第13話:魔法の才
国王歴1000年4月。
春の訪れと共に、勇者育成学校は新たな生命の息吹に満ちていた。
新入生たちが希望と不安の入り混じった顔で門をくぐる中、レオは十七歳になっていた。彼の体は、もはや少年ではなく、鍛え抜かれた鋼のような強靭さを秘めている。
エリックとの友情はさらに深まり、二人は学園内でも一目置かれる存在となっていた。
その年の新入生の中に、ひときわ異彩を放つ少女がいた。
セレーネ。
彼女は入学当初から、周囲の生徒や教師たちを驚愕させるほどの、卓越した魔法の才能を見せつけた。
特に、その攻撃魔法の威力は群を抜いていた。放たれる火球は巨大な岩をも砕き、生み出される氷の槍は鋼鉄の盾を貫く。
魔法陣を描く速度も、魔力の収束も、並み居る上級生たちを凌駕していた。彼女の才能は、瞬く間に学校中の噂となった。
「セレーネ様は、まさに天才だ」
「あれほどの魔力を持った新入生は、今までいなかった」
称賛の声が、学園のあちこちで囁かれる。
しかし、セレーネは、その輝かしい魔法の才能の裏で、ある深い劣等感を抱えていた。それは、戦闘能力、特に肉体的な強さや剣術に対するものだった。
彼女は、力任せの訓練や、剣を振るうことにはまるで興味を示さず、魔法こそが唯一無二の力だと信じていた。その裏返しとして、彼女は「魔法至上主義」とも言える考え方に陥っていたのだ。
ある日の午後。
レオが訓練場で素振りを行っていると、遠巻きに多くの生徒が集まっているのが見えた。その中心にいたのは、セレーネだった。彼女は、模擬戦で上級生を相手に、容赦ない攻撃魔法を叩きつけていた。
火炎の渦が巻き起こり、氷柱が降り注ぐ。相手の生徒は、セレーネの魔法の前に、まるで手も足も出ない。
「……すごいな」
隣にいたエリックが、感嘆の声を漏らした。
レオは、黙ってその光景を見つめていた。
確かに、その魔法の威力は圧倒的だった。だが、彼の心には、ある種の反発が芽生えていた。
模擬戦が終わり、セレーネは勝利を収めた。彼女は、倒れた相手を一瞥すると、冷たい視線でレオの方を見た。
その視線には、露骨なまでの軽蔑と、見下した感情が込められていた。
魔法を使えないレオの存在は、セレーネの「魔法こそが全て」という信念にとって、理解しがたいものだったのだろう。
初めての出会いだったが、その瞬間、二人の間に、目に見えない壁が築かれた。
「ねえ、あなた、魔法が使えないんでしょう?
そんな者が、勇者候補だなんて、笑わせるわ」
セレーネの声は、氷のように冷たく、訓練場に響き渡った。周囲の生徒たちが、ヒソヒソと囁き合う。
レオの顔に、怒りの色が浮かんだ。
「……それが、どうした」
彼は、低い声で応じた。長年、この言葉を浴びせられてきたレオにとって、セレーネの言葉は、彼の内なる炎を再燃させるには十分だった。
「どうした、ですって?
魔法こそが、真の力よ。あなたのような、剣術しか能がない者が、魔王を倒せるわけがないわ」
セレーネは、嘲るように唇を歪めた。
エリックが、レオの肩にそっと手を置いた。挑発に乗るな、という無言のメッセージだった。
レオは、セレーネの言葉に反発を感じた。だが、同時に、その圧倒的な魔法の力に、ある種の脅威も感じていた。ゼオスとの模擬戦を思い出す。魔法相手には、まだ、有効な手段が見つからない。
「フン。せいぜい、剣でも振っていなさい。私が、あなたのような役立たずを、守ってあげるわ」
セレーネは、そう言い捨てると、教師たちに囲まれ、颯爽と訓練場を去っていった。
レオは、残された訓練場で、握りしめた拳を震わせていた。
屈辱。
再び、彼の心に、あの忌まわしい感情が蘇る。
「レオ、気にすることないさ。あいつは、ちょっと性格が悪いだけだ」
エリックが、慰めるように言った。
しかし、レオの耳には、その言葉は届かなかった。
セレーネの放った魔法の光が、まだ彼の網膜に焼き付いている。その圧倒的な力は、レオの心に、新たな課題を突きつけていた。
この壁を、どう乗り越えるか。
魔法を使えない自分が、真の英雄となるためには、この圧倒的な魔法の壁を、何らかの形で打ち破らなければならない。
レオの静かなる闘志が、セレーネの「光と影」の中で、再び燃え上がり始めていた。