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第111話:未知への一歩

 魔王城の重厚な門が、背後でゆっくりと閉まる音が響いた。


 レオとリリスは、その音を聞きながら、広がるアースガルド大陸の平原へと足を踏み出した。

彼らの前には、どこまでも続く未知の道が広がっている。肌を撫でる春の風は、まだ冷たさを残しつつも、新しい季節の始まりを告げていた。


 レオは、大きく息を吸い込んだ。

慣れ親しんだ魔王城の空気とは異なり、外の空気は自由と、そしてかすかな危険の匂いを孕んでいた。

彼の胸元に収まったリルもまた、新しい環境に気づいたのか、小さく身じろぎ、レオの指に触れてきた。

リルも、この旅の仲間だ。


 「さてと……

最初の目的地は、北部凍土、だったわね?」


 リリスが、背負ったリュックの肩ひもを少し持ち上げながら、レオに声をかけた。

彼女の表情は、どこか浮かないように見えるが、その瞳の奥には、新たな冒険への期待の光が宿っているのを、レオは知っていた。


 「ああ。

地図では、ここから最も離れた場所の一つだ。

そこに暮らす魔族たちは、特に人間への警戒心が強いと聞いている。

だからこそ、最初に訪れるべきだと判断した」


 レオは、自身の胸に抱いた確固たる決意を、リリスに伝えた。


 魔王城にいた魔族たちは、レオの言葉を理解し、その理念を受け入れてくれたが、大陸に散らばる他の魔族たちは、長年の偽りの歴史によって深く刻まれた人間への憎悪を抱えている。

特に北部凍土の魔族は、その傾向が顕著だと、ゼドリアたちから聞かされていた。


 リリスは、フンと鼻を鳴らした。

 「ご苦労なことね。

わざわざ一番面倒な場所から始めるなんて。

でも、まあ、貴方らしいわね」


 彼女は、レオを一瞥すると、すぐに視線を前方に向けた。


 「どうせ、一人で行ったら、たちまち凍死するか、飢え死にするか、あるいは変な魔族に絡まれて、あっけなく終わるのがオチでしょうし。

私がいないと、話にもならないわ」


 言葉は辛辣だが、その口調には、レオを心配する気持ちがにじみ出ていた。

彼女がこの旅に同行することにしたのは、レオの安全を守るため、そして、魔王の娘としての責任を果たすためだ。


 「感謝するよ、リリス」


 レオが素直に礼を言うと、リリスはますます顔を赤くし、

 「な、何をニヤけているのよ!

感謝なんて、口先だけでいいのよ!

私の指示に従いなさい!」

 と、慌てて声を荒げた。


 彼らが歩き出した道は、最初は魔王城の周囲に広がる荒涼とした平原だった。

見渡す限り、低い草木と岩肌が続く。

しかし、その先に広がる世界は、地図上では様々な地形と気候が描かれていた。

北部凍土は、その名の通り、一年中雪と氷に閉ざされた過酷な土地だ。


 「まずは、食料と水の確保ね。

それから、夜営の場所も考えないと」


 リリスは、既に旅の具体的な計画を頭の中で組み立てているようだった。

彼女の冷静な判断力と、実務的な能力は、レオにとって何よりの助けとなる。


 レオは、以前、人間として旅をしていた経験があるが、今回は、目的も、そして同行者も、全く異なる。

これまでの旅は、勇者としての使命感に燃え、時には人間への憎悪を募らせながら突き進むものだった。

しかし、今は違う。

彼の心には、新たな希望と、共存への願いが満ちている。


 しばらく歩くと、遠くに見えるモルグ・アイン山脈の雄大な姿が、彼らの行く手を阻むかのようにそびえ立っていた。

魔族の居住地が多く、「魔の山」として人間から恐れられるその山脈を、彼らは越えなければならない。


 「思ったより、険しい道のりになりそうだな」

 レオが、山の頂を見上げながら呟いた。


 「今更何言ってるのよ。

地図はちゃんと見てたんでしょう?

それとも、貴方の頭の中では、楽なハイキングとでも思っていたわけ?」


 リリスは、再びレオに呆れた視線を向けた。


 「でも、大丈夫よ。

私がいれば、どんな困難も乗り越えてみせるわ。……

貴方が邪魔しなければ、ね」


 リリスの言葉は、レオの心に、温かい安心感を与えた。

彼女のツンデレな態度は変わらないが、その奥底にある信頼と愛情は、レオにとって何よりも心強いものだった。


 リルも、レオの胸元で、外の景色に興味津々の様子だった。小さな顔をのぞかせ、時折、空を飛ぶ鳥や、遠くに見える動物の影に、きょろきょろと目を向けていた。

リルの無邪気な好奇心は、旅の緊張感を和らげてくれる。


 最初の日は、順調に進んだ。


 彼らは、日が傾き始める前に、安全な場所を見つけ、簡単な野営の準備を始めた。

リリスが火を起こし、レオが食料を準備する。

温かいスープの湯気が、冷たい夜の空気に立ち上る。


 レオは、スープを飲みながら、改めてこの旅の意味を噛みしめた。

 (これから、多くの魔族たちに出会い、彼らの心を解き放ち、真実を伝えなければならない)


 それは、困難の連続となるだろう。

しかし、彼には、リリスというかけがえのない伴侶が、そして、リルという希望の光がいた。


 夜空には、満点の星が輝いていた。

魔王城の天井からは見ることのできなかった、広大な自然の星空だ。


 リリスは、星を見上げながら、ポツリと呟いた。

 「……いつか、この星空の下で、人間と魔族が争うことなく、共に生きられる日が来るかしらね」


 レオは、彼女の言葉に、そっと手を重ねた。


 「必ず、その日を創ってみせる。

君と、リルと、そして、この大陸の全ての者たちのために」


 リリスは、レオの温かい手に、一瞬、戸惑ったように身を引いたが、すぐに諦めたように、そのままにさせた。


 「……勝手にしなさいよ。

どうせ、貴方はそういうことを言う人でしょうし」


 彼女の言葉はぶっきらぼうだったが、その瞳は、遠くの星々を見つめながら、確かに希望の光を宿していた。


 初めての外部。

初めての野営。

期待と不安が入り混じった、しかし確かな一歩が、今、始まった。


 彼らの旅は、未知への挑戦であり、新たな世界の創造への序章だった。

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