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第21話:運命の始まり

 国王歴1006年5月。


 勇者育成学校に、卒業試験の結果が張り出された。期待と不安が入り混じった生徒たちが、掲示板の前に群がる。しかし、その結果は、多くの者にとって残酷なものだった。


 セレーネは、唇を噛み締めていた。


 彼女が加わったエリートパーティーは、確かに試験の課題をクリアした。圧倒的な魔法の力で、模擬魔物を掃討し、連携も悪くなかった。

しかし、彼女自身の傲慢さや、他者への配慮の欠如が、チームワーク評価に響いた。そして、何よりも、彼女の魔法が、予想外のタイミングで暴走しかける場面があったのだ。完璧を自負する彼女にとって、それは受け入れがたい「失敗」だった。


 エリックは、呆然と掲示板を見上げていた。


 彼が加わったパーティーは、確かに優れたメンバーが揃っていた。しかし、試験中、彼は何度か、レオのことが頭をよぎり、集中を欠いた。

そして、セレーネの感情の爆発を間近で見てきたこともあり、彼の心には、魔物との戦いとは異なる、複雑な感情の嵐が吹き荒れていた。結果的に、チームとしての連携がわずかに乱れ、それが致命的なミスへと繋がった。


 そして、レオ。


 彼のパーティーは、まさに「落ちこぼれ」の集団だった。それでも、レオは彼らを鼓舞し、自身の剣技で彼らを支え、なんとか試験を突破しようと奮闘した。

しかし、個々の能力差は大きく、魔法が使えないレオの弱点を補い切れるほどの連携は、短期間では築けなかった。レオの活躍で学校残留点はなんとか上回ることができたが、最後の最後で、一歩及ばず、彼らの挑戦は幕を閉じた。


 その結果は、レオにとっては、ある意味で覚悟していたものだった。だが、それでも、胸の奥底に、言いようのない虚しさが広がった。


 勇者育成学校の、それぞれの最上位の生徒たちが、誰も卒業試験を突破できなかった。その事実は、学園に大きな衝撃を与え、同時に、奇妙な静寂をもたらした。


 卒業試験から数日後。


 アルスは、学校の中庭で、一人ベンチに座っていた。その日は、珍しく穏やかな日差しが降り注ぎ、鳥のさえずりが聞こえる。彼の視線の先に、エリックの姿があった。エリックは、他の生徒たちとは離れ、どこか沈んだ表情で歩いていた。


 「エリック」


 アルスが声をかけると、エリックは驚いたように顔を上げた。

「アルス……どうしたんだ?」


 「少し、話さないか」

 アルスは、隣のスペースを軽く叩いた。エリックは、躊躇いがちにアルスの隣に腰を下ろした。


 エリックは、試験での不合格と、その理由について、アルスに訥々と語り始めた。自分たちのパーティーが、なぜ失敗したのか。そして、レオが、魔法が使えないがゆえに、どれほど苦しんできたか。友として、彼を支えきれなかったことへの後悔。そして、セレーネの、あの感情の爆発。


 「俺は、どうすればよかったのか、わからなかったんだ……」

 エリックの声は、弱々しかった。


 アルスは、静かに、ただ耳を傾けていた。彼の観察眼は、エリックの言葉の裏に隠された、彼の優しさと、そして、心の奥底にある葛藤を読み取っていた。


 話を聞き終えたアルスは、ゆっくりと口を開いた。

 「試験の結果は、あくまで一つの側面だ。勇者としての資質は、魔法の有無や、試験の成績だけで決まるものではない」


 アルスの言葉は、エリックの心に、じんわりと温かいものを広げた。


 「エリック、君は、他者の感情に寄り添うことができる。それは、勇者として最も重要な資質の一つだ。そして、君がレオとの友情を何よりも大切にしていることも、私は知っている」


 エリックは、アルスの言葉に、少しだけ顔を上げた。


 「空白の10年間」について、アルスが探求を続けていることを、エリックは漠然と知っていた。アルスは、その探求の過程で得た知識の一部を、エリックに語り始めた。歴史書の矛盾。不自然な記憶の改変。魔族との間に植え付けられた憎悪の根源。


 エリックは、持ち前の共感力で、アルスの探求心と、その深遠な知識に魅力を感じた。彼の言葉は、これまで彼が教えられてきた世界観に、小さな、しかし確かな亀裂を入れた。


 「……俺も、その『空白の10年間』の真実を、あなたと共に探ってみたい」

 エリックは、アルスに告げた。彼の声には、新たな決意が宿っていた。


 アルスは、静かに頷いた。彼が待ち望んでいた「何か」が、動き出そうとしていた。


 しかし、エリックの心の中には、まだ確固たる信念があった。現在の国王たちは絶対的な正義であり、魔族は絶対悪である。この学校で教え込まれたその思想は、彼の心の根底に深く刻まれていた。アルスの話に興味を抱き、真実を探求することに惹かれながらも、その本質的な部分は、まだ揺らいでいなかった。


 これは、運命の始まりだった。


 エリックは、真実への扉を開いた。

しかし、その道の先に、彼が信じてきた「正義」が、いかに脆く、歪んだものであったかを知ることになるなど、今はまだ、知る由もなかった。

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