第19話:交錯する視線
国王歴1002年3月。
勇者育成学校に、ようやく春の兆しが見え始めた。しかし、レオ、エリック、セレーネの三人の心には、依然として冬の凍てつくような孤独が根を下ろしていた。セレーネの感情の爆発以来、彼らの関係性は、さらに複雑な様相を呈していた。
レオは、学校生活の中で、これまで以上に深い孤立を感じていた。
魔法が使えないという事実は、この勇者育成学校では、彼を永遠の異端者として規定する烙印だった。エリックとセレーネが、それぞれの才能を伸ばしていくのを間近で見るたびに、彼らの間に存在する圧倒的な壁を意識させられる。
自分だけが、別の次元にいるかのような疎外感。彼らの会話に入り込めない。共通の話題がない。周囲の生徒たちからの視線も、同情と好奇心、そして軽蔑が入り混じったものだ。
(俺は、一体何のために、ここにいるんだ……)
訓練場で剣を振るう彼の姿は、まるで荒野に一人立つ戦士のようだった。鍛え上げられた肉体とは裏腹に、その心は、今にも崩れ落ちそうなほどに脆くなっていた。
エリックもまた、孤立感を深めていた。
彼は、レオへの友情と、セレーネへの戸惑いの間で引き裂かれていた。レオを庇えば、セレーネの嫉妬の炎はさらに燃え上がる。しかし、レオを見捨てることなど、エリックにはできなかった。
「セレーネ、もうあの件は……」
エリックがセレーネに話しかけようとするたび、彼女は冷たく目をそらすか、あからさまに不機嫌な顔をする。彼女の感情の起伏は依然として激しく、エリックはどう接していいのか分からずにいた。
また、エリック自身の能力に対する焦りも、彼の孤独に拍車をかけた。セレーネのような圧倒的な魔法の才能も、レオのような不屈の精神力も、自分にはない。中途半端な自分は、本当に二人にとって必要な存在なのか。そんな自問自答が、彼の心を締め付けていた。
セレーネもまた、孤独に苛まれていた。
彼女の魔法の才能は、誰にも理解されない重圧となって彼女を苦しめていた。周囲の生徒たちは、彼女を「天才」と称賛し、畏敬の念を抱く。しかし、それは彼女自身を、手の届かない存在として、周囲から隔絶させているだけだった。
(誰も、私の本当の気持ちなんて知らない)
完璧を求められるプレッシャー。些細なミスも許されないという強迫観念。感情が破綻したあの日の出来事は、彼女にとって、忘れられない屈辱として心に刻まれていた。
あの時、エリックが手を差し伸べようとしてくれたことも、レオが意外な視線を向けてきたことも、彼女は覚えている。だが、それを受け入れる術を、彼女は知らなかった。
三人は、それぞれ心に分厚い壁を築いていた。
言葉は交わされず、互いの感情は、表面上はまるで交わることがないかのようだった。しかし、時折、彼らの視線が、ふとした瞬間に交錯する。
訓練場でのすれ違いざま。
食堂でのわずかな間。
教室での、誰にも気づかれない一瞬。
その視線には、それぞれが抱える孤独、苦悩、戸惑い、そして、ごくわずかな、しかし確かに存在する理解や、変化への予感が込められていた。言葉にならない感情が、まるで空気の振動のように、彼らの間に漂う。
アルスは、遠くから彼らの様子を静かに見守り続けていた。
図書館の窓辺。あるいは、中庭の木陰。彼は、決して彼らに直接干渉することなく、ただ、彼らの間に生じる微細な感情の揺らぎを捉えていた。
(いずれ、この孤独が、彼らを繋ぎ合わせるきっかけとなるだろう)
アルスは、確信めいた目で、三人の若者たちを見つめた。彼らが、この学校で経験する苦難が、やがて彼らを真の勇者へと成長させる糧となることを、そして、この歪んだ関係性がいつか良い方向へ向かい、真の仲間として手を取り合う日が来ることを、深く願っていた。