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第14話:憎悪の萌芽

 国王歴1000年6月。


 勇者育成学校の空は、どこまでも高く、夏の気配を色濃くしていた。しかし、レオの心には、その晴れやかな空とは裏腹に、重く淀んだ影が覆いかぶさっていた。


 セレーネによる、いじめが始まっていたのだ。

それは、露骨で、そして巧妙だった。


 魔法の授業中。

教師が目を離した隙に、セレーネはレオが立つ足元に、小さな氷の塊を滑らせる。レオは体勢を崩し、転びそうになる。周囲からは、くすくすという笑い声が漏れた。


 訓練中も同様だった。

レオが剣の型を練習していると、セレーネが突然、彼の近くに風の刃を放つ。刃は寸前のところでレオの横を掠め、彼の集中力を乱す。レオは咄嗟に避けるが、その度に彼の動きは寸断され、練習の妨げとなった。


 「あら、ごめんなさい。魔力が暴走しちゃったわ」


 セレーネは、悪びれる様子もなく、悪意に満ちた笑顔を浮かべた。その言葉に、彼女の取り巻きの生徒たちが、けたたましい声で笑い出す。


 「魔法も使えないくせに、剣だけは上手いとか、本当に滑稽よね」


 「見てみろよ、顔真っ赤だぜ」


 嘲笑の声が、レオの耳朶を打ち、深く突き刺さる。彼はただ、唇を固く結び、その言葉を耐え忍ぶしかなかった。


 エリックは、そんな状況を間近で見て、心を痛めていた。


 「おい、セレーネ! やめろよ、いくらなんでもやりすぎだ!」

 エリックは、何度もセレーネに食ってかかった。だが、セレーネは鼻で笑うだけだ。


 「何よ、エリック。魔法が使えない役立たずの肩を持つなんて、あなたも同類だと思われたいの?」


 セレーネが魔法を構えれば、エリックは手が出せない。彼女の攻撃魔法の威力は、学園内で彼に勝る者がいないほど強力だった。エリックが半端な魔法を使えば、逆に返り討ちに遭うだけだ。彼は、レオを助けたいのに、セレーネの圧倒的な魔法の前に、自分の無力感を覚えた。


 レオは、胸の奥で、深い屈辱と、燃え盛るような怒りが蓄積されていくのを感じていた。


 幼い頃から、魔法が使えないことで見下されてきた。だが、ここ勇者育成学校では、エリックという初めての友ができ、少しずつ自分を受け入れられるようになっていたはずだった。セレーネの出現は、その安寧を打ち破り、彼の心の奥底に眠っていた憎悪の感情を、再び呼び覚ますかのようだった。


 「……くそっ」


 誰もいない夜の訓練場で、レオはひたすらに剣を振るった。汗が目に入り、頬を伝う。


 (どうすればいい。どうすれば、あいつを黙らせることができる)


 彼は、セレーネの放つ魔法の軌道を、頭の中で何度もシミュレートする。速度、範囲、威力。


 魔法が使えない自分に、一体何ができるというのか。


 その時、ポケットの中で、何かが小さく、もぞりと動いた。


 リルだ。


 レオは、訓練の合間に、そっとポケットに手を差し入れた。リルは、レオの指に、小さな頭を擦り寄せる。そして、彼の指をそっとなめた。


 リルは、レオの苦しみを間近で感じ取っていた。その小さな体で、レオのポケットの中で動き回り、彼を慰めるように、そっと寄り添ってくれる。


 言葉はなくても、その温もりは、レオの心を静かに包み込んだ。

レオは、リルをそっとポケットに戻した。


 胸の中に渦巻く、憎しみと悔しさ。

しかし、リルの存在が、彼を完全に闇に沈ませることはなかった。


 レオは、セレーネへの反発を、さらなる訓練への原動力へと変える。


 いつか、必ず。

あの傲慢な天才を、自分の力で黙らせてやる。


 彼の目には、静かな、しかし確固たる決意の光が宿っていた。憎悪の萌芽は、レオの心を蝕むのではなく、彼をより高みへと導く、逆説的なエネルギーとなっていくのだった。

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