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第137話:明らかになる真実

 古代の盟約の地に冬の訪れを告げる冷たい風が吹き抜け、数万の魔族の軍勢が立てた天幕を揺らしていた。


 レオが全ての魔族にこの星の真実を語るという重大な決意を表明してから、数日が過ぎていた。

その間、谷の空気はこれまでにないほどの静けさと、そして嵐の前の不気味さにも似た張り詰めた緊張感に包まれていた。


  各部族の長たちはレオの決断の重さを理解し、それぞれの民に王からの重大な布告があると伝えていた。

兵士たちの間ではいったい何が語られるのかと、様々な憶測が飛び交っていた。


 ある者は人間たちの王国への全面戦争の開始が宣言されるのだと信じ、その瞳に復讐の炎を宿した。

またある者は新たな魔王が自分たちに過酷な試練を課すのではないかと、不安げに囁き合った。


 そして、運命の日。


 谷の中央に設けられた巨大な岩の演台の前に、アースガルド大陸の全ての魔族たちが部族ごとに整然と集結した。 凍土の民、密林の民、砂漠の民、そして東部平原の民。その数は数万にも及んだ。

彼らがこれほどまでに一堂に会するのは、百年以上前のあの伝説の共闘の時代以来のことだった。

彼らの視線はただ一点、静かに演台へと歩みを進めるレオとリリス、そしてリリスの腕に抱かれたリオの姿に注がれていた。


 レオは眼下に広がる無数の魔族たちの顔を見渡した。

一人一人の瞳に宿る期待、不安、疑念、そしてかすかな希望。その全てを彼は真正面から受け止めた。

リリスはレオの隣に立ち、その横顔を強い意志を宿した瞳で見つめていた。

彼女はレオがこれから語る言葉の重さと、それが同胞たちに与えるであろう衝撃を誰よりも理解していた。


「……本当に、大丈夫なんでしょうね」

彼女はレオにしか聞こえない声でそっと呟いた。


「こんな途方もない話をこの野蛮人たちが素直に信じるとは思えないわ。

暴動でも起きたらどうするつもり?」


「大丈夫だ」

レオは彼女の不安を打ち消すように力強く答えた。


「彼らはもうただの野蛮人じゃない。

俺たちのたいせつな同胞だ。

真実から目を背けていては本当の結束は生まれない」


 レオは一歩前に出た。

彼の声は覚醒した魔力によって増幅され、谷の隅々にまではっきりと響き渡った。


「集まってくれた、全てのアースガルドの同胞たちよ!」

谷は水を打ったように静まり返った。


「我々はついに一つになった。

だが我々が一つになるべき本当の理由を、私はまだお前たちに語っていない」

レオはそこで一度言葉を切った。

兵士たちの間に困惑のどよめきが広がる。


「お前たちは長年人間を憎んできた。

彼らに土地を追われ、家族を殺され、その尊厳を踏みにじられてきた。

その憎しみは当然のものだ。

俺もまたお前たちのその痛みをこの身に刻み込んできた」


彼の言葉に、ゴウキをはじめとする多くの戦士たちが固い表情で頷いた。


「だが問いたい。

なぜ人間たちは突如として我々を憎むようになったのか?

百年以上前、我々の祖先が人間と手を取り合ってこの星を侵略者から守ったというのに。

なぜその輝かしい記憶は歴史から消え去ってしまったのか?」


その言葉に、兵士たちの間にさらなる動揺が走った。

人間と魔族が共に戦った?

彼らにとってそれは聞いたこともない、御伽噺のような話だった。


「答えは一つだ」

レオの声に力がこもる。


「我々が戦うべき真の敵は、人間ではないからだ!」

その断言は、谷全体を巨大な衝撃となって揺さぶった。


「我々を分断し互いに憎しみ合わせ、この星をその裏から静かに支配しようとしている邪悪な存在がいる。

そいつらこそがお前たちの家族を殺し、我々の歴史を歪め、この星から平和を奪い去った元凶なのだ!」


レオは天を指さした。


「そいつらは人間でも魔族でもない!

遠い星の彼方からやって来た、この星の生命そのものを喰らおうとする卑劣な侵略者……

『星を喰らう者』どもだ!」


 異星人。

その言葉が持つあまりにも突飛で現実離れした響きに、数万の魔族たちは完全に思考を停止させた。

彼らがこれまで生きてきた、剣と魔法、大地と精霊という幻想的な世界観を根底から覆す、理解不能な概念。


 谷は完全な沈黙に包まれた。


 やがてその沈黙は、困惑と不信の囁きへと変わっていった。


「異星人……だと?」


「何を言っているのだ、あの方は……」


「我々を騙そうとしているのではないか……?」


 その不穏な空気を、レオは覚悟していた。

彼は自らの覚醒した魔力を最大限に解放した。しかしそれは威圧するためではない。

彼が持つ「共感力」を、谷にいる全ての魔族たちの魂へと直接届けるためだった。


 レオは語り始めた。

竜王から聞いた世界の真実の全てを。


  百年以上前の人間と魔族の共闘の記憶。

異星人たちの敗北とその復讐。

エーテル結晶を媒介とした大規模な精神操作。

人間たちの記憶から真実を消し去り、代わりに魔族への憎悪を植え付けた「記憶改変計画」の全貌を。


 彼の言葉はもはやただの音声ではなかった。

それは彼の魂を通して、魔族たちの魂へと直接流れ込む真実の奔流だった。


  魔族たちはその奔流の中で見た。

かつて自分たちの祖先が人間たちと肩を並べ、共通の敵に立ち向かう勇壮な姿を。

そして突如として友であったはずの人間の瞳に憎悪の炎が宿り、刃を向けられたあの日の絶望と困惑を。


 レオは自らの心の傷も全てを晒した。

偽りの正義を信じ勇者として魔族を傷つけてきた罪の記憶。

親友セレーネが偽りの世界の中で命を落とした悲劇。

そしてもう一人の親友エリックが愛情を憎悪へと転化させられ、心を壊されていったあの日の絶望を。


 レオの痛みは共感の波となり、谷全体に広がっていった。

魔族たちは彼の痛みを通して初めて、人間たちもまた自分たちと同じ巨大な悪意の被害者なのだという事実を、魂で理解した。


 その時、リリスがレオの隣へと進み出た。

彼女は腕に抱くリオを、全ての同胞たちに見えるようにそっと掲げた。


「この男の言葉が信じられないというのなら、この子を見なさい!」

彼女の声は谷中に凛と響き渡った。


「この子は私の父、旧世界の王の血を引いている!

人間と魔族が偽りの憎しみに分断される以前の真実の絆を知る、最後の王の血を!

そしてこの男は、その父が未来を託した新たな王よ!」

彼女の言葉は、レオが語った物語に揺るぎない真実味を与えた。


 そして各部族の長たちが、次々と立ち上がった。


「王の言葉は真実だ!」

ゴウキがその顔の傷跡を誇るかのように叫んだ。


「俺たちが長年抱いてきた痛みと怒り!

その全ての根源は人間ではなく、その異星人とやらにあったのだ!」

凍土の族長が、密林の長老が、砂漠の民の代表が次々とレオの言葉を肯定し、自らの民に真実を受け入れるよう力強く語りかけた。


 谷を支配していた困惑と不信の空気は、完全に消え去っていた。

代わりにそこに生まれたのは、これまで彼らが経験したことのない新たな感情だった。


それは自分たちの長年の苦しみの、その全ての元凶がついに明らかになったことへの戦慄。

そしてその共通の敵を認識したことによって生まれた、かつてないほどに強固な「結束」の意志だった。


 憎しみの矛先はもはや隣人である人間には向いていなかった。

彼らの瞳に宿る炎は今や、ただ一つの真の敵へと向けられていた。


「「「「「うおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」」」


 数万の魔族たちが一斉に、天を衝くような雄叫びを上げた。

それは勝利の歓声ではなかった。

それは偽りの世界に終止符を打ち、真の敵に宣戦を布告する怒りと決意の咆哮だった。


レオとリリスが灯した希望の光は今、この星の真実という名の油を注がれ、大陸全土を焼き尽くすほどの巨大な炎となって燃え盛っていた。


 レオは眼下で咆哮する同胞たちの姿を見つめた。

彼らはもはやただの寄せ集めの軍勢ではない。

一つの真実の下に、一つの目的のためにその魂を結束させた、真の「魔族軍」となったのだ。


 リリスはレオの隣で、誇らしげに胸を張っていた。


「ふん、ようやくやる気になったようね、あいつらも。

これでやっと本当の戦いが始められるわ」

彼女の言葉はツンとしていたが、その瞳は頼もしそうにレオを見つめていた。


 レオは彼女の手を強く握り返すと、咆哮する軍勢に向かって力強く拳を突き上げた。

「皆聞いてくれ!

敵は我々が真実に気づいたことをいずれ知るだろう!

残された時間は多くない!」


「ただちに最終決戦への準備を始める!」


 レオの宣言に、魔族たちはさらに大きな雄叫びで応えた。

彼らの本当の結束が今、試される。


 そしてこの星の運命を賭けた本当の戦いが、今、始まろうとしていた。

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