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第123話:真実の断片

 カルディア砂漠の民たちに見送られ、レオとリリスが新たな大陸を目指す旅に出てから、一月が過ぎようとしていた。


 砂漠の長老が指し示した、壁画にかすかに描かれた大陸。

そこには、この星の真実を知る、さらに古く、強大な魔王がいるという。


 彼らの最初の課題は、広大な海をどう渡るか、であった。


「まさか、泳いで渡るなんて言わないでしょうね?

私はカナヅチよ!」


「いくら俺でもそれは無茶だ。

リリス、少し離れていてくれ」


 レオは、砂浜に立つと、静かに目を閉じた。

彼の内なる魔力が、周囲の大気に満ちるエーテルと共鳴し、足元の海水がごぽごぽと音を立て始める。


(海水から水を集める。

集めた水を凍らせる。そして、形を作る……)


 かつて、覚醒したばかりの頃には想像もできなかった魔法制御。

だが、砂漠での半年間の修練と、覚醒した力は、レオを新たな次元へと引き上げていた。


 彼の両手の先に、海水が渦を巻きながら集まり、見る見るうちに純白の氷へと姿を変えていく。

それは、ただ凍らせただけの脆い氷ではない。

分子レベルで空気を取り除き、極限まで密度を高めた、鋼鉄のように強固な氷の塊だ。


 氷は、レオのイメージ通りに形作られていく。

船底、船べり、そして帆を立てるためのマストまで。


 数時間後、砂浜には、全長十メートルほどの、流麗なフォルムを持つ一艘の氷の船が出現していた。


「な……何よこれ……。

本当に、魔法だけで船を作ったっていうの……?」


 リリスは、その光景に呆然と立ち尽くしていた。

彼女の用意周到な計画では、どこかの港町で密かに船を盗むか、あるいは大金を払って雇う手はずだった。


「べ、別に驚いてなんかないんだから!

貴方が新しい魔王なら、これくらいできて当然よ!

でも……ちょっとだけ、見直したわ……」

顔を真っ赤にしながらそっぽを向くリリス。


 レオは、そんな彼女に苦笑しながら、船に乗り込むよう促した。


(これが、俺の新しい力……。

魔王として、この世界を救うための力だ)


 レオが魔力を注ぎ続ける限り、この氷の船は融けることなく、そして風のない日でも、彼の意思で水を操り、海を進むことができる。


 広大な海原へと滑り出した氷の船。

彼らの壮大な旅は、こうして始まった。


 航海は、決して平穏ではなかった。

巨大な海竜が彼らの船を襲い、天候が荒れ狂う嵐が何度も彼らを飲み込もうとした。


「きゃあ!

揺れすぎよ! 貴方、本当にこの船を制御できてるの!?」


  「大丈夫だ、リリス! しっかり掴まってろ!」


 レオは、巨大な氷の壁を生成して荒れ狂う波を防ぎ、無数の氷の刃を放って海獣を撃退した。

その戦いぶりは、もはやかつての勇者のそれではなく、自然そのものを味方につけた、王者の風格すら漂わせていた。


(すごい……。

これが、覚醒したレオの本当の力……。

父様が、彼に未来を託した理由が、少しだけ分かった気がするわ……)


 リリスは、レオのたくましい背中を見つめながら、ツンとした態度の裏で、彼への信頼と愛情をさらに深めていくのだった。


 長い航海の末、彼らの視界に、ついに新たな大陸の影が見えてきた。


  アースガルド大陸とは明らかに異なる、緑豊かな、しかしどこか険しい山々が連なる大地。

空気中に含まれるエーテルの匂いも、微妙に異なっている。


 彼らが上陸したのは、静かな入り江だった。

周囲には人の気配はなく、ただ鬱蒼とした森が広がっているだけだ。


「さて、着いたはいいけど、ここからどうするのよ。

魔王様がどこにいるかなんて、見当もつかないじゃない」


「まずは、この大陸に住む魔族を探す。

彼らなら、何か知っているかもしれない」


 二人は、森の奥深くへと足を踏み入れた。


 数日間、森を探索する中で、彼らはいくつかの小さな魔族の集落を発見した。

しかし、どの集落の魔族も、アースガルド大陸の者たち以上に警戒心が強く、レオたちが近づくと、すぐに姿を隠してしまう。


「ダメね、埒が明かないわ。

言葉を交わす前に逃げられるんじゃ、話にならない」


「彼らは、それだけ深く傷ついているのかもしれない。

人間、あるいは……他の何かによって」


 レオがそう呟いた時、リリスが意を決したように、一つの集落に向かって、声を張り上げた。


「聞きなさい、森の同胞たち!

私はリリス!

かつて、この世界の黎明を築いた、旧世界の魔王の娘よ!」


 彼女は、自身の魔力をわずかに解放し、その血筋が持つ気高さを周囲に示した。


 その瞬間、森のざわめきが、ぴたりと止んだ。


 木の陰、岩の隙間から、これまで隠れていた魔族たちが、恐る恐る姿を現す。

彼らの瞳には、警戒と、そして「旧世界の魔王」という言葉に対する、畏敬の念が浮かんでいた。


 リリスの血筋は、大陸を越えても、なお絶大な力を持っていた。 魔族の一人が、震える声でリリスに問いかける。

彼女の言葉を理解したリリスは、レオに振り返った。


「この大陸を治める魔王は、『竜王』と呼ばれているそうよ。

そして、その住処は、この森の最も奥深く、天を突く山の頂にある、と」


 竜王。


 その名が持つ響きに、レオは背筋が伸びる思いだった。


 教えられた道を辿り、彼らは険しい山道を登り続けた。

標高が上がるにつれて、空気は澄み、しかし冷たくなる。

周囲の木々は、次第にその姿を消し、ごつごつとした岩肌が露出した、荒涼とした風景へと変わっていった。


 そして、ついに彼らは、山の頂にたどり着いた。


 そこにあったのは、城ではなかった。

巨大な岩をくり抜いて作られた、荘厳な洞窟。


 その入り口には、古代のルーン文字が刻まれ、内部からは、計り知れないほど強大な魔力が、静かに、しかし絶え間なく溢れ出していた。


「ここが……竜王の住処……」

 レオは、ゴクリと唾を飲んだ。


 リリスもまた、緊張した面持ちで、洞窟の闇を見つめている。


 彼らが一歩足を踏み入れると、洞窟の奥から、地響きのような、重く低い声が響いた。


「……よくぞ参った、人の子よ。

そして、旧き友、魔王、いや、旧世界の国王の忘れ形見よ」


 声と共に、洞窟の闇の中から、一つの巨大な影が姿を現した。


 それは、レオが想像していたような、翼を持つ西洋のドラゴンの姿ではなかった。

その姿は、人の形に近い。

しかし、その全身は、白銀の鱗に覆われ、背中からは竜の尾が伸び、その顔には、威厳に満ちた竜の面影が色濃く残っていた。


 老練で、知恵深い。

その瞳は、まるで悠久の時を見つめてきたかのように、深く、そして全てを見透かすような輝きを放っていた。


「わ、私が、旧世界の王の娘だと、なぜ……」

リリスは、驚きに声を震わせた。


 竜王は、静かに微笑んだ。その口元から、鋭い牙が覗く。


「お主の魂の輝きが、そう告げておる。

かつて、友と語り合った夜に感じた、気高く、そしてどこか悲しい輝きと、寸分違わぬわ」


 そして、その視線は、レオへと向けられた。 竜王の瞳が、興味深そうに細められる。


「そして、お主……聖騎士長の息子よ。

その身に宿すエーテルの流れは、実に興味深い。

まるで、古の勇者のようでありながら、この星の意思そのものを内包しているかのようでもある。

覚醒したか……。

長き時を待った甲斐があったというものよ」


「俺の出自まで……!?」


 レオは、愕然とした。この竜王は、初対面の自分たちの全てを、見抜いている。

砂漠の長老とは比較にならない、圧倒的な知識と洞察力。


「な、馴れ馴れしく呼ばないで!

貴方が父様と知り合いだろうと、私はまだ、貴方を信用したわけじゃないんだから!」


 リリスは、動揺を隠すように、いつもの調子で反論した。しかし、その声はわずかに上ずっていた。


 レオは、意を決し、竜王の前に進み出た。


「竜王よ。我々は、あなたに聞きたいことがある。

異星人と、彼らがこの星にもたらした『記憶改変計画』について」


 レオの言葉に、竜王は驚くことなく、静かに頷いた。


「やはり、そこまで辿り着いたか。

砂漠の爬虫類どもが、古き伝承を伝え残していたようじゃな」


 竜王は、ゆっくりと洞窟の奥にある石の玉座に腰を下ろした。


「良いだろう。

お主たちには、話す価値がある。

砂漠の民が知る歴史は、あくまで10年前の出来事に過ぎぬ。

じゃが、ワシら竜の一族は、より長く生き、より多くの記憶を継承しておる」


 竜王の瞳が、遠い過去を見つめるように、深く、暗い光を宿した。


「あの者ども……

ワシらが『星を喰らう者』と呼ぶ、忌むべき存在が、この星に初めてその影を落としたのは、10年前ではない」


 その言葉に、レオとリリスは息を呑んだ。


「もっと、遥か昔……。

人間と魔族が、初めてこの大地に文明の火を灯した、その黎明の時代から、奴らは、この星を監視し、そして、静かに干渉を続けておったのじゃよ……」


 竜王の言葉は、レオたちが知る歴史を、さらに根底から覆す、新たな真実の断片だった。


 彼らの旅は、今、この老練な魔王との対面によって、想像を絶する、より深い謎の核心へと、その歩みを進めようとしていた。

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