第11話:未来への布石
国王歴998年3月。
長い冬が終わりを告げ、春の気配が勇者育成学校にも満ち始めていた。卒業試験の時期が迫り、上級生たちの間には、卒業後の未来への期待と、魔王討伐の旅への緊張感が漂っている。
アルスは、その喧騒とは無縁の場所で、静かに自身の計画を進めていた。
彼がレオとエリックを観察し始めてから、半年以上の時間が流れていた。その間、アルスは彼らの異質な才能に確信を抱き続けていた。
レオの魔法なしでの圧倒的な戦闘能力、そしてエリックのバランスの取れた能力と、その高い共感力。二人は、まさに互いを補い合う、最高の組み合わせだ。アルスは、彼らが将来、魔王を倒す上で重要な存在になる可能性を見出していた。
そして、この時期。アルスは、周りには理解しがたい行動を取っていた。
卒業試験。
多くの生徒が、少しでも良い成績を収めようと必死に勉学や訓練に励む中、アルスはあえて、自分の点数をぎりぎりに抑えていた。
合格点には至らないものの、学校残留点をわずかに超える点数を取ることで、彼は卒業することなく、学校に残り続ける道を選んだのだ。
「アルス、お前、なんでそんな点数なんだ?
もっと上を目指せるだろうに」
彼の成績を見た教師たちは、首を傾げた。アルスの学術的な知識は、どの教師も認めるところだったからだ。
しかし、アルスは何も語らなかった。彼の真の狙いを理解できる者は、ここにはいなかった。
アルスは、この学校のシステムを熟知していた。
卒業試験でパーティーを組んだメンバーで、卒業後に魔王を倒す旅に出ることが、この勇者育成学校の絶対的な条件となっている。つまり、一度パーティーを組んで卒業してしまえば、その後はメンバーを変えることは極めて困難になる。
彼は、最高のパーティー編成を求めていた。
自身の探求する「空白の10年間」の真実を解き明かし、ひいてはこの世界を真の意味で救うためには、強力な仲間が必要不可欠だと考えていたのだ。そして、レオとエリックこそが、その「最高の仲間」だと、アルスは確信していた。
図書館の窓から、アルスは再び訓練場を見下ろす。
レオとエリックが、剣を交え、魔法を放ち、互いに連携を取りながら訓練に励んでいる。彼らの動きは、以前にも増して洗練され、二人の間に流れる信頼の絆は、より強固なものになっていた。
アルスの表情は変わらない。だが、その瞳の奥には、彼らの成長を見守る、賢者のような静かな期待の光が宿っていた。
最高のパーティーを結成するため、彼は自分の卒業を先延ばしにする。
それは、周囲からは怠惰と見られかねない行動だった。しかし、アルスにとっては、来るべき未来のための、重要な布石だった。
彼は、自らの内に秘めた知識と、冷徹なまでの観察眼で、未来を見据えていた。
やがて、時が満ちれば。
アルスは、静かに、レオとエリックの前に姿を現すだろう。
そして、彼らの旅は、単なる魔王討伐に留まらない、世界の真実を巡る壮大なものへと変貌していくことになる。