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第2話:飢えと希望の狭間で

 石畳の路地裏に、一筋の光も差し込まない。


 朽ちかけた木箱が積み上げられた陰で、レオは膝を抱えてうずくまっていた。


 六歳の小さな体は、風が吹くたびにブルリと震える。四月の風はまだ冷たく、薄汚れた粗末な布切れ一枚では、夜の寒さを凌ぐことはできなかった。


 最後に温かい食事にありつけたのは、いつだったか。


 もう、思い出せない。


 胃の腑は空っぽで、不平を訴えるかのようにキリキリと痛む。

 腹の虫が鳴く音は、ひっそりとした闇の中でひどく響き、レオの孤独を強調するかのようだった。


 孤児であるレオにとって、この町はどこもかしこも冷たかった。

 大人たちの視線は、彼をまるで汚れた石ころでも見るかのように通り過ぎていく。


 優しい言葉をかけられた記憶は、物心ついた時から一度もない。


「グルルル……」


 もう一度、腹が鳴った。


 レオは、胸の奥にあるチクチクとした痛みに、そっと手を当てる。

それは空腹からくる痛みだけではなかった。


 独りぼっちでいることの、どうしようもない寂しさ。

誰にも必要とされていないという、漠然とした不安。


 だが、そんなレオにも、たった一つの、秘密の友達がいた。


 レオのくたびれた上着のポケットの中で、何かがモゾモゾと動く。


 レオは慣れた手つきで、そっとポケットに指を入れた。

小さな、ふわふわとした毛玉のような感触。

ハムスターよりも少し大きく、リスのように愛らしい尻尾を持つ、それがリルだった。


 リルはレオの指に、その小さな頭を擦り寄せる。

暖かく、柔らかい感触が、レオの心の凍りついた部分をわずかに溶かしていくようだった。


「リル……」


 レオが呟くと、リルは「キュッ」と小さく鳴いた。

その声は、レオにしか聞こえない特別な音だった。


 彼は、リルがどんな時も自分に寄り添ってくれていることを知っていた。

無意識のうちにポケットに触れるたび、リルの温もりが手のひらに伝わり、レオは漠然とした安心感に包まれるのだ。


 明日、勇者育成学校の選抜テストがある。


 町に貼られた募集の貼り紙には、「孤児でも、誰でも、才能さえあれば未来は開ける」と書かれていた。

食料と住処が保証され、英雄として名を馳せることもできる。それは、レオのような身寄りのない子供にとって、まるで夢のような話だった。


 この貧困から抜け出すための、たった一つの希望。


 もし、このテストに落ちたら?


 想像するだけで、ぞっとする。

また、冷たい路地裏で空腹に耐えながら、いつ終わるとも知れない日々を過ごすことになるのだろうか。


 翌朝、冷たい空気が肌を刺す中、レオは勇者育成学校へと向かう石畳の道を歩いていた。


 その小さな足は、前日の空腹と疲れで重い。

それでも、レオの瞳には、わずかながらも希望の光が宿っていた。


 今日のテストが、自分の人生を変えるかもしれない。そう信じて、彼は一歩一歩、確実に足を進める。


 道の両脇には、彼と同じようにテスト会場へと向かう孤児たちの姿があった。


 皆、レオと同じように、薄汚れた服をまとい、痩せこけた顔をしている。だが、その表情は様々だった。


 ある者は、不安と緊張で顔をこわばらせ、今にも泣き出しそうになっている。


 またある者は、他の子供たちを警戒するように鋭い視線を向け、ライバル心を剥き出しにしている。


 そして、中にはどこか達観したように、諦めの表情を浮かべている者もいた。


 誰もが、このテストに人生の全てを賭けている。


 だからこそ、会場には重苦しい雰囲気が漂っていた。

互いに言葉を交わす者もなく、ただ、靴音だけが響く。


 だが、その沈黙の中にも、確かに希望という名の微かな熱気が渦巻いているのを、レオは感じていた。


 会場の門をくぐると、そこは広い中庭になっていた。


 既に多くの子供たちが集まっており、その数は百人を超えているように見えた。

広場の中央には、いかにも権威がありそうな男たちが数人立っており、鋭い眼光で子供たちを観察している。彼らが、今日の試験官なのだろう。


 レオは人混みの後方に身を隠すように立ち、他の子供たちをじっと観察した。


 皆、自分と同じ境遇の子たちだ。

この中から、一体何人が選ばれるのだろう。

そして、選ばれなかった者は、一体どこへ行くのだろう。

そんな疑問が、レオの小さな頭の中を駆け巡った。


 恐怖と希望が、まるで綱引きをするかのようにレオの心を揺さぶる。


 だが、彼は負けない。


 ポケットの中で、リルが「キュッ」と小さく鳴いた。

その温もりが、手のひらからレオの全身へと広がる。


 よし。


 レオは、固く拳を握りしめた。

このテストは、きっと彼の人生を変える。そう、信じていた。

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