第12話:疑惑の種
国王歴998年10月。
秋風が吹き荒れる季節となった。勇者育成学校の図書館は、一層その静けさを深めている。アルスは、いつものように、奥まった書架の片隅で、古文書と向き合っていた。
彼が「空白の10年間」の真実を探求し始めてから、すでに長い時間が経過していた。そして、その探求の旅は、彼に新たな、そして深い疑惑の種を蒔きつけ始めていた。
埃をかぶった古文書のページをめくるたび、アルスは、現在の歴史書には記されていない、驚くべき記述を発見する。
人間と魔族が、争うことなく、共に暮らしていた時代の記録。
「旧世界の王」と呼ばれる存在に関する、断片的な情報。それは、今の王国の歴史からは完全に抹消されたかのような、曖昧で、しかし確実に存在した痕跡だった。
アルスは、自身の指が触れる紙の感触と、そこに記された文字の羅列から、ひしひしと伝わる真実の重みに、息を呑んだ。
なぜ、これらの記録は隠されているのか?
なぜ、教師たちは、ただ「魔王=悪」という単純な構図しか教えないのか?
彼の心の中で、教師たちが意図的に歴史を歪めているのではないかという疑念が、日に日に深まっていった。それは、確信へと変わりつつあった。
もし、今、自分たちが教えられている歴史が、偽りだとしたら。
もし、魔王が、本当に「悪」ではないとしたら。
アルスの思考は、深淵へと誘われていく。
この真実を解き明かすことこそが、本当に世界を救う道なのではないか?
魔王を倒すこと以上に、この歪んだ歴史を正すことこそが、最も重要なことなのではないか?
彼は、直感的にそう感じていた。
その日の午後、アルスは珍しく図書館の閲覧室で、開架式の書棚に並んだ一般の歴史書を眺めていた。そこに、レオとエリックが、何かの課題のために資料を探しにやってきた。
「うわ、アルスじゃないか。こんなところで何してんだ?」
エリックは、気さくにアルスに話しかけた。レオは、その隣で静かに立ち尽くしている。
アルスは、顔色一つ変えず、手にした古文書をそっと閉じた。
「歴史の調査だ」
「歴史? なんだそれ、面白いのか?」
エリックは、首を傾げる。彼にとって、歴史の授業は退屈なものだった。
「君たちが知っている歴史は、ほんの一部に過ぎない」
アルスの声は、いつものように淡々としていた。だが、その言葉には、どこか深みがあった。
「空白の10年間、と言われている時代について、君たちはどう思う?」
エリックは、困ったように頭を掻いた。
「えーと、魔王が暴れて、世界が大変だった時代、だろ? 教科書に書いてあった通りだよ」
レオは、黙ってアルスを見つめている。彼の目には、かすかな探求心が宿っているようにも見えた。
アルスは、レオの視線に気づくと、わずかに視線を向けた。
「その空白の期間に、真実が隠されている。我々が知るべき、重要な真実が」
アルスは、それ以上は語らなかった。彼が探求している真実の深さに、レオやエリックがすぐに追いつけるわけではないことを、彼は理解していた。
レオとエリックは、アルスの言葉の真意を完全に理解したわけではない。だが、彼らは、アルスの持つ知識の深さに、漠然とした何かを感じ取った。
二人は、自分たちの課題に必要な資料を手にすると、閲覧室を後にした。
アルスは、再び古文書を開いた。彼の探求は、さらに深淵へと向かっていく。
彼の心の中で、疑惑の種は、やがて確信へと育ち、来るべき未来の大きなうねりへと繋がっていくことになるだろう。