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第185話:絆の強化

 王都エルトリア郊外に広がる広大な練兵場は、この星の歴史上誰も見たことのない異様な光景に包まれていた。


 整然と隊列を組む、鋼鉄の鎧に身を包んだ人間王国の騎士団。

その隣には獣のような毛皮をまとい、巨大な戦斧を肩に担ぐ東部平原の魔族たち。


 さらにその向こうには、森の精霊のように静かに佇む南部の射手、雪原の厳しさをその身に刻んだ北部の戦士、そして灼熱の砂漠の風を纏う西部の民。


 アースガルド大陸に残された、最後の抵抗戦力。

人間と魔族の連合軍が、最終決戦に向けた最初の共同訓練のために、初めて同じ場所に集結したのだ。


 しかし、その空気は希望に満ちたものとは程遠かった。

むしろ、一触即発の危険な緊張感が練兵場全体を支配していた。


「……なんだ、あいつらの目は」

王国騎士団の若い兵士が、隣の魔族の戦士を見下すように吐き捨てた。


「獣のくせに、我らと同じ場所に立つことさえおこがましいというのに」


「グルル……なんだと、人間……」

その言葉を聞きつけた魔族の戦士が低い唸り声を上げ、その巨大な拳を握りしめる。


 百年という歳月をかけて植え付けられた偽りの憎しみ。

それは、数日前に知らされた「真実」だけでそう易々と消え去るものではなかった。


 互いの姿形の違い、文化の違い、そして何よりも戦い方に対する価値観の違い。

その全てが、彼らの間に分厚く冷たい壁を作っていた。


「整列しろ! 貴様らは軍人だろうが!」

騎士団長が必死に人間たちの規律を保とうとする。


「うるせえな!

俺たちは俺たちのやり方で戦う!

誰がお前らの指図なんぞ受けるか!」

ゴウキがそれに負けじと、自らの部下を鼓舞するように雄叫びを上げた。


 あちこちで小競り合いが始まり、訓練は開始前から崩壊寸前だった。

まさに、あらすじにあった通りの「ぎこちない」どころではない、敵意に満ちた始まりだった。


◇ ◇ ◇


 その、どうしようもない混沌とした空気を一瞬にして切り裂いたのは、二人の男の登場だった。


 レオと、エリック。

王と、勇者。

魔族と、人間。


 二人が練兵場の中央に設けられた演台へと静かに並び立った、その瞬間。

あれほどまでに騒がしかった練兵場が、水を打ったように静まり返った。


 その二人が共に立つ姿は、言葉以上に、彼らがこれから為すべきことの象徴となっていた。


「……集まってくれた、全ての戦士たちに告ぐ」


 最初に口を開いたのはエリックだった。

戦術家としての彼の声は冷静で、そして一切の感情を排していた。


「貴様らが互いにどのような感情を抱いているか、俺は問わない。

だが、一つだけ言っておく。

この訓練は、仲良しになるための馴れ合いではない」


 彼の鋭い視線が、人間と魔族、双方の兵士たちの顔を射抜くように見渡した。


「我々がこれから挑むのは、この星の存亡を賭けた最後の戦いだ。

我々の作戦は、人間と魔族の力が完璧に、そして精密に連携しなければ1パーセントの成功率もない。

一人でも足を引っ張る者がいれば、一人でも仲間を信じぬ者がいれば、その瞬間に我々は敗北し、この星は終わる」


 そのあまりにも厳しい、一切の甘えを許さない言葉。

兵士たちの顔に緊張の色が走った。


 続いて、レオがその隣で一歩前に出た。

彼の声はエリックとは対照的に、温かく、そして魂に直接語りかけるような響きを持っていた。


「憎しみを、今すぐ捨てろとは言わない」


 レオはゴウキの、そして家族を殺された多くの魔族たちの顔を真っ直ぐに見つめた。


「お前たちが人間によって奪われてきたものの重さを、俺は知っている。

その痛みを、忘れる必要はない」


 そして彼は、人間たちの騎士団の方へとその視線を向けた。


「お前たちが信じてきた正義が偽りだったことへの戸惑いも、俺は理解している。

その混乱を、無理に押し殺す必要もない」


 レオは深く息を吸い込んだ。


「だが、今日この瞬間だけは、その全てを一度胸の奥にしまってほしい。

そして、隣に立つ者の顔を見てほしい。

そいつはもう、お前が憎むべき敵ではない。

お前の背中を預ける、たった一人の仲間だ」


 レオとエリック。

二人のリーダーシップは、まさに光と影、炎と氷のように対照的だった。

しかし、その二つの異なる力が合わさった時、それは兵士たちの心を動かす抗いがたい巨大な力となった。


 訓練が、始まった。


 最初の訓練は、最も基本的な連携。

騎士団が誇る「盾のファランクス」と、魔族の戦士たちの突撃力を融合させるというものだった。


「いいか!

盾で壁を作り、魔族の戦士たちのための突撃路を確保しろ!

魔族は、その道を駆け抜け、敵陣を切り裂くんだ!」

騎士団長が叫ぶ。


 しかし、それはあまりにもぎこちなかった。

騎士たちは背後から迫る魔族たちの獣のような気配に怯え、盾の壁にわずかな隙間を作ってしまう。

魔族たちはそんな人間たちの臆病な戦い方に苛立ち、勝手に壁を飛び越えては孤立し、仮想敵の的となった。


「なってない!」


「これじゃ、ただの寄せ集めだ!」


 騎士団長とゴウキの怒鳴り声が飛び交う。

互いの不信感が、最悪の形であらわになっていた。


◇ ◇ ◇


 その時だった。


「――そこまでだ」


レオとエリックが、その混乱の中心へと静かに歩みを進めた。


「互いのやり方が、そんなに信じられないか」

エリックが、冷たい声で言った。


「ならば、見せてやろう。

お前たちのその戦術が、どれほど脆く、そしてどれほど可能性があるものなのかを」


「レオ」


「ああ」


 次の瞬間、レオとエリックの二人は、その場にいた全ての兵士たちを敵に回した。


「俺たち二人を、倒してみせろ」

レオが静かに、しかし絶対的な王の威厳をもって宣言した。


 それはあまりにも無謀な、しかしあまりにも雄弁な実演だった。


 騎士団が盾の壁を作りエリックへと迫る。

しかしエリックは、彼らが最も得意とするはずの盾の壁の、ほんのわずかな連携の隙間、盾と盾が重なる一瞬の死角を、まるで予知していたかのように正確に突き、いともたやすくその内側へと侵入した。


 ゴウキ率いる魔族の戦士たちがレオへと猛然と襲い掛かる。

しかしレオは彼らの猪突猛進の力を利用し、その攻撃を柳のように受け流して、戦士たちを互いに衝突させ自滅させていった。


 そして、最後の仕上げ。

エリックが騎士団の背後に回り込み、その指揮系統を完全に麻痺させる。

レオが魔族の戦士たちの前に立ちふさがり、その覚醒した魔力で巨大な大地の壁を作り出し、その突進を完全に封じ込めた。


 わずか数分。

人間と魔族、数百人の兵士たちが、たった二人の男の前に完全に無力化されていた。


「……分かったか」

エリックが、荒い息をつきながら言った。


「盾は仲間を守るためにある。

だが、守るだけでは勝てない。

完璧に見える壁にも、必ず弱点はある」


「力は敵を砕くためにある」

レオが、その言葉を引き継いだ。


「だが、仲間と連携しなければ、その力はいずれ自分自身を滅ぼす刃となる」


 その言葉と、目の前で見せつけられた圧倒的な光景。

それは、人間と魔族、双方の兵士たちの心に深く、そして重く突き刺さった。

彼らは初めて互いの戦術の価値を、そして何よりも「連携」という言葉の本当の意味を理解したのだ。


 その日を境に、訓練の質は劇的に変わった。

ぎこちなさは消え、代わりに互いの動きを予測し補い合おうとする真剣な探求が始まった。


 騎士たちが盾で魔族の戦士を守り、その隙に魔族が強力な一撃を放つ。

弓兵が密林の民から風を読む技術を学び、密林の民は弓兵から統率の取れた射撃の重要性を学ぶ。

凍土の民が氷の壁で防御を作り、砂漠の民がその影から奇襲をかける。


 最初は小さな連携だったものがやがて巨大なうねりとなり、人間と魔族の連合軍は一つの巨大な生命体のように、その動きを洗練させていった。


 憎しみはまだ、彼らの心のどこかに残っているかもしれない。

しかし、それを遥かに上回る「信頼」が、汗と泥にまみれた訓練の中で確かに、そして力強く芽生え始めていた。


◇ ◇ ◇


「……すごいね、母さん」


 練兵場を見下ろす丘の上で。

8歳になったリオが、母であるリリスの隣でその光景に目を輝かせていた。


「父様とエリックおじ様がいると、みんなのバラバラだった音が、一つのきれいな歌みたいになる」

彼の特別な感応力は、連合軍が一つになっていく様を美しい音の調和として感じ取っていたのだ。


「ふん、当たり前じゃない」

リリスはそう言って、誇らしげに胸を張った。


「あの二人が、この星の最後の希望なんだから。

貴方も、よく見ておきなさい。

あれが、貴方がこれから生きていく新しい世界の始まりの歌よ」


 リリスの瞳は、練兵場で汗を流すレオとエリックの姿を、そしてその中心で輝く息子リオの未来を、どこまでも優しく、そして誇らしげに見つめていた。


 数週間後。

練兵場には、もはやかつてのような敵意に満ちた空気はどこにもなかった。


 訓練を終えた人間と魔族の兵士たちが互いの肩を叩き合い、言葉にならない言葉でその健闘を称え合っている。

その顔には、厳しい訓練を乗り越えた者だけが持つ清々しい疲労と確かな自信が満ちていた。


「……これなら、陽動部隊は任せられるな」

エリックが、その光景に満足げに呟いた。


「ああ」

レオもまた、力強く頷いた。


「あとは、俺たちの突入部隊だ」


 その言葉には、この星の未来をその双肩に担う、王と英雄の揺ぎない覚悟が込められていた。


 最終決戦の日は、刻一刻と近づいている。

しかし、彼らの心にもはや恐れはなかった。


 なぜなら彼らはもう、一人ではなかったのだから。

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