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第157話:真実の探求、水面下の動き

 国王歴1017年1月。

王都は再び厳しい冬の静寂に包まれていた。


 あの日、エリックの心の中で復讐の炎が「贖罪」という名の、より静かで、しかしより強靭な決意へと昇華されてから半年という歳月が過ぎていた。


 彼の内面はかつてないほどの静けさと、狂気にも似た一点への集中力を得ていた。

レオ、セレーネ、アルス。

失われた三人の友を、この手で蘇らせる。

その、あまりにも途方もない目的だけが今や彼を動かす唯一の原動力だった。


 彼の瞳からかつての虚無の色は完全に消え去っていた。

代わりにそこに宿っていたのは、真実の深淵を覗き込もうとする執念深い探求の炎だった。


 彼は監視役カインの前で、完璧な「忠実なる後継者」を演じ続けていた。

その演技はもはや彼自身の一部となり、一日中影のように付き従うカインでさえも、その完璧な仮面の奥に隠された真の意図を掴みかねているようだった。


「エリック様、本日の辺境防衛に関する軍議の資料にございます」

カインが感情のこもらない声で、分厚い羊皮紙の束を差し出す。


「うむ、ご苦労」

エリックは穏やかな笑みを浮かべてそれを受け取った。


「カイン、お主が補佐官となってくれてから私の政務は実にはかどる。

陛下にはまこと感謝せねばな」


 その言葉には一片の皮肉も偽りも感じられなかった。

しかし、その瞳の奥深くでエリックは全く別の思考を巡らせていた。


(この軍議の資料……。

辺境の魔族の動向を探るという名目で、モルグ・アイン山脈周辺の古い地図や地質調査の記録を閲覧できる絶好の機会だ)


 彼の戦いは水面下で、静かに、そして狡猾に始まっていた。


 彼の目的は二つ。

一つは、国王たちがひた隠しにする「空白の10年間」の真実の全貌を解き明かすこと。

そしてもう一つは、その闇の中に隠されているであろう「魂の復活」に関する古代の魔術や、異星人たちの超技術の手がかりを見つけ出すこと。


 そのために彼は、カインの鉄壁の監視を欺く巧妙な二重生活を築き上げていた。


 昼間、彼は「国王としての教養を深めるため」と称し、王宮の図書館から膨大な量の文献を自室へと取り寄せた。

その要求リストはカインの目から見ても完璧なものだった。


 治水工事に関する古代の工学書。

近隣諸国との交易の歴史。

各貴族の家系図と紋章学。

そのどれもが次期国王として必要な、正当な知識欲に見えた。


 しかし、その無関係に見える数十冊の書物の中に彼は、まるで毒を盛るようにたった一、二冊だけ、彼の真の目的である書物を紛れ込ませるのだ。


 「空白の10年間」前後の、検閲を逃れた地方貴族の個人的な日誌。

あるいは、旧世界の王の時代に編纂された禁書扱いの古代魔術体系の研究書。

カインがそのリストに不審を抱かぬよう、その選定は細心の注意を払って行われた。


 そして、夜。

王宮が深い眠りに落ちる頃、エリックのもう一つの戦いが始まる。


 彼はカインが自室に戻り、その気配が完全に途絶えるのを息を殺して待つ。

そして月明かりさえも差し込まない漆黒の闇の中。

彼は自らの卓越した身体能力と戦場で培った気配遮断の技術を駆使し、音もなく私室を抜け出すのだ。


 目指すは王宮の最深部。

一般の書庫とは別に設けられた、王族とごく一部の高官しか立ち入りを許されない「禁書庫」と呼ばれる場所。

そこにはこの国の、そしてこの世界の公にできない「裏の歴史」が静かに眠っている。


 その夜もエリックは影となって、大理石の冷たい廊下を滑るように進んでいた。

衛兵の巡回ルート、その息遣いさえも彼の頭の中には完璧に入っている。

禁書庫の重厚な扉の前に立つ。

複雑な仕掛けが施された錠前を、彼は昼間のうちに研究しておいた古代の解錠術で音もなく開いていく。


 内部に足を踏み入れると、埃と古い羊皮紙の独特の匂いが彼の鼻をついた。

松明の揺らめく光が、天井まで続く書架に並べられた禁断の知識の数々を不気味に照らし出す。


 彼の心はもはや国王たちへの復讐心からは遠く離れていた。

そこにあるのは純粋な探求心と、失われた友をこの手で救い出したいという痛切なまでの贖罪の念だけだった。


(アルス……セレーネ……レオ……。

必ず、お前たちを……)


 彼はその思いを胸に、書架から書架へと目当ての情報を求めて静かに移動した。

そして、その夜。

彼はついに一つの重要な手がかりを発見した。


 それは旧世界の王に仕えていたとされる名もなき宮廷魔術師が、密かに書き残したとされる研究日誌の断片だった。


 その古びた羊皮紙には、震えるような文字でこう記されていた。


『……魂は肉体の死と共に消滅するにあらず。

それはこの星を巡る大いなるエーテルの流れに還り、やがて新たな生命の源となる。

しかし稀に、強靭な意志を持つ魂はエーテルの流れに溶け込むことなく、その形を留めることがあるという……』


 エリックは息を呑んだ。

セレーネ、アルス、レオ。

彼らの魂はまだ、この世界のどこかに存在しているのかもしれない。

彼は震える指で、次のページをめくった。


『その魂を再び現世に呼び戻す術。

それは古の伝承にのみ、その可能性が記されている。

そのためにはまず、魂を繋ぎ止めるための穢れなき『器』が必要となる。

そして何より、この星の理そのものを一時的に書き換えるほどの莫大なエーテルの奔流が不可欠であると……。

それはもはや人間の領域ではない。

神の御業……。

あるいは、あの空より来たりし『星を渡る者ども』の、冒涜的なる技術か……』


 その記述はエリックの心に、戦慄と、そしてかすかな希望の光を灯した。

国王たちが囁いたセレーネの復活。

それは単なる自分を操るための嘘ではなかったのかもしれない。

異星人たちの超技術をもってすれば、それは本当に実現可能な禁断の奇跡なのかもしれない。


(やはり鍵を握るのは、奴ら異星人……『調停者』……)


 彼の探求の方向性が、今より明確になった。

彼はその研究日誌をさらに読み進めていった。

そのほとんどは彼には理解できない、複雑なエーテルの数式や古代の魔法陣で埋め尽くされていた。


 彼は復活に関する記述を探して、ページを早送りするようにめくっていく。

その中で、彼の目に一つの奇妙な記述が、一瞬だけ留まった。


『……かの『星を渡る者ども』は我らが知る魔法体系とは全く異なる理を用いるという。

伝承によれば、彼らは空間そのものを歪ませ、不可視の『障壁』を展開する術を持つ。

その壁は奇妙なことに、剣や矢のような物理的な攻撃は容易く通す。

しかし、エーテルそのものを編み上げて構成される我らが『魔法』の一切を、完全に遮断し無効化する異質の防御壁であると伝わる……』


 エリックはその記述に眉をひそめた。


(見えない壁……?

魔法だけを防ぐだと……?)


(ふん、厄介な防御魔法もあるものだ。

だが俺の剣の前では意味のないことだな)


 彼の現在の目的はただ一つ。「魂の復活方法」の解明。

その目的から外れたこの奇妙な戦闘技術に関する記述は、彼の興味を引かなかった。


 彼はその記述の重要性に全く気づくことなく、それが二度と開かれることのない歴史の闇に再び葬られるであろうことなど知る由もなく、なんとなく流し読みだけするとすぐに次のページへとその視線を移した。


 彼の孤独な探求は、着実に、しかし静かに真実の核心へと近づいていた。

彼は調査を通じて、旧世界の王が異星人たちの技術に抵抗し、独自の「魂の研究」を進めようとしていたことの痕跡を見つけ始めていた。


 そして「魂の復活」という奇跡が、古代から伝わる魔術と異星人たちの超技術、その二つが交差する禁断の領域に存在している可能性が高いことを掴み始めていたのだ。


 しかし、彼の完璧な偽装にも気づかぬうちに、わずかな綻びが生じ始めていた。

彼が禁書庫から持ち出し密かに写し取った羊皮紙の、微かなインクの匂い。

彼が閲覧した禁書のリストに残された、不自然な閲覧のパターン。

そして深夜、彼の部屋からほんの一瞬だけ完全に消え去る、生命の気配。


 その全てを王宮の影に潜む、もう一つの瞳が静かに、そして冷徹に捉えていた。


 監視役カインはまだ、決定的な証拠を掴んではいなかった。

しかし、彼の分析的な頭脳は、エリックという男が自分たちの想定を超えた何か重大な秘密の探求へとその足を踏み入れているという、確信に近い疑念を日に日に深めていた。


 エリックは友を救うための光を追い求め、真実の闇をさらに深くへと進んでいく。

しかし、その背後には彼の全てを暴き、その光を消し去ろうとする国王の冷たい目の光が、すぐそこまで迫っていることをまだ彼は知らなかった。


 彼の孤独な探究は今、破滅への序曲を静かに奏で始めていた。

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