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第176話:空を裂く異形、侵略者の顕現

 偽りの王が打ち倒され、その狂信的な近衛兵たちが沈黙してから数日が流れた。


 王都の中央広場にはまだあの激しい戦いの傷跡が生々しく残っていたが、そこに漂う空気は絶望ではなく、確かな、しかし、まだもろい「希望」に満ちていた。


 人間と魔族。

百年というあまりにも長い偽りの冬の時代を越えて、彼らは初めて同じ大地の上に、対等な存在として立っていた。


 最初は互いに戸惑い、その視線には拭いきれない警戒の色がにじんでいた。

しかし、レオとエリックという二人の英雄の存在が、その氷をゆっくりと、しかし確実に溶かしていった。


 広場では人間と魔族が共に、がれきの片付けや負傷者の手当てにあたっていた。


 人間の兵士が魔族の戦士に、その重い盾を運ぶのを手伝う。

魔族の戦士はそのお礼に、人間では届かない高い場所にある崩れかけた壁のかけらを軽々と取り除く。


 言葉はまだほとんど通じない。

しかし、そのぎこちない共同作業の中に、これまで決して生まれ得なかった確かな「和解」の兆しが見て取れた。


◇ ◇ ◇


 エリックはその光景を深い感慨と共に、王宮のバルコニーから見下ろしていた。

彼の隣にはレオが静かに立っている。


「……信じられるか、レオ」

エリックは呟いた。


「俺たちがずっと夢見てきた世界が……。

いや、夢見ることさえ許されなかった世界が、今、目の前に始まろうとしている」


 その声には十年という歳月を経て、初めて取り戻した穏やかな響きがあった。


 レオは静かに頷いた。

「ああ。だがこれはまだ始まりに過ぎない。

俺たちが本当に創らなければならないのは、この光景を一時的な奇跡ではなく、永遠の日常にすることだ」


 彼の瞳は王として、この星の未来を真っ直ぐに見据えていた。


 その二人のそばで。

リリスがリオの手を固く握りながら、騎士団長と何やら難しい顔で今後の食料配給について話し合っている。


「だから!

人間と魔族では必要な栄養素が違うと言っているでしょうが!

同じものを配給して、お腹でも壊したらどうするのよ、この石頭!」


「は、はあ……。

し、しかし姫様、蓄えには限りがありまして……」


「知らないわよ!

それを何とかするのが貴方たちの仕事でしょ!」


 その、いつものようにとげのある言葉とは反対に、彼女の表情はこの新しい世界をより良いものにしようという、真剣な責任感に満ちていた。


 誰もが手探りだった。

しかし、誰もが前を向いていた。


 偽りの王は倒れた。

真の敵はまだ空の向こうにいる。

しかし、今はこの芽生え始めたばかりの温かい絆を大切に育んでいく。


 その希望に満ちた空気が、王都全体を優しく包み込んでいた。

その、あまりにも穏やかで、そしてあまりにももろい平和が、突然、そして無慈悲に引き裂かれることになるということを、まだ誰も知らなかった。


◇ ◇ ◇


 異変は何の前触れもなく訪れた。


 最初に気づいたのはレオだった。

彼の覚醒した魂が、この星のエネルギーの流れに微かな、しかし決定的な「ずれ」を感じ取ったのだ。


「……なんだ……?」

彼は会話を中断し、その顔を空へと向けた。


 空はどこまでも青く澄み渡っている。

しかし、その青の奥深くで何かが軋んでいる。


 まるで美しいガラスの器に、目に見えないほどの小さなひびが入ったかのような不快な感覚。


「どうしたのよ、レオ。

急に黙り込んで」

リリスが不思議そうに、彼の顔を覗き込む。


 その、瞬間だった。


 空が、裂けた。


 それはレオがかつて処刑台を救うために開いた、あの深紅の傷口とは全く違うものだった。

空の中心に一つの完璧なまでの「黒い円」が、音もなく現れたのだ。


 それはまるで神がコンパスで空に穴を開けたかのような、冷たい、図形のような異常。


 その黒い円から、禍々しいという言葉では足りない、生命そのものを拒絶するかのような冷たく無機質な青白い光が、放射状に放たれた。


 広場にいた全ての人間、全ての魔族が、その信じがたい光景に足を止め空を見上げた。


 先ほどまでの和やかな空気は一瞬にして凍りつき、代わりに本能的な、根源的な「恐怖」がその場を支配した。


「な……!

何だ、あれは……!」

騎士団長が絶叫した。


 その黒い円の中から何かがゆっくりと、そして威厳に満ちて降りてくる。


 それは船だった。


 しかし、人間が知る木や帆でできた船ではない。

磨き上げられた黒曜石のような、光さえも吸い込む未知の金属でできた巨大な多面体。


 それは何の推進力も見当たらないのに、重力を完全に無視し、音もなく王都の上空に静止した。


 それは国王たちが隠し続けてきた、異星人たちの高度な科学技術が初めて姿を現した瞬間だった。


 そして、その黒い船体の一部が滑るように開かれた。

そこから複数の異形の影が、光の柱に乗って地上へと舞い降りてくる。


 彼らは人間ではなかった。

魔族でもなかった。

それはこの星の、いかなる生命の定義にも当てはまらない、神をけがすような「異形」の姿だった。


 その体は冷たい金属と、うごめく有機的な肉体がいびつに融合した生体機械。


 その腕は鋭い刃であると同時に、青白いエネルギーを放つ砲口ともなっていた。

そして、その顔にあるべきはずの目や鼻や口はなく、代わりに複数の感情を映さない赤いレンズが、無機質に点滅していた。


 彼らは広場の上空、数十メートルの位置で静止した。

その姿はまるで、虫かごの中の哀れな虫けらを見下ろす絶対的な捕食者のようだった。


 広場は完全なパニックに陥った。


 民衆は悲鳴を上げて逃げ惑い、兵士たちは恐怖に震えながらも必死にその槍と剣を、空の怪物へと向けた。


 その混乱の極みの中で。

広場にいる全ての生命の魂に、直接一つの声が響き渡った。


 それはレオが使ったような温かい思いの声ではない。

金属を爪で引っかくような、冷たくごう慢さに満ちた精神への直接的な攻撃だった。


『――静まれ、下等生物どもよ』


 その声には絶対的な、そして見下したような支配者の響きがあった。


『お前たちの、おかしな仲間割れもようやく終わったようだな。実に楽しませてくれた』


 その声の主である異星人たちの中心に立つ、一際大きな個体が前に出た。


『偽りの王は壊れたか。我らが与えた玩具にしては、随分と長く持ったものよ。

だが、実験はこれで終わりだ』


 その言葉はエリックとレオが、これまで必死にたどり着いた世界の真実を、まるで子供の遊びのようにあざ笑っていた。


『我らは、『星を喰らう者』。

お前たちの創造主。お前たちの神だ』


 その、神をけがすような宣言。


『この星は我らが長年、心を込めて育て上げてきた美しい『農場』。

そしてお前たちは、その農場を耕すための使い捨ての『家畜』に過ぎぬ』


『今、収穫の時は来た。

この星に眠る我らが財産……エネルギーを回収する時がな』


 異星人の赤いレンズが一斉に、王宮の地下深くに眠る巨大なエネルギー結晶の鉱脈へと向けられた。


『そして、その収穫の邪魔となるお前たち家畜の存在は、もはや不要である』


 それはあまりにも静かで、そしてあまりにも絶対的な死の宣告だった。

この星に生きる全ての生命に対する、無慈悲な皆殺しの始まりを告げる宣言だった。


 エリックはその言葉に、震え上がった。

レオもリリスも、そして広場にいる全ての人間と魔族も。


 彼らは今初めて、自分たちが本当に戦うべき敵の、その絶望的なまでの正体を目の当たりにしたのだ。


 偽りの平和は終わった。

そして、真の絶望が今、始まった。


『――では、始めようか』


 異星人の冷たい声が響き渡る。


『回収を』


 その言葉を合図に、リーダー格の異星人がその腕を王宮へと向けた。


 その腕の先端にある砲口が、青白い、そして星そのものを破壊しかねないほどの禍々しい光を集め始めた。


 レオとエリック。

リリスと、そして彼女の腕の中で恐怖に震えるリオ。


 人間と魔族。

彼らは種族の壁を越えて今、初めて一つの共通の絶望を前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 彼らがようやく手にしかけた希望の未来。


 それは今、空から舞い降りた絶対的な悪意によって、再び、そしてより深い闇の中へと突き落とされようとしていた。


 この星の、最後の戦いが今、始まろうとしていた。

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