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第108話:息吹く愛

 魔王城には、レオを新たな魔王として受け入れ始めた魔族たちの間で、徐々に落ち着きが戻り始めていた。


 玉座の間に残されていた魔王の亡骸とセレーネの遺体は、丁重に運び出され、悲しみに満ちた、しかし新たな希望を胸に抱いた魔族たちによって、厳かに弔われた。

レオは、その全てを見守り、彼の内に宿る使命の重さを改めて感じていた。


 混乱の収束と並行して、レオとリリスの間には、これまで以上に深く、温かい絆が芽生え始めていた。

玉座の間でのキスは、単なる愛の表現に留まらず、レオの封印を解き、彼の真の力を覚醒させた決定的な瞬間だった。

その瞬間から、二人の間に流れる空気は、明らかに変化していた。互いの存在が、より一層、かけがえのないものとなっていたのだ。


 リリスは、レオの傍らから離れることなく、献身的に彼を支えた。

彼女は、魔王の娘としての役割を全うしながらも、レオが背負う重責を誰よりも深く理解していた。


 人間と魔族の間に立つ新たな魔王として、レオがどれほどの困難に直面するか、彼女は痛いほど分かっていた。

だからこそ、彼女はレオの盾となり、時には彼の心の支えとなることを、自らに課していた。


 ある夜更けのことだった。


 レオは、魔族の長老たちとの会談を終え、ようやく執務室に戻ってきた。


 彼は、深くため息をつき、椅子に身を沈めた。


 その時、扉が静かに開き、リリスが温かい薬湯を持って入ってきた。


 「まったく、貴方という人は。

またこんな時間まで……」

 リリスは、呆れたような口調で言ったが、その瞳は、心配と労りの色に満ちていた。


 薬湯の入った盆をレオの前に置くと、彼女は軽く腕を組み、ぷいと顔をそむける。

 「別に、貴方のためじゃないわよ。

新魔王が倒れたら困るもの。

魔族全体の損失になるでしょう?」

 レオは、疲れた顔に微かな笑みを浮かべ、薬湯の湯気を吸い込んだ。


 「ありがとう、リリス。

君がいなかったら、とっくに倒れていただろうな」

 彼の素直な感謝の言葉に、リリスの頬が、わずかに赤く染まる。


 「な、何を馬鹿なことを言ってるのよ!

勇者なんて、根性だけはありそうじゃない!」

 彼女は、わざとらしく目をそらし、強がった。


 しかし、レオは、彼女の本当の気持ちを、その言葉の裏に隠された優しさを、よく知っていた。


 「だが、君の力が必要だ。

魔族との橋渡し役として、君の存在は不可欠だ」


 レオの言葉に、リリスはハッと顔を上げた。

 「……分かってるわよ。

だから、私がいるのでしょう」


 少し不機嫌そうに、しかし、その表情には、レオの役に立てることを喜ぶような、密かな満足感が浮かんでいた。

二人の間に流れる穏やかな空気は、確かな愛情が育まれていることを示していた。


 魔王城の魔族たちは、そんなレオとリリスの関係を、温かい目で見守っていた。

彼らは、言葉を交わすことができない者も多かったが、二人の間に流れる空気、互いを気遣う視線、そしてリリスがレオの傍らに寄り添う姿から、その絆の深さを感じ取っていた。


 時には、幼い魔族たちが、指をさして「パパ、ママ」と呼ぶような、単純な音を発することさえあった。

レオは、彼らの言葉にならない声にも、誠実な眼差しで応え、彼らが差し出す小さな手を、優しく握り返した。


 特に、子供を持つ魔族たちは、二人の姿に、自分たちの子供たちが、いつか平和な世界で暮らせるようになるという、具体的な未来の光を見出していた。


 彼らは、レオとリリスが共に過ごす時間が増えるにつれて、二人の間に育まれる愛情が、魔族全体にとっての「希望」となっていくのを感じていた。


 一方、レオは、自身の覚醒した魔力の使い方を学ぶ必要があった。

彼は、強大な力を手に入れたものの、それを完全に制御し、有効に活用する方法を熟知しているわけではなかった。

真の平和を築くためには、その力を正しく使う術を身につける必要がある。


 レオは、魔族の長老たちの中から、最も知識深く、かつ経験豊富な魔導師たちに、教えを請うた。


 「貴方が我々の王となるとは……

これも運命か」


 老いた魔導師の一人、ゼドリアが、目を細めてレオを見つめた。

彼の声には、深い知恵と、わずかな皮肉が混じっていた。


 「しかし、貴方の力は、私たちが知るどんな魔力とも異なる。

その根源には、確かに先代魔王様の御力に似た、人間に眠る真の力が混ざり合っている」


 レオは、真剣な眼差しでゼドリアを見つめ、深く頭を下げた。


 「どうか、力を貸してください。

この力を、平和のために使いたいのです」


 ゼドリアは、レオの真摯な態度に、わずかに表情を緩めた。


 「よかろう。

だが、この修業は生半可なものではない。人間の貴方には、特に厳しいものとなるぞ」

別の魔導師、若いながらも優れた才能を持つアルフィアスが、鋭い目つきで言った。


 「覚悟はできている。全てを乗り越える」

 レオの言葉には、揺るぎない決意が込められていた。


 レオの修業は、厳しく、そして多岐にわたった。

 彼は、基本的な魔力の制御から始まり、魔族特有の魔法理論、そして、彼の覚醒した力に特化した、新たな魔法の創造へと挑んでいった。


 魔導師たちは、レオの魔力の奔流に驚き、時にはその制御の難しさに頭を抱えた。


 「ぐっ……!」

 レオの体内を駆け巡る魔力が暴走し、周囲の空間が微かに歪むこともあった。


 「落ち着くのだ、レオ。

力を感じるままに、しかし、決して支配されるな」

 ゼドリアが、静かにレオに語りかける。


 修業の場には、時折、好奇心旺盛な一般の魔族たちが集まってくることがあった。

彼らは、レオの放つ強大な魔力に畏敬の念を抱き、言葉にならない唸り声や、単純な身振り手振りで、その驚きと興奮を表現した。

レオは、彼らの言葉は理解できなくとも、その感情は感じ取ることができた。


 リリスは、そんな修業に励むレオの傍らで、彼を見守り、時には優しく、時には厳しく、彼を励まし続けた。


 「まったく、情けないわね。

そんなことで、この魔王城を任せられると思って?」


 そう言いながらも、彼女はレオが魔力の制御を誤り、よろめいた時には、素早く彼の腕を支えようと手を伸ばしていた。


 「あんまり無茶しないことよ。

倒れたら、私が看病してあげる義理はないんだから……

でも、せっかくここまで来たんだもの、倒れられると困る」

 

 彼女の励ましが、レオの心に、温かい力を与えた。

 リルもまた、レオの胸元で、その成長を静かに見守っていた。

その存在は、レオの心の支えであり、彼が迷いそうになった時には、微かな光を灯す道標だった。


 魔王城には、レオとリリスの間に息吹く愛が、温かい光となって、彼らを包み込んでいた。

それは、魔族たちに、そしてレオ自身の心に、真の希望を灯すものだった。


 レオは、日々、新たな知識と力を吸収し、真の魔王としての道を歩み始めていた。

 彼の目標は、遠く、そして険しいものだったが、彼には、リリスというかけがえのない支えがあり、そして、リルという共に歩む存在がいた。


 彼らの未来は、希望に満ちていた。

 新たな時代が、今、確かに始まろうとしていた。

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