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第182話:覚悟の決断

 王都エルトリアの大広間は、絶望と、それ故に生まれた奇妙な静寂に支配されていた。


 レオが放った「この場所を、新たな世界の始まりの地とするために!」という魂の叫び。

その言葉は、この星に残された最後の生命たちの心に、か細く、しかし決して消えることのない希望の狼煙となって灯っていた。


 しかし、その希望はあまりにも重い現実を前に、風前の灯火のように揺らめいている。


 四つの大陸の沈黙。

数億という同胞たちの、あまりにもあっけない死。


 その、人類という種の存亡さえ問われる絶望的な報告は、広間にいる全ての者たちの肩に重くのしかかっていた。


 もう、後がない。

このアースガルド大陸こそが、この星に残された最後の砦。

そして、ここにいる数十万の人間と魔族こそが、この星の最後の抵抗戦力。


 そのあまりにも残酷で壮大な現実を前に、誰もが言葉を失っていた。


 これからどうすればいいのか。

あの神の如き力を持つ異星人たちに、どうやって立ち向かえばいいのか。


 その答えを、誰も見つけ出すことができずにいた。


 ◇ ◇ ◇


 重い沈黙を最初に破ったのは、エリックだった。


 彼は自らの魂を蝕んでいた罪悪感という名の深い沼から、レオと騎士団長の言葉によって力強く引き上げられていた。


 彼の瞳にはもはや、過去を悔やむ絶望の色はない。


 あるのはただ、この星の最後の人間として、そしてレオと共に未来を切り開くと決めた英雄としての、氷のように冷徹で、しかし燃え盛るような覚悟だけだった。


「……皆、顔を上げろ」


 エリックの声は静かだったが、大広間の隅々にまで響き渡る力強さがあった。

彼は、絶望に打ちひしがれる人間と魔族の指導者たち一人一人の顔を、その鋭い瞳で見つめた。


「悲しむのはもう終わりだ。

悔やんでいる暇など、我々にはない」


 彼は広げられたアースガルド大陸の地図を、その指で力強く指し示した。


「レオの言う通りだ。

奴らの最後の標的は、このアースガルド大陸。俺たちがいる、この国だ」


 その言葉は、指導者たちの顔をさらに青白くさせた。


「だが、それは同時に何を意味するか分かるか?」


 エリックの声に、力がこもる。


「それは、奴らの全ての戦力が、いずれこの一点に集中するということだ。

俺たちにはもはや、守るべき他の大陸はない。背後を気にする必要もない。

ただこの一点で、この最後の砦で、持てる力の全てをぶつければいいということだ!」


 その言葉は、絶望的な状況を逆手に取った、あまりにも大胆な発想の転換だった。


「奴らが来るのなら、来ればいい。

我々はここで迎え撃つ。

このアースガルド大陸を、我らの、そしてこの星の最後の墓場にはさせない」


 レオが先ほど放った言葉を、エリックは自らの言葉として、そこにいる全ての者たちの魂に再び刻み込んだ。


「俺は、俺たちに残された最後の人間として、この大地で最後まで戦う。

この星の未来を、あの鉄屑どもに好きにはさせない」


 その英雄の、揺るぎない覚悟。

それは、絶望に沈みかけていた指導者たちの心に、再び小さな、しかし確かな闘志の火を灯した。


「……エリック様の、言う通りだ」

騎士団長が、震える声で立ち上がった。


「我らは、まだ生きている。

そして戦う力も残っている。

このまま何もせずに滅びを待つなど、騎士の誇りが許さん!」


「そうだ!」

東部平原の戦士ゴウキもまた、その巨大な戦斧を床に叩きつけ、大地を揺るがすほどの雄叫びを上げた。


「俺たちはもはや、逃げも隠れもしない! この場所で、奴らに目に物を見せてくれるわ! 我ら魔族の本当の力を見せてやる!」


 一人、また一人と、人間と魔族の指導者たちが次々と立ち上がっていく。

彼らの瞳にもはや絶望の色はない。

あるのはただ、この星の最後の砦を守り抜くという、固く、そして燃え盛るような決意だけだった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。

王宮の最上階、かつて偽りの王がこの星を支配していた玉座の間は、今や人間と魔族の連合軍による最高司令部と化していた。


 中央に置かれた巨大な円卓を、レオとエリック、リリス、そして各部族の長たちが囲んでいる。


 彼らの表情は昼間の闘志に満ちたそれとは異なり、極度の緊張感と、これから為さねばならぬことのあまりの重圧に、固く険しいものだった。


「……まず、現状を確認する」


 エリックが、戦術家としての冷徹な声で口火を切った。


「敵の戦力は、我々のそれを遥かに上回っている。これは認めざるを得ない事実だ」


 彼は、四つの大陸から逃げ延びてきた魔族たちがもたらした断片的な情報を、地図の上に記していく。


「奴らの兵器は、我らが知る剣と魔法の理を完全に超越している。エネルギー兵器、物質崩壊兵器、そして時空間兵器……。

まともに正面からぶつかれば、我々に勝ち目はない」


 その言葉に、誰も反論する者はいなかった。

あの王都での絶望的な戦いを経験した者ならば、誰もが嫌というほど理解している事実だった。


「だからこそ、我々はここに全ての戦力を集中させる」


 レオが、その言葉を引き継いだ。

彼の瞳は王として、この絶望的な状況のさらに先にある、かすかな勝機を見据えていた。


「俺たちが持つ最大の武器は、奴らが決して持ち得ないものだ。

それは、この星そのものと共鳴する我ら魔族の力。

そして、絶望の淵から立ち上がったお前たち人間の、決して屈することのない魂の力だ」


 レオは、エリックの顔を真っ直ぐに見つめた。


「俺たちが、人間と魔族が真に一つとなり、その力の全てをこの一点に集中させることができた時……。

そこに初めて、奇跡を起こすためのわずかな可能性が生まれる」


 その言葉はただの精神論ではなかった。

それは、この星のエーテルの流れを魂で感じ取ることができる、レオだけが持つ確信だった。


「決戦の地は、この王都エルトリアを中心とした東部平原全域とする」


 エリックが地図の上を指し示した。


「ここに、アースガルド大陸に残された全ての人間、そして全ての魔族を集結させる。子供も、女も、老人もだ。

これはもはや兵士だけの戦いではない。

この星に残された、全ての生命による総力戦だ」


 その、あまりにも壮絶な覚悟。

ゴウキや騎士団長は息を呑んだ。


「王都の城壁を改修し、魔族の魔法によってさらに強化する。

平原には無数の罠を仕掛け、森には密林の民によるゲリラ部隊を配置する。

山脈には凍土の民が、砂漠には砂漠の民が、それぞれの得意な地形で敵を迎え撃つ」


 エリックの頭脳は、この大陸全体を一つの巨大な要塞へと変えるための壮大な防衛計画を、すでに描き上げていた。


「そして最後の、そして最大の決戦は、この王都で行う」


 彼は地図の中央、王都エトリアを力強く指さした。


「俺と、レオ。

この二人が最後の切り札だ。

俺たちが、必ず奴らの首領を討ち取る」


 その言葉は、絶対的な自信に満ちていた。

しかし、その表情はどこまでも固く、そして険しい。


 レオもまた、静かに頷いた。

その瞳にはエリックと同じ、揺るぎない決意の光が宿っていた。


 王と、英雄。

人間と、魔族。

かつて憎しみ合い、そして再び絆を取り戻した二人の最強の戦士。

彼らが共に戦うという事実こそが、この絶望的な戦いにおける唯一無二の希望だった。


「……ふん。

勝手なことばかり言ってくれるじゃないの」


 リリスが腕を組みながら、呆れたように言った。


「その壮大な計画、誰が実行すると思ってるのよ。

兵士の配置も、食料の配給も、避難民の誘導も、全部私がやらなきゃならないんでしょうが。

少しはこっちの身にもなりなさいよね、この脳筋どもが」


 彼女の言葉はいつものように棘があったが、その瞳は、この星の未来をかけた最も困難な采配を振るうことへの、女王としての誇りに満ちていた。


 会議は夜を徹して続いた。


 絶望的な状況。

しかし、彼らの心にもはや迷いはなかった。


 このアースガルド大陸が最後の攻撃目標であることを、彼らは恐怖ではなく「覚悟」として受け入れたのだ。

この場所で、この仲間たちと共に、この星の最後の、そして最大の戦いに挑む。


 彼らの表情は固く、そしてどこまでも険しい。

しかし、その瞳の奥深くには、どんな絶棒の闇にも決して消されることのない、未来を信じる強い、強い決意の光が燃え盛っていた。


 この星の最後の砦で。

最後の希望を胸に。


 最終決戦への長く、そして過酷な準備が、今、始まろうとしていた。

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