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第131話:新たな同盟

 竜王の山では、長く厳しかった冬が終わりを告げ、生命の息吹が雪解け水と共に大地を潤す季節が訪れていた。


 あの日、竜王から異星人の恐るべき準備について聞かされてから、さらに二月が過ぎていた。


 その2ヶ月間は、レオとリリスにとって、束の間の平和な家族の時間であると同時に、来るべき戦いに向けた最後の準備期間でもあった。

穏やかで、しかしどこか張り詰めた空気の中、彼らは旅立ちの時を待っていた。


 出発の日の朝、空はどこまでも青く澄み渡っていた。


 竜王は、自身の洞窟の入り口で、旅支度を終えたレオたちを静かに見送っていた。

その傍らには、竜王の命を受け、レオたちに同行する数名の屈強な竜人族の戦士たちが、静かに控えている。


「本当に大丈夫なの?

アースガルド大陸に戻るなんて……

あの子を危険な目に遭わせるわけにはいかないわよ!」


 リリスは、腕に抱いたリオをあやすようにしながら、不安げにレオを見上げた。

彼女の言葉には、我が子を案じる母としての切実な響きと、かつて父が裏切られた大陸へ戻ることへの、拭いきれない警戒心が滲んでいた。


「大丈夫だ、リリス」

レオは、彼女の肩を優しく抱いた。


「俺たちがいる。

竜王も、この大陸の仲間たちもついている。

そして何より、俺たちが戦うのは、この子が生きる未来のためだ」


 その言葉に、リリスは唇をきつく結んだ。


「……ふん。

当たり前じゃない。

この子の未来を脅かす奴らは、たとえ神だろうと異星人だろうと、私が許さないんだから!」


 彼女の瞳には、母としての、そして魔王の娘としての、揺るぎない決意の炎が宿っていた。


 竜王は、その光景に満足そうに頷いた。


「行け、若き魔王よ。

そして、旧き友の忘れ形見よ」


 竜王は、レオに一つの古びた角笛を手渡した。


「これは、竜の一族に伝わる『共鳴の角笛』。

万が一、窮地に陥った時は、これを吹くがよい。

ワシの声が、お主たちの元へ届こう」


 その言葉は、単なる餞別ではなかった。

大陸を越えても、彼らの同盟は共にあるという、力強い証だった。


 レオは、角笛を固く握りしめ、竜王に深く頭を下げた。


「恩に着る、竜王。

必ず、良い知らせを持って戻ってくる」


 再び、レオが創り出した氷の船に乗り、一行はアースガルド大陸を目指した。


 竜王の戦士たちを伴った今回の航海は、以前とは比較にならないほど、迅速で、そして力強いものだった。

彼らは、レオの魔法と連携し、行く手を阻む嵐や魔獣を、いとも容易く退けていった。


 船上での時間は、レオにとって、自らの変化と、これから為すべきことを再確認するための、重要な思索の時間となった。


(東部平原……)


 レオは、眼下に広がる紺碧の海を見つめながら、思考を巡らせた。


(勇者育成学校があった場所。

俺の旅が、そして悲劇が始まった場所でもある。

そこに住む魔族たちは、誰よりも人間の近くで、その光と闇の両方を見てきたはずだ)


 凍土の民は、人間からの徹底的な迫害によって心を閉ざしていた。

密林の民は、外界との関わりを断ち、独自の精神世界を築いていた。

砂漠の民は、裏切りの果てに、孤独を選んだ。


 だが、東部平原の魔族たちは、そのいずれとも違うだろう。


(彼らは、人間との接触を避けられなかったはずだ。

交易もあったかもしれない。

小さな争いもあっただろう。

もしかしたら、人間との間に、友情のようなものが芽生えたことさえ、あったかもしれない)


 だからこそ、彼らの心は、より複雑で、より多くの矛盾を抱えているはずだ。人間への憎しみ、恐怖、不信、そして、もしかしたら、かすかな希望や憧憬も。

(彼らの心を開き、共感を得ること。

それこそが、バラバラになった魔族の心を一つに繋ぎ、そして、いつか人間たちに真実を伝えるための、最も重要な鍵になる……)


 レオは、隣でリオをあやすリリスの横顔を見つめた。彼女の存在こそが、その鍵を開けるための、何よりの力となるだろう。


 数週間の航海の末、彼らの視界に、懐かしいアースガルド大陸の海岸線が見えてきた。

一行は、人間たちの監視網を避けるように、東部平原の南に位置する、険しい断崖に囲まれた隠れ港へと、静かに船を着けた。


 アースガルド大陸の土を再び踏みしめた瞬間、レオの肌を、懐かしい、しかしどこか緊張をはらんだエーテルの風が撫でた。


「ここから先は、我らだけで行く」

レオは、同行してくれた竜人族の戦士たちに告げた。


「君たちには、この地で待機し、万が一の時のための、我々の退路を確保してもらいたい」


 竜人族の戦士たちは、無言で、しかし力強く頷いた。

彼らは、レオの指揮に絶対の信頼を置いていた。


 レオとリリス、そしてリルとリオ。

再び、小さな家族だけの旅が始まった。

彼らはかつて勇者として旅した道を今度は新魔王として、逆向きに辿っていく。


 東部平原はその名の通り、広大で肥沃な土地が広がっていた。

豊かな麦畑が風に揺れ、遠くには人間たちの活気ある街の姿も見える。

それは、表面的には平和で豊かな光景だった。


 しかし、レオには感じ取れた。

この平和の裏に潜む、偽りの歴史と異星人たちが張り巡らせた見えざる支配の網を。

道中、彼らは何度か国王軍の巡回部隊と思わしき兵士たちの姿を遠目に見かけた。

彼らの装備は以前よりも増強されており、その瞳には魔族への警戒心と盲目的な正義感が宿っていた。


「……変わらないわね、人間は」

リリスが、忌々しげに呟いた。


「自分たちの世界が、偽りの平和の上にあることにも気づかずに……」


 彼女の言葉には、人間への侮蔑と、そして、彼らもまた被害者であるという事実への複雑な感情が入り混じっていた。


 レオたちは人間たちの街道を避け、森や丘陵地帯を慎重に進んでいった。

竜王から与えられた古い地図と、レオが感じる微かなエーテルの流れを頼りに彼らは東部平原の魔族たちが暮らすと言われるエルトリアの森を目指した。


 数日が過ぎた頃、彼らはついに、その森の入り口にたどり着いた。

エルトリアの森は南部密林ほどではないが、深く、そして古の気配を色濃く残す場所だった。

森の内部からは複数の、しかし統率の取れていない、様々な魔族の気配が感じ取れた。


 レオは森の入り口で一度足を止め、深く息を吸い込んだ。


 ここからが、正念場だ。


 彼らが森の中へと一歩足を踏み入れた、その時だった。


「……止まれ」


 鋭く、そして冷たい声が、木々の間から響いた。

声と同時にレオたちの目の前に数人の魔族が姿を現した。


 彼らは獣のような俊敏さと、人間のように洗練された武具を身につけていた。

その姿はこれまでレオが出会ってきたどの魔族とも異なっていた。

彼らの瞳には、凍土の民のような敵意でもなく、砂漠の民のような無関心でもない、深い「疑念」と「警戒」の色が浮かんでいた。


 その中の一人、リーダー格と思わしき魔族がレオとその隣に立つリリス、そして彼女が抱く赤ん坊を値踏みするように、じっと見つめた。


「……人間、だと……?

なぜ、魔王の姫君が、人間と共にいる……?」


 彼の声には驚きと、そして、長年にわたって積み重ねられてきたであろう、人間への根深い不信感が込められていた。


 レオは、彼らの視線を受け止めながら、静かに答える準備をした。


 東部平原の魔族たちとの対話。  

それはレオがこれまで経験したどの交渉よりも困難で、そして繊細なものになるだろうことを、彼は予感していた。

彼らの複雑な感情の奥底に眠る、真実の心に、自分たちの言葉は届くのだろうか。


 レオとリリスの新たな、そして最も困難な試練が、今、始まろうとしていた。

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