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第117話:血の繋がりの証

 密林の奥深く、ガジュマルの木の広場で、レオとリリスは密林の魔族たちとの対峙を続けていた。


 蔓に絡め取られたレオの足は、森の生命が放つ拒絶の意思そのものだった。

密林の魔族たちは、依然として言葉を発することなく、彼らを観察していた。

その目は、感情を表さず、ただ森の守護者として、異物を排除する静かな決意を秘めているかのようだった。


 「まったく、どういうつもりなのよ、この連中は! 話し合いにもならないじゃない!」


 リリスは苛立ちを募らせ、忌々しげに周囲の魔族たちを睨んだ。

彼女の魔力は、蔓を無理に引き剥がそうとすれば、森全体を敵に回しかねないことを悟っていた。


 レオは、自身の足元の蔓を見つめた。

 「彼らは、言葉でなく、森そのもので語りかけているようだ。

そして、俺たちを……受け入れていない」


 凍土の民とは異なる、根源的な隔絶の壁。

彼らは人間だけでなく、自分たち以外の存在を、森の調和を乱すものとして認識しているのかもしれない。


 このままでは、埒が明かない。

レオが思考を巡らせていると、リリスが、ふと深く息を吸い込んだ。


 「……貴方たち、私が見えないわけじゃないでしょう?

魔族として、私が何者であるか、感じ取れないの?」

リリスは、声を張り上げた。


 彼女の言葉は、魔王城で使われる共通語だったが、彼女の魔力と、その声に込められた感情が、密林の空気を通して、魔族たちに届いていくかのようだった。


 「確かに、この男は人間よ!

でも、私たち魔族を統べる魔王よ!」


 リリスは、レオの腕を掴み、彼の胸元にリルが眠っていることを示すかのように、わずかに持ち上げた。

リルから放たれる生命の光が、密林の薄暗闇の中で、静かに瞬いた。


 密林の魔族たちの瞳が、わずかに揺れた。

彼らは、リルの光と、レオの内に宿る魔力に、何かを感じ取ったようだった。

しかし、それでも彼らの沈黙は破られない。


 リリスは、一歩前に踏み出した。

蔓は、彼女の足元でも微かに動き、牽制する。


 「私は……人間と魔族の間に生まれた。

魔王の娘として、私はこの世界で、ずっと自分の居場所を探してきた!」


 彼女の言葉は、密林にこだました。

それは、普段の態度からは想像もできない、彼女の心の奥底からの叫びだった。


 「貴方たち、知らないでしょうけど、私の父親は……旧世界の魔王だった!」


 その言葉は、まるで森に雷が落ちたかのような衝撃を、密林の魔族たちに与えた。


 彼らの顔には、わずかながらも、驚きと動揺の感情が浮かんだ。旧世界の魔王。

それは、彼らの歴史の中でも、伝説として語り継がれる存在だった。

彼らが精霊信仰を持つほど古くから存在するというなら、彼らにとって旧世界の魔王の存在は、計り知れない重みを持つものだった。


 リリスは、その反応を見逃さなかった。

彼女は、自らの内に秘められた魔力を、微かに解放した。

それは、威圧するためではなく、自身の血が持つ「繋がり」を示すためだった。

 「私は、人間と魔族の間に生まれた存在だからこそ、双方の心を知っている!

人間が、どれほど愚かで傲慢か。そして、魔族がどれほど深い傷を抱えてきたか!」


 リリスの言葉は、彼女自身の人生の葛藤を映し出していた。

人間社会での疎外感、魔族としての誇り、そして両者の間に立つことの苦悩。

その全てが、彼女の言葉に真実味を与えていた。


 「父は、旧世界の全てを統一しようとした。

それは、ただの力による支配じゃない。

父もまた、人間と魔族が争うことのない世界を望んでいた。

しかし……その夢は、人間によって打ち砕かれたわ!」


 リリスは、自身の過去の痛み、父の無念、そして魔族が受けてきた苦痛を、感情を込めて語った。

彼女の瞳は潤み、密林の薄暗闇の中で、一際強く輝いていた。


 「だから、私は知っている!

貴方たちが、この密林の奥深くに身を隠し、外の世界と関わろうとしない気持ちも!

信頼を裏切られ、傷つけられることへの恐れも!」


 彼女は、自らの身の上を明かすことで、密林の魔族たちの心に寄り添おうとした。

彼女は、彼らが抱える不信感や孤立感を、誰よりも理解できる存在なのだと訴えかけていた。


 「でも……

だからといって、このまま森に閉じこもっていていいの?

この世界は、今、変わりつつあるわ!」


 リリスの言葉は、森のざわめきを静かにさせ、魔族たちの耳に深く刻み込まれていった。

彼らは、彼女の悲痛な叫びに、これまで見せたことのないほど明確な感情を、その表情に浮かべていた。


 彼らの歴史は、あまりにも長く、そして外界との隔絶は、あまりにも深かった。

しかし、リリスの言葉は、その厚い壁に、かすかな亀裂を入れたかのようだった。


 特に、中心に座っていた最も年老いた魔族が、ゆっくりと目を閉じた。

彼の顔には、森の苔のように古く、深い皺が刻まれていた。


 彼が再び目を開けた時、その瞳は、レオとリリスに向けられ、これまでとは異なる、探るような光を宿していた。


 蔓は、レオの足元から、ゆっくりと力を緩めていった。

 「私は……

人間と魔族の橋渡しになるために、ここにいる。

この男もまた、人間でありながら、魔族の王として、その役目を果たそうとしているわ!」


 リリスは、レオの隣に立ち、彼の覚醒した魔力、そしてその内に宿るリルのかすかな光を、密林の魔族たちに見せた。


 「貴方たちが、この森に閉じこもり続けるなら、それでいいわ。

でも、もし、森の未来を、そして精霊たちの未来を本当に憂うのなら……

私たちに、耳を傾けなさい!」


 リリスの言葉には、威厳と、そして切なる願いが込められていた。

彼女は、自身の存在が、人間と魔族の血が交じり合う「証」であり、それが新たな時代の希望となりうることを、全身で訴えかけたのだ。


 密林の魔族たちは、再び静寂に戻った。

しかし、その静寂は、以前のような拒絶ではなく、深く、そして真剣な「考察」の沈黙だった。

彼らは、リリスの言葉と、その血の証に、確かに心を揺さぶられていた。


 この日から、密林の魔族たちは、レオとリリスを「異物」としてではなく、静かに「見定める」存在として認識するようになった。

彼らは、精霊の導きを待ち、リリスの言葉の真偽を見極めようとしていた。

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