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第181話:衝撃の報告

 王都エルトリアの大広間は、野戦病院と化していた。


 かつて偽りの王が華やかな夜会を開いたその場所は、今や血と薬草、そしてどうしようもないほどの悲しみの匂いに満ちていた。


 人間とアースガルド大陸の魔族たちが種族の壁を越え、必死に、新たに来訪した傷ついた同胞たちの手当てにあたっている。


 その光景は、数日前に芽生えたばかりの絆の兆しが、すでに確かなものへと変わりつつあることを示していた。

しかしその絆は、あまりにも過酷な現実を前に、試されようとしていた。


◇ ◇ ◇


 広間の一角。


 レオとエリック、リリス、そして騎士団長やゴウキといった人間と魔族の指導者たちが、重い沈黙の中で円卓を囲んでいた。


 彼らの前には、四つの大陸から命からがら逃げ延びてきた各部族の長たちが、その傷ついた身を横たえるようにして座っている。


 彼らが昨夜、断片的に語った地獄の報告。

人間との共闘が叶わず、異星人の圧倒的な力の前にただ逃げるしかなかったという、その悲痛な物語。


 それは、エリックの心を深い罪悪感でえぐった。

しかし、本当の絶望はまだその幕を開けたばかりだったのだ。


「……全て、お話しください」


 レオが静かに、しかし王としての揺るぎない覚悟を込めて口を開いた。


「あなた方が、故郷で何を見てきたのか。我々は、その全てを知らなければならない」


 その言葉に、最初に顔を上げたのは北部凍土の若い戦士だった。

彼の寡黙なはずの瞳は今、恐怖と、未だ信じがたいという混乱に激しく揺れていた。


「……我らが、人間たちの王国との共闘に失敗し、挟み撃ちにされた後……」


 戦士の声は、かすれていた。


「我らは長老の命令で、生き残った者たちを連れてモルグ・アイン山脈の奥深くへと撤退しました。そこから……我らは見たのです」


 彼は一度言葉を切り、まるでその光景を思い出すことさえ恐れるかのように、その目を固く閉じた。


「空から舞い降りた鉄の巨人……異星人たちは、我らを裏切った人間たちの王を、その前にひざまずかせました。

そして、その冷たい思念の声でこう言ったのです。


『見事な働きであった、忠実なる僕よ。褒美をくれてやろう』と」


戦士の体が、小刻みに震え始めた。


「人間たちの王は、歓喜の表情を浮かべました。しかし、次の瞬間。

異星人はその腕を王の頭上へと掲げ……

放たれた光は、王も、その城も、そしてその街にいた全ての人間たちを、一瞬にして塵へと変えたのです……」


「なっ……!?」

騎士団長が、絶句した。


「それは、始まりに過ぎませんでした」


 戦士の声は、もはやむせび泣きに近かった。


「奴らは、計画的でした。

街から街へ。

村から村へ。

まるで害虫でも駆除するかのように、我らが大陸の全ての人間の集落を、一つ、また一つと消し去っていったのです。


 そこに慈悲はなかった。

抵抗する者も、逃げる者も、赤子でさえも、等しく光の中へと消えていきました……」


 その、あまりにも残虐な報告。

大広間は、水を打ったように静まり返った。


 偽りの王に操られ魔族を攻撃した人間たち。

その彼らもまた、用済みとなった後、主であるはずの異星人によって無慈悲に滅ぼされたというのか。


 次に口を開いたのは、南部密林から逃れてきた年老いた魔族の巫女だった。

彼女の瞳は虚ろで、まるで魂そのものが抜け落ちてしまったかのようだった。


「……我らが森では……光は、ありませんでした」


 その声は、木の葉がすれるようにか細かった。


「奴らが空から撒いたのは……灰色の『霧』。

その霧が我らが聖なる森を覆い尽くした時……全ての音が消えました。

鳥の声も、獣の息遣いも、そして我らを憎んでいたはずの人間たちの叫び声さえも……」


 巫女は、その皺だらけの手で顔を覆った。


「数時間後、霧が晴れた時……。

そこには何も残ってはいませんでした。

人間も動物も、そして我らが数千年かけて育んできた森の木々さえも、全てがただの灰色の塵へと変わっていたのです……。


 我らは森の精霊たちの最後の力によって、かろうじてこの地に逃れることができましたが……。

我らの故郷は……もはや、死の世界にございます……」


 一人、また一人と語られる絶望の物語。

西部砂漠では、人間たちは狩りの獲物のように弄ばれ、殺されたという。

東部平原では、最後まで抵抗を続けた人間たちの王国が、巨大な母船からの一撃によって大地ごとえぐり取られたという。


 それは、もはや戦争ではなかった。

ただ一方的な、そして絶対的な、計画的な種の根絶。


 全ての報告が終わった時、大広間は墓所のような重い沈黙に包まれていた。


 人間たちの兵士たちは、その場に立ち尽くしていた。

彼らの顔からは、血の気が完全に引いている。


 アースガルド大陸以外の、四つの大陸。

そこに生きていたはずの、数千万、あるいは億を超えるかもしれない自分たちの同胞。

その全てが、このわずか数日の間に、完全に地上から消え去ってしまった。


 その、あまりにも巨大で、あまりにも残酷な現実。


(……我々は……)


騎士団長の唇が震えた。


(……我々はもはや……この星に残された、最後の人間……なのか……?)


 その絶望的なまでの認識。

それは彼らの心に、これまで経験したことのない巨大な重圧となってのしかかってきた。


◇ ◇ ◇


 エリックは、その場で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。

彼の心臓を、あの耐えがたいほどの罪悪感が、再び万の刃となって貫いていた。


(……死んだ……)


(皆、死んでしまった……)


(俺が守ると誓った、あの民衆の笑顔も……)

(俺が英雄として偽りの世界を肯定し続けた、その罪の代償として……)


(俺は……英雄などではない……)

(ただの……墓守りだ)

(滅び去った、人類という名の巨大な墓の……)


 彼の魂が、そのあまりにも重い罪の意識に押し潰されようとした、その時だった。


 彼の肩に、力強い二つの手が置かれた。


 一つはレオ。

そして、もう一つは騎士団長だった。


「……顔を上げろ、エリック」


 レオの声は静かだったが、その奥には鋼のような揺るぎない意志が宿っていた。


「お前のせいじゃない。

これは俺たち、この星に生きる全ての生命の罪だ。

そして、その罪は死んで償うものではない。

生きて、戦って、未来を勝ち取ることでしか償うことはできない」


「……エリック様」


 騎士団長の声は震えていた。

しかし、その瞳にはもはや絶望の色はなかった。

あるのは、最後の人間として、そしてエリックと共に戦うことを決めた一人の騎士としての、気高い覚悟の光だった。


「……我らは、まだここにいます。

あなたの元に、まだこれだけの仲間がいます。

我らは、最後の一人になるまで、あなたと共に戦います」


 その言葉は、エリックの心を絶望の淵から力強く引き上げた。


 彼は顔を上げ、周囲を見渡した。

そこには、同じように絶望的な真実を前に、しかし決してその瞳の光を失ってはいない、人間と魔族の仲間たちの姿があった。


 そうだ。

まだ、終わってはいない。

まだ、自分たちは生きている。


(……最後の……砦……)


 エリックは心の底から深く、深くその言葉の意味を痛感した。

このアースガルド大陸こそが、人間と、そしてこの星の全ての生命にとっての、最後の、最後の砦なのだと。


 その砦が落ちた時。

この星の歴史は、完全に終わりを告げるのだと。


 その絶望的なまでの認識。

しかし、それは同時に彼らの心に、これまで経験したことのない強靭で純粋な、一つの希望を刻み込んだ。


◇ ◇ ◇


「……そうだな」


 リリスが静かに、しかしその声に女王としての気高い威厳を込めて言った。

彼女は、腕の中で眠る我が子リオの、その小さな頬を優しく撫でた。


「……奴らは、我らを分断し、孤立させたつもりなのでしょう。

この大陸だけを最後に残し、全ての戦力を集中させ、我らを根絶やしにするつもりなのでしょうね」


 彼女は、ふ、と不敵な、そしてあまりにも美しい笑みを浮かべた。


「……面白いじゃない」


 その言葉は、大広間の全ての者たちの心に火を灯した。


「奴らは大きな間違いを犯したわ。

我らを最後に残したこと。

そして何より……」


 彼女はエリックとレオの顔を、交互に見つめた。

その瞳には、絶対的な信頼の光が宿っていた。


「……この星の最高の英雄と、最強の魔王を、同時に敵に回したことよ」


 そうだ。

絶望的な状況。

しかし、彼らの手の中にはまだ、最強の切り札が残されている。


 人間と魔族。

その二つの種族が、偽りの憎しみを乗り越え真実の絆で結ばれたこの「最後の砦」こそが、異星人たちが決して予測することのできなかった、最大で最後の希望なのだ。


「……ああ、その通りだ」


 レオは立ち上がった。

彼の瞳には、もはや悲しみも怒りもなかった。


 あるのはただ、この星の全ての生命の未来をその双肩に背負う、王としての静かで、しかし燃え盛るような覚悟だけだった。


「奴らが来るのなら、来ればいい」


 彼の声は、大広間の隅々にまで力強く響き渡った。


「我々はここで、奴らを迎え撃つ。

このアースガルド大陸を、我らの、そしてこの星の最後の墓場にはさせない」


「……この場所を、新たな世界の始まりの地とするために!」


 その言葉は、絶望の闇の中に灯された、一つの、しかし何よりも力強い希望の狼煙だった。


 人間も魔族も、その言葉に最後の、そして最強の決意を、その胸に深く、深く刻み込んだ。


 この星の最後の砦で。

最後の希望を胸に。


 彼らの本当の戦いが、今、始まろうとしていた。

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