第16話:いじめと孤立
国王歴1001年1月。
勇者育成学校の敷地は、冬の冷たい空気に包まれていた。新年を迎え、生徒たちは新たな目標を胸に刻む時期だったが、レオの日常は、鉛のように重く、暗いものへと変貌していた。
セレーネによるいじめは、さらに陰湿さを増し、彼の学校生活を深く蝕んでいった。
セレーネは、直接的な暴力ではなく、精神的に追い詰めるような嫌がらせを選ぶようになった。レオの持ち物が消えたり、教科書が破られていたりする。食事中に、彼の皿に、わざとごみを入れられることもあった。
露骨な魔法での妨害は減ったが、その代わりに、常に誰かの悪意の視線を感じるようになった。
レオは、学校内で次第に孤立感を深めていった。
周囲の生徒たちは、セレーネの魔法の才能を恐れていた。彼女に目をつけられれば、自分たちも同じような目に遭うかもしれない。あるいは、単に面倒事に巻き込まれたくないという理由で、彼らはレオを避けるようになった。
廊下を歩けば、生徒たちが彼から距離を取り、教室では、彼だけがぽつんと離れた席に座らされる。談話室では、彼の姿を見つけると、それまで賑やかだった会話が、途端に途切れる。
「なぁ、レオ。
一緒に昼飯食おうぜ」
エリックだけが、変わらずレオの隣にいた。彼の存在が、レオにとって唯一の光だった。しかし、エリックがレオの隣にいるたび、セレーネとその取り巻きの冷たい視線が突き刺さる。
レオは、その孤独を紛らわせるかのように、訓練に打ち込んだ。
夜遅くまで、訓練場には彼の剣を振るう音だけが響く。汗が冷たい床に落ち、乾いた音を立てる。体は疲弊し、筋肉は悲鳴を上げている。だが、そうすることでしか、彼は心の傷から目を逸らすことができなかった。
(どうして、こんなことに……)
彼の心は深く傷ついていた。幼い頃の記憶がフラッシュバックする。魔法が使えないという理由で、蔑まれ、疎まれてきた日々。一度は乗り越えたはずのその感情が、セレーネの執拗ないじめによって、再び彼の心を締め付ける。
エリックは、そんなレオを支えようと、必死に努力していた。
「レオ、大丈夫か?
無理しすぎだ」
声をかけ、背中をさすり、時には一緒に訓練に付き合った。しかし、セレーネの執拗ないじめは、彼にもまた無力感を覚えるほどだった。
ある日、実戦演習でのこと。
セレーネは、レオが組んだチームのターゲットを、わざと彼の目の前に設置された障害物の裏に隠した。レオはそれに気づかず、一直線に障害物へ向かっていく。その瞬間、セレーネは隠れた場所から強力な魔法を放ち、レオの動きを完璧に封じ込めた。
「フフフ、無様ね。まるで、迷子の仔犬のようだわ」
セレーネの取り巻きが嘲笑う。レオは、その場で身動きが取れずにいた。
「セレーネ! いい加減にしろ!」
エリックが、怒りに顔を紅潮させて叫んだ。
彼はレオの盾になるように前に飛び出すが、セレーネはさらに強力な魔法を構える。
「何よ、エリック。
そんなにあの役立たずを庇いたいの?
なら、あなたも同じ目に遭わせてあげるわ」
セレーネは、エリックがレオを庇うたびに、さらに嫉妬を募らせ、いじめの度合いを強めた。エリックがレオに寄り添えば寄り添うほど、セレーネのレオへの憎悪は深まり、まるでそれが彼女の魔力の源であるかのように、その魔法は威力を増していった。
レオは、エリックが自分を庇うことで、セレーネの標的になることを恐れた。
(俺のせいで、エリックまで……)
彼は、エリックとの距離を取ろうとすることもあったが、エリックは決して離れようとしなかった。
「俺は、お前の味方だ。どんな時も、俺がお前を守る」
エリックの言葉は、レオの心をわずかに温めるが、同時に、エリックまで巻き込んでしまうことへの、罪悪感をもたらした。
勇者育成学校は、本来、未来の勇者を育てる場所であるはずだった。しかし、そこでは今、才能と嫉妬、そして孤独が渦巻く、暗い人間関係が繰り広げられていた。
レオは、深まる孤立の中で、ただ剣を握りしめ、来るべき日を耐え忍ぶしかなかった。