第15話:嫉妬の炎
国王歴1000年9月。
秋の気配が深まり、勇者育成学校では、夏の暑さにも増して、生徒たちの感情が熱を帯びていた。
レオは、セレーネからの執拗ないじめに、相変わらず耐え忍ぶ日々を送っていた。だが、その裏では、彼の知らぬ間に、複雑な感情が渦巻いていた。
セレーネは、ひそかにエリックに好意を抱いていた。
エリックの屈託のない優しさ。誰もが認めるその聡明さ。そして、周囲に流されることなく、レオという魔法を使えない異端の存在に、常に寄り添い、手を差し伸べようとする真っ直ぐな心。
セレーネは、そんなエリックの姿を見るたびに、彼への淡い恋心と、レオへの強い嫉妬心の間で苦悩していた。
(どうして、エリックはあんな奴とばかり……)
エリックがレオの隣を歩く姿。訓練中に、レオを気遣う言葉をかける声。その一つ一つが、セレーネの心の奥底に、燃え盛る嫉妬の炎を灯していく。
彼女のいじめは、レオへの見下しだけでなく、レオとエリックの仲の良さへの嫉妬から、さらにエスカレートしていった。
学校内では、徐々にグループ対立が明確になっていた。
セレーネは、その卓越した魔法の才能と、堂々とした態度で、すぐに周囲に支持者を集めていた。彼女を崇拝する者たちは、レオを「魔法の使えない劣等生」として公然と嘲笑し、セレーネのいじめを正当化した。
「ねぇ、レオ。またセレーネ様があなたを呼んでるわよ?
早く行かないと、魔法で焼かれちゃうかもね」
ある日、セレーネの取り巻きの一人が、わざとらしい笑顔でレオに告げた。レオは、何も言わずにその場を離れた。彼が行かなければ、エリックにも迷惑がかかることを知っていたからだ。
セレーネは、教師たちが目を離した隙を見計らい、レオを人気のない校舎裏へと呼び出した。
「あなた、本当にしぶといわね。
エリックがあなたに構うのは、あなたが弱くて、可哀想だからよ」
セレーネは、顔を近づけて、レオの耳元で囁いた。その声には、深い憎悪と、わずかな焦燥感が混じっていた。
「私の方が、エリックには相応しい。私の方が、彼を助けられる。あなたなんか、何の役にも立たないじゃない」
その言葉は、レオの最も深い傷を抉るものだった。彼は拳を握りしめ、震えるのを必死で抑え込んだ。
成績を巡る競争も激化していた。
特に、実戦演習では、セレーネは容赦なかった。彼女は、レオとエリックのチームを標的にし、強力な魔法を惜しみなく放った。エリックは、レオを守るために奔走するが、セレーネの魔力の前に、防戦一方になることも多かった。
「エリック、あなた、本気で戦いなさいよ! そんな役立たずを庇ってどうするの!」
セレーネの叫び声が、訓練場に響き渡る。
エリックは、セレーネの言葉の裏に、彼女の秘めたる感情を感じ取り始めていた。彼の優しさが、彼女に誤解を与えているのかもしれない。しかし、レオとの友情は、エリックにとって何よりも大切なものだった。
(セレーネの気持ちも、少しはわかる。でも、レオをこれ以上苦しめるのは……)
エリックは、レオとセレーネの間で板挟みとなり、葛藤していた。セレーネの才能は認めつつも、彼女の歪んだ言動には心を痛めていたのだ。
ある日の放課後。
エリックは、思い切ってセレーネに話しかけた。
「セレーネ、レオにそんなひどいこと言うのはやめてくれ。あいつも、頑張ってるんだ」
セレーネは、驚いたように目を見開いた。そして、すぐにその表情は凍りついた。
「あなた、まだそんなこと言ってるの?
まったく、あなたって本当に優しいのね……そこが、あなたのいいところだけど」
彼女は、レオの方にちらりと視線を送り、意味ありげな笑みを浮かべた。その視線は、レオに向けられているというよりも、エリックの態度への当てつけのように見えた。
レオは、その日も夜遅くまで、一人で訓練を続けた。彼の剣の動きは、以前にも増して鋭くなっていた。心に燃える憎悪の炎が、彼を突き動かしている。
「いつか、必ず……」
その呟きは、怒りに震えながらも、同時に、彼の内に秘めた決意の強さを物語っていた。
セレーネの嫉妬の炎は、レオとエリック、そしてセレーネ自身をも巻き込み、複雑な人間関係のトラブルを、学校という小さな舞台で巻き起こしていた。
それは、やがて、彼らの未来の運命を大きく左右する、決定的な局面へと繋がっていくことになるだろう。