第188話:連合軍の苦戦
空と陸。
二つの戦場で、この星の最後の抵抗が始まった。
しかし、その戦いがどれほどまでに絶望的なものとなるのかを、彼らはまだ本当の意味では理解していなかった。
◇ ◇ ◇
黒竜が天を衝くような雄叫びを上げ、戦場へとその巨体を躍らせた。
レオとリリス、リオ、そして各部族から選りすぐられた少数精鋭の突入部隊。
彼らの目的はただ一つ。
リオという名のコンパスを頼りに、空と陸を埋め尽くす絶望の軍勢を突破し、敵の中枢……母船に眠る動力源『核』を、その一点のみを破壊すること。
あまりにも無謀で、しかし唯一残された希望の作戦。
「行くぞ!」
レオの号令と共に黒竜は、敵艦隊が密集する空域へと一筋の黒い彗星となって突入した。
その瞬間、彼らを待ち構えていたかのように、周囲にいた数百の小型戦闘機が一斉にその機首を向けた。
ビュン! ビュン! ビュン!
無数の青白いレーザー光線が、雨のように降り注ぐ。
その一つ一つが、王都の城壁さえも容易く蒸発させるほどの破壊力を持っていた。
「――大地の鎧よ!」
レオは黒竜の周囲に、自身の覚醒した魔力で巨大な岩石の盾を無数に生成し、それを高速で回転させることで防御壁を築き上げた。
レーザーが岩石の盾に直撃し、火花を散らして砕け散る。
「リリス! リオ!」
「分かってるわ!」
リリスは旧世界の王の知識と自らの強大な魔力を解放した。
彼女の瞳が未来を予測するかのように鋭く輝き、敵戦闘機の複雑な動きのパターンを瞬時に読み解く。
「右舷前方、三機!
左後方、五機!
散開して回り込んでくるわよ!」
彼女の的確な指示と同時に、レオは新たな岩の槍を生成し、予測された座標へと寸分の狂いもなく撃ち出した。
轟音と共に数機の戦闘機が火を吹き、墜落していく。
「父様! あっち!
あの、一番大きくて丸い船!
あの歌が、一番気持ち悪いよ!」
リリスの腕の中で、リオが震える指で遥か前方の宙域を指し示した。
彼の特別な感応力は、この無数の敵意と魔力の嵐の中から、敵の中枢である母船が放つ最も禍々しいエーテルの「歪み」を正確に捉えていた。
「よし、目標確認!
全速力で突破する!」
レオの意志に応え、黒竜が再び雄叫びを上げる。
覚醒したレオの魔法、リリスの優れた戦術予測、そしてリオの比類なき索敵能力。
三つの力が一つとなり、彼らの突入部隊は絶望的な弾幕の中を奇跡的とも言える連携で突き進んでいった。
しかし、彼らの敵はただの機械の群れではなかった。
彼らは「学習」するのだ。
『……警告。
目標個体の戦闘パターンを分析。
予測回避確率、3.7パーセントから21.8パーセントへ上昇。
攻撃パターンの最適化を開始』
異星人たちの、冷たい声。
それまで直線的に突っ込んできていた小型戦闘機の動きが、突如として変化した。
彼らは予測不能な有機的な動きで散開し、レオの質量攻撃を巧みに回避し始めたのだ。
さらに数機が連携し、一点集中のレーザーを放つことで、レオが作り出す岩の盾をより効率的に破壊し始めた。
「くっ……!
攻撃が、当たらん……!」
レオの顔に焦りの色が浮かぶ。
これまで面白いように撃ち落とせていた敵機が、まるでこちらの思考を先読みしているかのように、その攻撃をすり抜けていく。
「レオ、上よ!」
リリスの悲鳴のような声。
レオが顔を上げた、その瞬間。
十数機の戦闘機が彼らの真上を取り、十字砲火を浴びせてきた。
「ぐわぁっ!」
レオは咄嗟に黒竜を庇うように自らの背に巨大な氷の盾を生成したが、その全てを防ぎきることはできなかった。
数発のレーザーが黒竜の翼を焼き、その巨体が大きくバランスを崩した。
「きゃあああっ!」
リリスとリオが、激しい揺れに悲鳴を上げる。
レオたちの作戦は、早くも綻びを見せ始めていた。
彼らの力が通用しないわけではない。
しかし敵の学習能力と、それを支える圧倒的な物量が、その力を少しずつ、しかし確実に上回り始めていたのだ。
◇ ◇ ◇
地上の戦いもまた、絶望の淵へと突き落とされようとしていた。
「おおおおおおおっ!」
エリックは陽動部隊の先頭に立ち、その神速の剣技で異形の兵士たちを次々と切り伏せていた。
彼の剣はもはや憎しみの剣ではない。
背後にいる仲間たちと、この星の未来を守るための英雄としての剣だった。
「怯むな! エリック様に続け!」
騎士団長が、ゴウキが、それぞれの部隊を鼓舞し、必死に戦線を維持しようとしていた。
人間と魔族の兵士たちは、あの共同訓練で培った連携を最大限に発揮していた。
騎士団が重厚な盾の壁を作り、異星人の物質崩壊光線を必死に受け止める。
その盾の壁を東部平原の戦士ゴウキが足場にして高く跳躍し、敵兵士の頭上からその巨大な戦斧を叩きつける。
その連携は美しく、そしてあまりにも悲壮だった。
「ぐわぁっ!」
盾の壁を支えていた騎士の一人が光線に耐えきれず、その盾ごと砂となって崩れ落ちた。
開いた穴から、瞬時に別の騎士が身を投げ出してその壁を補う。
「クソがぁっ!」
ゴウキが一体の敵兵士を粉砕する。
しかし、その彼の背後から別の獣型の生体兵器が音もなく襲い掛かっていた。
その爪がゴウキの背中を切り裂こうとした、その瞬間。
ヒュン!
一本の矢が、獣型兵器の眼球を見事に射抜いた。
後方で陣を組んでいた南部密林の射手による的確な援護だった。
彼らは戦っていた。
種族を越え、互いの背中を預け合い、必死に、そして懸命に。
しかし、その英雄的な抵抗をあざ笑うかのように。
異星人たちの圧倒的な物量と高度な技術が、その戦線を徐々に、しかし確実に押し潰していった。
倒しても、倒しても、敵の数は減らない。
後方の空間が歪み、そこから次から次へと新たな兵士が、まるで無限に湧き出るかのように転送されてくるのだ。
異星人たちの兵器もまた、連合軍の心を折るには十分すぎた。
時空間兵器によって動きを封じられた魔族の戦士が、物質崩壊光線によって声もなく塵と化す。
多脚戦車から放たれるエネルギー砲の一撃が、騎士団の陣形を大地ごとえぐり取っていく。
「持ちこたえろ!
レオたちが帰るまで、この城壁は絶対に死守するんだ!」
エリックは血を吐くように叫びながら、その剣を振り続けた。
彼の体はすでに無数の傷で覆われている。
作戦は、レオたちが敵中枢を破壊するまでの「時間稼ぎ」。
しかし、その時間稼ぎのために目の前であまりにも多くの、かけがえのない命がまるで消耗品のように失われていく。
その耐えがたいほどの罪悪感が、彼の心を再び蝕み始めていた。
(俺は……また、間違えたのか……?)
(俺の作戦が、こいつらを死地に追いやっているのではないか……?)
その、ほんの一瞬の迷い。
それを、一体の異星人兵士が見逃すはずはなかった。
エリックが一体の敵を切り伏せた、その硬直の瞬間。
死角から伸びてきた鋭い刃が、エリックの脇腹を深く、そして静かに貫いた。
「……ぐ……っ!?」
激痛と共に、エリックの膝ががくりと折れた。
彼の視界が急速に赤く染まっていく。
連合軍の、最も重要な支柱が今、崩れ落ちようとしていた。
◇ ◇ ◇
空の戦いもまた、最後の局面を迎えようとしていた。
「父様……! 頭が……痛い……」
リリスの腕の中で、リオが苦しげにうめいた。
彼の鼻から、ぽたぽたと赤い血が流れ落ちている。
戦場に渦巻く無数の敵意とエーテルの「歪み」をその幼い魂で感知し続けることは、彼の精神力を限界まで消耗させていたのだ。
「リオ!」
リリスの悲痛な叫び。
レオの心にも激しい焦りが生まれていた。
このままではリオが持たない。
しかし敵の中枢である母船はまだ遠い。
周囲を固める敵艦隊の防御網はあまりにも厚く、そして硬い。
「レオ! 一旦、退くわよ!」
リリスが決断した。
「このままじゃ、私たちもリオも、犬死にするだけだわ!」
レオは唇を強く噛み締めた。
悔しかった。
あと一歩、あと一歩で敵の心臓部に届くかもしれないというのに。
しかし彼は王として、そして父として非情なる決断を下さねばならなかった。
愛する妻と、そして息子の命をここで失うわけにはいかない。
「……全軍、反転! 地上部隊との合流を……」
レオが、その苦渋の命令を口にしかけた、その時だった。
『――どこへ、行く?』
異星人の、冷たい声。
気づいた時には、全てが遅かった。
彼らの退路は、いつの間にか出現していた数十隻の中型襲撃艇によって完全に断たれていた。
「しまっ……! 罠か!」
彼らは最初から、レオたちを泳がせていたのだ。
戦闘データを収集し、その上で確実に仕留めるための完璧な包囲網を築くために。
絶望的なまでの、十字砲火。
四方八方から青白い破壊の光線が、レオたちが乗る黒竜へと殺到した。
「――ぐおおおおおおおおっ!!!!」
レオは最後の力を振り絞り、自らの身を盾にするように黒竜の前に立ち、全方位に防御壁を展開した。
しかし、その壁もまた数秒と持たずに砕け散る。
凄まじい衝撃が、レオたちを襲った。
レオの意識が、一瞬、白く染まる。
リリスの悲鳴が、遠くで聞こえた。
そして、致命的なダメージを受けた黒竜がその巨体を維持できずに、悲鳴のような雄叫びを上げながら、地上へと錐もみ状態となって墜落を始めた。
空と陸。
二つの戦場で、レオたちの作戦は完全に打ち砕かれた。
覚醒したレオの魔法も、エリックの剣技も、リリスの魔族の力も、そしてリオが導き出すエーテル結晶への新たなアプローチも。
その全てが、異星人たちの圧倒的な物量と高度な技術の前では、もはや通用しないかと思えるほどの絶望的な戦力差に、彼らは直面してしまったのだ。
この星の最後の希望が今、空から墜ちていく。
その光景を、脇腹を貫かれ血の海に沈むエリックが、薄れゆく意識の中でただ見つめていた。