが力強く応えた。
昼間は、魔獣の気配に警戒しながら、しかし、どこか楽しげな雰囲気で街道を進んだ。道中、彼らは互いの得意なことや、意外な一面を発見し、パーティーとしての絆をさらに深めていく。
レオは持ち前の身体能力で重い荷物を軽々と運び、エリックは道なりの植物や地形から危険を察知し、セレーネは時折、小さな魔物相手に実戦形式で魔法を試した。アルスは、それらを冷静に観察し、必要な時に的確な助言を与えた。
夕暮れ時、彼らは小川のほとりにある開けた場所で、初めての野営を行うことになった。学園では常に用意された宿舎があったため、自分たちの手で全てを準備するのは初めての経験だ。
「野営の準備は、学園で教わった通りにやろう。
テントの設営は、レオとエリック。
私は火の準備と、周囲の警戒を担当する。セレーネは、食料の準備と簡単な調理を頼む」
アルスが、淀みなく役割を割り振る。
「テントなんて、初めてだ!」
レオは、慣れない手つきでポールを組み立て始める。エリックが、要領よくそれを手伝い、二人で協力しながら、あっという間に簡易的なテントを設営した。
その間、アルスは、周囲の木々の配置や風の流れを読み、最適な場所に火を起こすための準備を進める。枯れ枝を集め、小さな焚き火を組み上げていく手つきは、どこか手慣れていた。
セレーネは、持参した食材を取り出し、簡単なスープと干し肉を温める準備を始めた。魔法使いである彼女は、これまで生活の細部に気を配ることは少なかったが、この旅で、少しずつ自立の道を歩み始めていた。
焚き火の炎がパチパチと音を立て、夜の闇を優しく照らす。温かいスープの香りが、疲れた体に染み渡るようだった。
「こうして野営するのも、悪くないな」
レオが、満点の星空を見上げながら呟いた。学園の監視の目が届かない場所での自由な時間は、彼にとって新鮮なものだった。
エリックは、温かいスープをすすりながら、満足げに頷く。
「ああ。みんなで協力し合って、自分たちの力だけで作り上げるってのは、なかなか楽しいもんだ」
セレーネも、焚き火の炎に照らされた仲間たちの顔を見つめ、心が温まるのを感じていた。
「確かに。こんな風に、みんなで一緒にいると、学園でのあのギスギスした日々が、まるで遠い昔のことみたいに感じるわ」
アルスは、そんな仲間たちの様子を、静かに見守っていた。彼らの間に築かれた、揺るぎない友情と信頼が、確かなものとなっていることを肌で感じていた。
レオのポケットの中では、妖精のリルが、彼らの会話と、夜空に瞬く星々を静かに見上げていた。
その小さな体には、まだ明かされていない大きな秘密が隠されているが、今はただ、目の前の彼らの旅立ちを、優しく見守っていた。
東の空が白み始め、夜明けが近いことを告げる。
彼らの「英雄への道」は、始まったばかりだ。
アースガルド大陸の広大な地が、彼らの冒険を待ち望んでいた。




