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第17話:関係性の歪み

 国王歴1001年5月。


 勇者育成学校の図書館の、いつもの席。

アルスは、古文書から顔を上げ、窓の外に視線を向けた。訓練場で、生徒たちが汗を流しているのが見える。その中に、レオ、エリック、そしてセレーネの姿があった。


 アルスは、彼らの間に存在する、いびつな関係性を静かに観察し続けていた。


 セレーネの魔法至上主義。それは、彼女の才能が故に生まれた歪みであり、同時に、彼女自身の肉体的劣等感からくる防衛機制だということを、アルスは見抜いていた。


 しかし、その思想が、レオという異質な存在を許さず、彼女を執拗ないじめへと駆り立てていることも理解していた。セレーネの放つ魔法の輝きは、確かに圧倒的だが、その根底にある感情は、あまりにも脆く、危険なものだとアルスは感じていた。


 レオ。

 彼は今、学園内で孤立し、深く傷ついている。だが、アルスはレオの内に秘めた真の強さを見抜いていた。魔法が使えないという絶望的な状況にもかかわらず、彼は決して諦めず、ひたすらに己を鍛え続けている。その精神力。その不屈の闘志。それは、いかなる魔法の才能にも勝る、勇者としての資質だとアルスは確信していた。


 そして、エリック。

 彼の優しさは、アルスも認める美徳だった。彼は、セレーネの苛烈な魔法の前に無力感を覚えながらも、決してレオを見捨てることはない。友のために、自らも危険に晒すことを厭わないその行動は、真の勇者に必要な「共感」の力だ。しかし、その優しさが、セレーネの嫉妬の炎をさらに煽り、彼自身の心にも葛藤を生み出していることを、アルスは冷静に見て取っていた。


 三人の関係性は、まさに歪んでいた。


 セレーネの傲慢な魔法と、内なる劣等感。レオの魔法なき肉体と、秘めたる闘志。エリックの包容力と、板挟みの苦悩。


 アルスは確信していた。


 もし、この三人が、互いの存在を認め合い、それぞれの弱点を補い合うことができれば。セレーネの魔法、レオの剣技、そしてエリックのバランス感覚と共感力。それらが一つになった時、彼らは計り知れない力を発揮するだろう。それは、魔王討伐というだけではない、世界の真実を解き明かす旅に、必要不可欠なパーティーとなりうる。


 しかし、現状の彼らでは、とてもではないがパーティーとして機能しないことも、アルスは理解していた。

互いへの不信、憎悪、そして嫉妬。それらの感情が、彼らを繋ぎ止めるどころか、分断させている。


 アルスは、この状況を打開するための具体的な行動は起こさなかった。彼が介入することで、かえって事態を複雑にする可能性があったからだ。彼らは、自らの力で、この壁を乗り越える必要がある。


 ただ、アルスは、静かに、そして注意深く彼らを観察し続けた。


 図書館の窓から。訓練場の陰から。食堂の隅から。


 セレーネが、わずかに表情を曇らせた時。レオが、いつもより深くため息をついた時。エリックが、困ったように視線を彷徨わせた時。


 彼らの間に生じる、小さな変化。アルスは、それらの兆候を一つも見逃さなかった。


 (時が来れば、全ては変わる)


 彼は、自らの内に秘めた「空白の10年間」の真実を巡る探求と同じくらい、彼ら三人の未来を重要視していた。彼らが、真の仲間となり、それぞれの持つ「光と影」を受け入れ、一つになるための「何か」が起こるのを、アルスは静かに待ち続けていた。


 その「何か」こそが、彼らを、そして世界を大きく変えるきっかけとなるだろうと、アルスは予感していた。

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