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第125話:共闘の記憶

 竜王の住処である山の頂は、厳しい冬の訪れと共に、深い雪と静寂に覆われていた。


 レオとリリスがこの新大陸に辿り着いてから、一年という月日が流れようとしていた。

この半年間、彼らは竜王の庇護のもと、外界から身を隠しながら、来るべき戦いの日に備えていた。


 レオは、竜王との対話を通じて、この世界の成り立ち、エーテルの流れ、そして自らに覚醒した力の本当の意味を学び、日々の修練に明け暮れた。

彼の魔力は、もはや単なる戦闘技術ではなく、星の意思と共鳴するかのような、より根源的で強大な力へと昇華されつつあった。


 リリスもまた、竜王が持つ古の知識を貪欲に吸収していた。

彼女は父である旧世界の王が遺した歴史書と、竜王の記憶を照らし合わせることで、これまで断片的だった世界の真実を、一つの壮大な物語として再構築しようとしていた。


「べ、別に貴方のために調べてるんじゃないんだからね!

私自身の知的好奇心を満たすためよ!

魔王の娘として、この程度の知識は嗜みなの!」


 彼女はそう言って書物に没頭するが、その横顔は、レオが背負う運命を共に歩むという、強い覚悟に満ちていた。


 リルも、この山の澄んだエーテルが心地よいのか、以前よりも活発にレオの周りを飛び回り、時には竜王の肩にとまって何かを語りかけるような仕草を見せていた。


 雪が深く降り積もる夜、三人は竜王の洞窟で、揺らめく炎を囲んでいた。


 半年前、竜王が最後に放った言葉の続きを、レオはずっと待っていた。


「竜王よ、教えてくれ」

 レオは、静かに口火を切った。


「100年以上も前、人間と魔族は、どうやって手を取り合い、異星人と戦ったんだ?

俺たちが教えられてきた歴史には、そんな記述は一片もなかった……」


 竜王は、燃え盛る炎にその深い瞳を向け、遠い過去を追憶するように、ゆっくりと語り始めた。


「……あれは、ワシがまだ若かった頃の話じゃ。

今から100と数十年ほど前になるかのう」


 彼の声は、洞窟の壁に反響し、まるで古の吟遊詩人が詠う叙事詩のように響いた。


「当時、奴ら『星を喰らう者』どもは、今のような姑息な手段は使わなんだ。

圧倒的な科学技術と、理解不能な兵器を携え、空から直接この星を奪いに来たのじゃ。

目的は、あの頃から変わらぬ。この大地に眠る、エーテル結晶の完全なる支配じゃ」


 竜王は、当時の人間と魔族の関係についても語った。


「その頃の人間と魔族は、今のような深い憎悪では結ばれておらなんだ。

互いに異なる種族として、時には領地を巡って争い、時には交易を結ぶ、付かず離れずの関係じゃった。

互いを『悪』と断じるような、単純な世界ではなかったのじゃよ」


 異星人たちの侵攻は、凄まじかった。

天を覆う巨大な鉄の船から、無数の兵器が放たれ、人間たちの王国も、魔族たちの集落も、等しく炎に包まれた。

それは、この星に生きる全ての生命に対する、無慈悲な蹂躙だった。


「当然、我ら魔族も、人間も、抵抗した。

じゃが……」

 竜王の顔に、苦い記憶が影を落とす。


「我ら魔族は、一個の力こそ強大じゃ。

生まれつきエーテルを操り、その肉体は人間の比ではない。じゃが、致命的な弱点があった」


「共感力の低さ、か……」

 レオが、砂漠の民を思い出しながら呟いた。


「うむ」

 竜王は頷いた。


「我らは、他者を深く理解し、心を一つにして戦うということを知らなんだ。

各地の魔王たちは、己の力と誇りを頼りに、個として戦い、そして、各個撃破されていった。あまりにも、脆く……

あまりにも、愚かな戦いぶりじゃった」


 一方、人間たちは、魔族とは正反対だった。


「人間は、個々の力では我ら魔族に遠く及ばん。

じゃが、彼らには我らが持ち得ぬ、最大の武器があった。それが『共感』の力じゃ」


 竜王は語る。人間たちは、異星人という共通の脅威を前に、驚くべき速さで団結した。

王は民を思い、兵士は仲間を庇い、民は互いに手を取り合って、王国という巨大な一つの生命体となって抵抗したのだと。


「それでも、奴らの力は圧倒的じゃった。

人間たちの結束だけでは、いずれはじり貧になるのが目に見えておった。

そこで、当時、人間を率いていた一人の若き王が、常軌を逸した行動に出たのじゃ」


「常軌を逸した行動?」


「そうじゃ。その王は、武器を捨て、わずかな供だけを連れて、当時最も強大と言われた魔王の元へ、単身で向かったのじゃよ」


 リリスが、息を呑んだ。

「馬鹿よ……。

殺されに行くようなものじゃない……」


「誰もがそう思った。

じゃが、その王は違った。

彼は魔王に対し、剣ではなく、言葉を向けた。恐怖でも、媚びでもなく、ただ対等な存在として、敬意を込めて語りかけたのじゃ。

『我らと貴殿らのどちらが先に滅びるかの違いでしかない。このままでは、この星そのものが奴らのものとなる。我らは貴殿らの力を必要としている。どうか、我らと共に戦ってほしい』と」


 竜王の瞳が、わずかに輝きを増した。


「魔王は、最初はその言葉を一笑に付した。

じゃが、人間の王は諦めなかった。

彼は、魔族がなぜ戦うのか、何に誇りを持ち、何を恐れるのかを、必死に理解しようとした。

人間の持つ『共感力』を最大限に使い、魔族の孤独な魂に、寄り添おうとしたのじゃ」


 その真摯な姿勢が、頑なだった魔王の心を、少しずつ溶かしていった。

魔王は、人間の王の瞳の中に、自分たちと同じ、この星を愛し、守りたいという純粋な思いを見出したのだ。


「そして、ついに、歴史上初めて、人間と魔族の間に、正式な同盟が結ばれた。

それは、この星の奇跡じゃった」


 その後の戦いは、凄絶を極めたという。


 人間たちの軍勢が、緻密な戦略と鉄壁の連携で、異星人の軍団を巧みに誘い込み、分断する。


 そして、その隙を突き、魔王たちが、その圧倒的な個の力で、敵の中核を破壊する。


 人間の「結束力」と、魔族の「個の力」。


 本来、相容れることのなかった二つの力が、人間の「共感力」という接着剤によって、完璧に融合した瞬間だった。


「奴らにとっても、それは全くの想定外じゃったろう。

分断され、互いに憎しみ合うはずの下等な生物が、手を取り合い、自分たちに牙を剥くなどとはな。

戦況は覆り、長い戦いの末、ついにワシらは、『星を喰らう者』どもを、この星から追い出すことに成功したのじゃ」


 竜王は、誇らしげにそう語り終えた。

洞窟の中には、再び炎が爆ぜる音だけが響いていた。


 レオは、その壮大な物語に、ただ打ちのめされていた。


 彼の胸に込み上げてきたのは、驚きと、そして、これまで感じたことのないほどの、熱い希望だった。


(信じられない……。

人間と魔族が、共に戦っただと?

俺がずっと夢見てきた世界が、本当に、この星には存在したんだ。

アルス……セレーネ……エリック……俺たちが教えられてきた歴史は、やっぱり、全てが……)


 彼が目指す理想は、決して絵空事ではなかった。

それは、この星の歴史に確かに刻まれた、輝かしい真実だったのだ。


 リリスもまた、言葉を失っていた。

彼女は、唇をきつく結び、俯いていたが、その肩はかすかに震えていた。


「ふ、ふん……。

昔は昔、今は今よ。

たまたま利害が一致しただけじゃないの。

そんな大昔話、信じられるもんですか……」


 彼女は、そう強がってみせたが、その声は涙に濡れていた。


 人間と魔族のハーフである彼女にとって、両者が手を取り合って輝かしい勝利を収めたという過去は、あまりにも眩しく、そして、今の世界の惨状を思うと、あまりにも悲しい物語だった。


 レオは、熱い希望と共に、新たな、そして最も大きな疑問に直面した。


「竜王よ……。

それほどの絆があったのなら、なぜ……?

なぜ今の世界は、こんなにも憎しみ合っているんだ?

その共闘の記憶は、一体どこへ消えてしまったんだ?」


 その問いに、竜王の顔から、誇らしい光が消え、深い、深い影が差した。

彼の瞳は、底なしの憎悪と警戒を宿し、声は、冬の風のように冷たく響いた。


「……奴らは学んだのじゃ。

力でこの星を奪うことはできぬ、と。

人間と魔族の絆……

その源である人間の『共感力』こそが、何よりも厄介な武器であると知った」


 竜王は、そこで一度、言葉を切った。

その視線は、まるでレオたちの未来を憂うかのように、揺らめく炎の先を見つめていた。


「じゃから奴らは、次の一手で、その武器そのものを、内側から破壊することにした……」


「人間の『愛情』を、根こそぎ『憎悪』へと書き換える……

それこそが、奴らが10年前に実行した、『記憶改変計画』の真の恐ろしさなのじゃよ」

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