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第183話:異星人の弱点分析

 夜を徹して行われた作戦会議の翌朝。


 最高司令部と化した王宮の玉座の間には、昨日決意を固めたはずの指導者たちの顔に、再び深い苦悩の色が浮かんでいた。


 覚悟は決まった。

このアースガルド大陸を最後の砦とし、全ての生命の総力を結集して戦う。

その方針に、もはや反対する者はいない。


 しかし、その表情はどこまでも固く、険しい。

彼らの心に重くのしかかっているのは、あまりにも巨大で、あまりにも絶望的な「問い」だった。


(……どうやって、勝つんだ……?)


 その答えなき問いが、部屋の空気を鉛のように重くしていた。


◇ ◇ ◇


「……情報が、あまりにも少なすぎる」


 巨大なアースガルド大陸の地図を睨みつけながら、エリックが静かに、しかし重い声で口火を切った。

戦術家としての彼の頭脳は、この絶望的な状況を冷静に分析しようと試みていたが、その分析に必要な材料があまりにも不足していたのだ。


「奴らの兵器は我々の常識を完全に超越している。

王都での戦い、そして各大陸から逃れてきた者たちの報告を総合しても、その全貌は全く見えてこない」


 エリックは地図の上に、いくつかの印を書き加えていく。


「物質そのものを砂のように崩壊させる光線。

空間を歪め、時間の流れさえ遅延させる兵器。

そして、我らの魔法攻撃を完全に無効化する、あの目に見えないエネルギーの壁……。

これらに対抗する術を我々は一つも持っていない。

これでは作戦の立てようがない」


 その言葉に、ゴウキが悔しげに唸った。

「真正面からぶつかっても、犬死にするだけだということか……。

くそっ!」


「だからこそ、まずは敵を知る必要がある」


 レオが、その場の空気を引き締めるように言った。

彼の瞳には王として、この困難な状況を打開しようとする強い意志の光が宿っていた。


「昨日、各大陸から命からがら逃れてきた者たち。

彼らがもたらした断片的な情報こそが、我々にとって最初の、そして最も重要な武器となるはずだ」


 レオの指示のもと、再び各大陸の生き残った部族長たちが円卓へと招かれた。

彼らの顔にはまだ故郷を失った深い悲しみが刻まれていたが、レオとエリックの真剣な眼差しを受け、最後の希望を託すかのようにその重い口を開き始めた。


「奴らは……空から無数の鉄の虫を降らせてきました。

その虫から放たれる光は、我らの氷の砦を、まるで陽光の前の雪のように溶かしていきました……」

北部凍土の戦士が、震える声で語る。


「我らが森では……灰色の霧が全てを覆い尽くし、それに触れたものは木々も獣も、皆、塵となって消えていきました。魔法の結界も精霊の加護も、何の意味もありませんでした……」

南部密林の巫女が、虚ろな瞳で呟く。


 語られる報告はどれも、異星人たちの圧倒的な科学技術と、その無慈悲なまでの破壊力を再認識させる絶望的な内容ばかりだった。


「……何か、ないのか」


 エリックは地図の上に彼らの証言を書き込みながら、必死に思考を巡らせていた。


「何か、奴らの弱点に繋がるような情報は。

攻撃が効いた、あるいは動きが鈍った、どんな些細なことでもいい」


 しかし、部族長たちは力なく首を横に振るだけだった。

抵抗らしい抵抗もできず、ただ逃げることしかできなかったのだ。


 重い沈黙が、再び部屋を支配した。

覚悟を決めたところで、現実はあまりにも非情だった。

打つ手が、ない。


 その絶望的な空気を打ち破ったのは、エリックのはっとしたような小さな呟きだった。


「……待てよ」


 彼は顔を上げた。

その瞳に、一つの可能性の光が灯っていた。


「……アルスなら……」


 その名に、レオとリリスの表情が微かに動いた。

十年前に失われた、聡明で、そして誰よりも真実を追い求めていた友の名。


「アルスなら、何かを調べていたかもしれない……!」


 エリックは立ち上がった。


「あいつは『空白の10年間』の謎を誰よりも深く探求していた。

その過程で、国王たちの背後にいる異星人の存在に薄々気づいていた可能性は十分にある!」


 それはあまりにもか細い、藁にもすがるような希望だった。

しかし今の彼らにとっては、それだけが唯一の道しるべのように思えた。


「王宮の書庫だ!

アルスは生前、ほとんどの時間をそこで過ごしていた!

奴の研究日誌やメモが、まだどこかに残されているかもしれない!」


◇ ◇ ◇


 エリックとリリス、そして数人の魔術師が、王宮の奥深くにある書庫へと駆け込んだ。

そこは偽りの王が遺した、偽りの歴史書で満たされた場所。

しかし、その埃をかぶった書物の山のどこかに、真実の欠片が眠っているはずだった。


 捜索は困難を極めた。

しかし、リリスが持つ旧世界の王としての知識がその突破口を開いた。


 彼女はアルスが興味を抱いていたであろう時代の文献や、禁書として扱われていた古代魔術の書物の配置を、驚くべき正確さで特定していったのだ。


「……あった!」


 数時間後。

書庫の最も奥深く、忘れ去られた書架の陰でエリックが、一冊の古びた革張りの手帳を発見した。

そこにはアルスの、几帳面で知的な筆跡が残されていた。


 一同は、その手帳を最高司令部へと持ち帰った。


 円卓の上に広げられたアルスの最後の日誌。

そのページをめくるエリックの指は、震えていた。


そこに記されていたのは、エリックの予想を遥かに超える驚くべき内容だった。


「……間違いない。

この世界の歴史は、何者かによって大規模に書き換えられている……」


「エーテル結晶の不自然な分布。

そして国王たちが使う、この世界の理を超えた超技術……。

その源は、おそらく『空』の向こう側……」


 アルスは、異星人の存在に明確に気づいていたのだ。

そして彼はその技術体系について、驚くほど深く、そして的確な分析と仮説を立てていた。


「奴らの力はエーテルに過度に依存している。

ならば、大規模なエーテルの流れの『乱れ』を作り出すことができれば、奴らのシステムに何らかの障害を与えられる可能性があるのではないか……?」


「個々の兵士は、高度なネットワークによって連携しているように見える。

ならば、その指揮系統を司る『中枢』……あるいは『女王蜂』のような存在がいるはずだ。

そこを叩けば、末端の兵士たちはただの寄せ集めと化す……」


 記されていたのは、まさに今彼らが求めていた、異星人攻略のための希望の光だった。

しかし、その最も重要な部分はアルス独自の暗号で記されており、その場にいる誰にも解読することができなかった。


「くそっ、あと一歩なのに……!」

エリックが悔しげに机を叩いた、その時だった。


これまでずっと、レオの胸のポケットの中で静かに息を潜めていた小さな存在が動いた。


ぴょん、と。

ハムスターのような妖精、リルが円卓の上へと飛び出したのだ。


「リル!?」

レオが驚きの声を上げる。


 リルは一同の視線が集まるのも構わず、アルスが遺した手帳の上へとちょこんと着地した。

そして、その小さな体がこれまで誰も見たことのない、淡く、しかし神々しいほどの光を放ち始める。


その光が、アルスの手帳に記された解読不能な暗号のページを優しく照らし出す。

すると、インクで書かれた文字が陽炎のように揺らめき、その下に隠されていた全く別の真実の文字が光と共に浮かび上がってきたのだ。


『見えざる壁は魔法を拒絶するが、物理を拒絶しない。

ならば答えは一つ。

魔法そのものではなく、魔法によって生み出された『質量』を叩きつければよい』


『彼らの動力源はエーテル結晶そのものではない。

結晶から抽出される、より純粋な『核』。

その核は強大なエネルギーを持つが故に極めて不安定。

外部からの強い衝撃、あるいは特定の波長を持つエーテルの共鳴によって、連鎖的な暴走を引き起こす可能性がある』


それは、アルスが最後にたどり着いた、異星人の技術の根幹を揺るがす決定的な弱点の分析だった。


「な……!?」


「リルが……アルスの暗号を……!?」


 一同は、その信じがたい光景に言葉を失った。

リリスでさえも、その小さな妖精が持つ未知の力に驚きを隠せないでいる。


 リルは、ただのペットでも監視役でもなかった。

旧世界の王、あるいはそれよりもさらに古くから、この星の真実の記憶と知識を密かに受け継いできた、最後の守護者だったのだ。


 リルはこれまで、レオが自らの力で真実にたどり着くのをただ静かに見守っていた。

しかし、この星の存亡がかかった今この瞬間に、ついにその隠された知識の一端を彼らに開示したのである。


 アルスが遺した、人間の最高の知性。

各大陸の魔族たちがもたらした、命がけの目撃証言。

そして、リルが守り続けてきた、この星の古の記憶。


 その三つの光が一つになった時、絶望の闇の中に、確かな、そして唯一の攻略の道筋が鮮やかに照らし出された。


「……これなら……」


 エリックが、震える声で呟いた。


「……これなら、勝てる……!」


 彼の瞳に、再び英雄としての、そして戦術家としての揺るぎない輝きが戻っていた。


 レオは円卓の上のリルを、そして仲間たちの顔を見渡した。

彼らの顔から絶望の色は消え、代わりに新たな、そしてより強固な闘志の炎が燃え上がっていた。


「……よし」


 レオの声は静かだったが、その一言にはこの星の全ての生命の未来を背負う、王としての絶対的な覚悟が込められていた。


「皆、聞いてくれ。

これより、我々の最後の反撃作戦を開始する!」


 その言葉を合図に、この星に残された最後の希望たちが、真の敵を打ち破るための綿密で壮大な迎撃戦略の立案へと、その全ての知性と魂を注ぎ込み始めた。


最終決戦の火蓋は、今、切られようとしていた。

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