第177話:第一波の攻撃
『――回収を』
異星人の冷たく、そして絶対的な命令が王都の空に響き渡った。
それはこの星に生きる全ての生命に対する、無慈悲な死の宣告。
その言葉を合図に、リーダー格の異星人がその生体機械の腕を王宮へと向けた。
腕の先端にある砲口が、青白い、そして星そのものを破壊しかねないほどの禍々しい光を集め始める。
空気がその莫大なエネルギーによって、悲鳴のような音を立てて震えた。
広場にいた全ての人間、全ての魔族がその光景に息を呑んだ。
もはや逃げることさえできない。
あの光の一撃が放たれれば、王宮が、そしてこの王都そのものが一瞬にして塵と化すだろうことを、誰もが本能的に理解していた。
(……くそっ……!)
黒竜の背の上でエリックは、その絶望的な光景をただ見つめることしかできなかった。
十年という歳月をかけて偽りの王を打ち倒し、ようやくつかみかけた希望の未来。
それが今、目の前であまりにもあっけなく消し去られようとしている。
しかし、彼の隣でレオは動いていた。
彼の顔から驚きの色は消えていた。
代わりにそこにあったのは、この星の王として愛する者たちを守るという、揺るぎない燃え盛るような決意の炎だった。
「――させるかっ!!!!」
レオの魂からの叫びが、異星人の冷たい宣告に真っ向から対抗するように響き渡った。
彼は黒竜の背から眼下の王宮めがけて、その覚醒した魔力の全てを解き放った。
それは破壊の力ではない。
創造の力。
この星の大地そのものと共鳴し、その生命力を形にする究極の防御魔法。
次の瞬間。
王宮の目の前の大地が、大きな音と共に盛り上がった。
地面を突き破って現れたのはただの岩壁ではない。
王宮の地下深くに眠る巨大なエネルギー結晶の鉱脈そのものが、レオの意志に応え天へと向かって巨大な、純白の結晶の壁を築き上げたのだ。
その壁は太陽の光を乱反射させ、まるで神々の盾のようにおごそかに輝いていた。
ズドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
異星人の砲口から放たれた青白い破壊の光線が、結晶の壁に直撃した。
耳をつんざくような甲高い衝撃音。
世界が白一色に染まるほどの、まばゆい閃光。
広場にいる者たちは、そのすさまじい衝撃波にまるで木の葉のように吹き飛ばされた。
やがて光が収まり、人々が恐る恐るその顔を上げた時。
彼らの目に映ったのは信じがたい光景だった。
レオが創り出した巨大な結晶の壁は、その中心部が完全に蒸発し消え失せている。
しかし、その壁はかろうじて形を保っていた。
そのおかげで王宮は完全な崩壊をまぬがれ、その一部が激しく傷つくに留まっていたのだ。
(……防いだ……)
エリックは竜の背に必死にしがみつきながら、その光景に愕然としていた。
(レオのあの力……。
あれほどの攻撃を防ぎきったというのか……)
しかし、安心したのも束の間だった。
レオの顔は真っ青だった。
その口の端から一筋の赤い血が流れ落ちている。
たった一撃を防ぐだけで、彼の覚醒した魔力さえもがこれほどまでにすり減らされたのだ。
そして、その絶望的な事実を空に浮かぶ異星人たちが、あざ笑うかのように見下ろしていた。
『……ほう。
この星のもともといた生き物の中にも、これほどの力を持つ個体がいたとはな。
興味深い。実に興味深い見本だ』
リーダー格の異星人の冷たい思いの声が、再び広場全体に響き渡った。
『だが、無駄な抵抗だ』
その言葉を合図に、異星人たちの本格的な「第一波」の攻撃が始まった。
上空に静止していた巨大な黒い多面体の船から、無数の小さな影が蜂の群れのように撃ち出された。
それは体長一メートルほどの、昆虫にも似た小型の機械兵だった。
彼らは一切の乱れのない完璧な図形の陣形を組みながら空を覆い尽くし、地上へと無数の青白いエネルギーの光弾を雨のように降らせ始めた。
「ぐわぁっ!」
「きゃあああああっ!」
広場は再び、地獄のような叫び声に包まれた。
騎士たちの鋼鉄の盾は、そのエネルギーの光弾の前ではまるで紙のようにたやすく蒸発していく。
鎧はその熱でどろどろに溶け、兵士たちの体を焼いた。
「ひるむな! 隊列を組め!
民衆を王宮の中へ避難させろ!」
騎士団長が必死に叫ぶ。
人間と魔族の兵士たちはその混乱の中で必死に盾の壁を作り、逃げ惑う民衆を守ろうとした。
「氷壁よ!」
北部凍土の魔族たちが巨大な氷の壁を作り出し、空からの攻撃を防ごうとする。
しかし、その氷壁もまた数発の光弾を受けただけで、水蒸気となって消え失せてしまった。
「させるか!」
南部密林の射手たちが精霊の力を込めた矢を、空の機械兵へと放つ。
しかし、その矢は機械兵の周りに張られた目に見えないエネルギーの壁にはばまれ、力なく弾き返されてしまった。
そして地上では、光の柱に乗って降りてきた十数体の異形の生体機械兵士が、その虐殺を開始していた。
彼らが使う兵器は人間や魔族の、いかなる知識にも当てはまらない、まさに「奇妙」なものだった。
一体の異星人がその腕を騎士の一団へと向けた。
その腕から放たれたのは熱線ではない。
灰色の奇妙な光線だった。
その光線に触れた騎士たちは声もなく、その場に崩れ落ちた。
彼らの体と鎧が、まるで風化した石像のようにぼろぼろと砂となって崩れていくのだ。
それは物質の結びつきそのものを、原子のレベルで壊してしまう恐るべき兵器だった。
また、別の一体の異星人はその両腕を広げ、周りの空間に目に見えない波紋を広げた。
その波紋にとらわれた魔族の戦士たちの動きが、まるで濃い琥珀の中に閉じ込められたかのように、極端に遅くなっていく。
それは部分的に時間の流れそのものをゆがませる、時空兵器だった。
「……なんだ……これは……」
「魔法が……効かない……!」
「体が……動かない……!」
人間と魔族の連合軍は、完全にその戸惑いを隠せなかった。
彼らがこれまで信じてきた剣と魔法という戦いの常識。
その全てがこの異星人たちの圧倒的な科学技術と、未知の兵器の前では全く意味をなさなかった。
これはもはや戦いですらなかった。
ただ一方的な、片付けだった。
「くそっ!
くそったれぇぇぇぇ!」
エリックは黒竜の背の上で、その無力さに歯を食いしばった。
彼は戦術家としてこの状況を必死に分析しようとしていた。
しかし、分析すればするほどその絶望的なまでの戦力差を思い知らされるだけだった。
(ダメだ……。
個々の戦闘能力が違いすぎる……。
奴らのあのエネルギーの壁……。
魔法攻撃がほとんど通じていない。
かといって接近戦に持ち込もうにも、あの物質崩壊光線や時空間兵器の前では自殺行為だ……)
「レオ!
なんとかできないのか!」
エリックは隣に立つ親友に叫んだ。
レオもまた苦しそうな表情で、目の前の悲惨な状況を見つめていた。
彼はその絶大な魔力で巨大な大地の盾を何度も何度も作り出し、民衆たちを空からの攻撃から必死に守り続けていた。
しかし、それだけで彼の力はほぼ全てを使い果たしていた。
攻撃に転じるだけの余裕が、どこにもなかったのだ。
「……エリック……」
レオの声はかすれていた。
「……俺の力だけでは……守りきれない……!」
その絶望的な言葉。
しかし、エリックは諦めなかった。
彼の瞳にはまだ、英雄としての最後の光が宿っていた。
(……いや、まだだ。
まだ何かあるはずだ……)
彼はその優れた戦術の目で、異星人たちの完璧に見える動きの中にほんのわずかな「弱点」を必死に探し続けていた。
そして彼は見つけた。
(……あの物質崩壊光線……。
発射する前に腕のレンズが一瞬だけ、強く光る……。
そして時空間兵器……。
あれは広い範囲に効果があるが、その中心にいる術者自身の動きもわずかに、にぶくなっている……!)
それはあまりにもささやかな希望の糸だった。
しかし、今の彼らにとってはそれだけが唯一の反撃の可能性だった。
「リリス!」
エリックは、リオの手を固く握るリリスに叫んだ。
「魔族の戦士たちに伝えろ!
敵の赤いレンズが光ったら、絶対にその光線から逃げろ!
そして周りの動きがにぶくなったら、その中心にいる敵を集中して狙え!」
「何よ、急に!
そんなことできるわけ……!」
リリスは言いかけたが、エリックのその真剣な瞳を見て言葉を呑んだ。
「……分かったわ!
やれるだけのことはやってみる!」
彼女は魔族の戦士たちに、その思いを飛ばした。
「レオ!」
エリックは再び親友に叫んだ。
「俺が突っ込む!
お前は俺が奴の懐に飛び込む、その一瞬だけ援護してくれ!
あいつらのあのエネルギーの壁……。
魔法はダメでも、物理的な攻撃なら、あるいは……!」
「なっ……!
無茶だ、エリック!
自殺行為だ!」
レオが叫び返した。
「無茶でも、やるしかないんだ!」
エリックの瞳には狂気にも似た、しかし揺るぎない覚悟が宿っていた。
「このまま指をくわえて皆が殺されるのを見ているくらいなら……。
俺は一矢報いて死ぬ!」
その言葉にレオは息を呑んだ。
彼の脳裏にかつての勇者エリックの姿が、鮮明に蘇った。
決して諦めず常に仲間たちの先頭に立ち、道を切り開いてきたあの真っ直ぐな英雄の姿。
「……分かった」
レオは短く、しかし力強く答えた。
「……死ぬなよ、エリック」
「当たり前だ」
エリックは不敵に笑った。
それは十年ぶりに見せた、彼の本当の笑顔だったのかもしれない。
彼は黒竜の背から眼下の地獄の戦場めがけて、その身を投げた。
一筋の白銀の流れ星となって。
偽りの英雄は死んだ。
しかし、今、絶望の底から再びその翼を広げようとしていた。




