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第104話:覚醒

 玉座の間は、完全な静寂に包まれていた。


 リリスがレオの頬に唇を押し当てた瞬間から、時間さえも止まったかのように、全ての魔族たちの動きが止まっていた。


 彼らの瞳は、怒りの炎を失い、深い困惑と、そして畏敬の念に満ちていた。

リリスは、レオの頬からゆっくりと顔を離したが、その手はレオの顔に触れたまま、微かに震えていた。

彼女の瞳は、涙で潤んでいたが、その奥には、レオへの深い愛情と、安堵の光が宿っていた。


 レオは、リリスの温かい唇の感触と、彼女の愛の感情を肌で感じていた。

彼の身体の奥深くで、予兆として感じられていた「巨大な力」が、今、堰を切ったように、激しく脈動し始めた。

それは、彼の体内を奔流のように駆け巡る、強大な魔力の覚醒だった。


 彼の全身の細胞が、歓喜するように震え出す。

それは、失われた記憶の解放。

封印されていた力が、本来の持ち主のもとへと還っていく感覚。


 これまで感じたことのない、圧倒的な力が、彼の魂の奥底から湧き上がってくる。


 レオの脳裏に、父親である聖騎士長が、幼い自分に施した魔法の封印の記憶が鮮明に蘇る。

それは、力を奪うためのものではなく、彼の「勇者の資質」を守り、いつか来るべき時に備えるための、深い愛情が込められた封印だった。


 そして、その封印を解く唯一の条件――

「魔族、または魔族の血を引いた人間が、レオを心から愛すこと」。

リリスのキスは、まさにその条件を満たしていたのだ。


 「ああ……っ」

 レオの口から、無意識のうちに微かな呻き声が漏れた。


 それは、痛みではなかった。

むしろ、これまで抑圧されていた力が解放されることによる、魂の叫び、歓喜の咆哮だった。


 彼の体から、まばゆい光が放たれ始めた。


 それは、これまで彼が目にしてきた、どんな魔法の光よりも、純粋で、力強く、そして神々しい輝きだった。


 光は、レオの身体を中心に、螺旋を描くように上昇し、玉座の間全体を包み込んだ。

床に横たわる魔王の亡骸、セレーネの遺体、そして血だまりまでもが、その光によって浄化されるかのように輝く。


 親衛隊の魔族たちは、その光景に、息をのんだ。


 彼らの瞳に宿っていた困惑と畏敬の念は、今や、純粋な驚きと、そして圧倒的な力への畏怖へと変わっていた。


 「これは……」

 親衛隊の隊長が、震える声で呟いた。


 彼の目に映るのは、単なる人間ではない、神話の中に語られる「勇者」そのものだった。


 レオの体から放たれる光は、彼らの怒りの感情を洗い流し、その場にいる全ての魔族たちに、計り知れない畏怖の念を抱かせた。


 彼らは、武器を落としたまま、その場に立ち尽くし、ただただ、そのまばゆい光景を見つめるしかなかった。


 光の中で、レオの意識は、さらなる高みへと昇っていく。

彼の脳裏には、この世界の真の姿が、より鮮明に映し出される。


 国王たちの欺瞞。

 記憶改変計画。

そして、人間と魔族が、本来は共存し得る存在であること。


 その全てが、まるで自分の記憶であるかのように、レオの心に深く刻み込まれていく。


 彼は、自らが背負う使命の重さを、改めて理解した。


 魔王の遺志。

 両親の願い。

 セレーネの無念。

 そして、リリスの愛。

その全てが、今、彼の中で一つになり、強大な力となって、彼の全身を駆け巡っていた。


 光は、さらに強さを増し、玉座の間全体を、白銀の輝きで満たした。

レオの周囲に、小さな魔力の粒子が舞い上がり、まるで祝福の雪のようだった。


 彼の髪が、光を受けて輝き、その瞳は、深淵の闇と、まばゆい光を宿した。

それは、人間でありながら、魔族の真実を知り、魔族の愛によって覚醒した、新たな「勇者」の誕生だった。


 魔族たちは、そのあまりの光の強さに、思わず目を細めた。

中には、膝をつき、レオの存在に頭を垂れる者さえいた。


 彼らの心には、もはやレオへの憎悪はなかった。

あるのは、畏怖と、そして、この光が、彼らにとっての新たな希望となるのではないかという、微かな期待だった。


 リリスは、光の中で輝くレオを見上げ、その瞳から、安堵の涙が溢れ落ちた。

彼女の愛が、レオを救い、彼の真の力を解き放ったのだ。

それは、魔王との賭けに、彼女が勝利した瞬間でもあった。


 そして、彼女の心は、レオへの揺るぎない愛情で満たされていた。


 光の輝きが、徐々に収まっていく。


 レオは、その場に静かに立っていた。

彼の体からは、もはや、これまでのような弱々しい雰囲気は感じられない。


 代わりに、全身から発せられるのは、強靭な魔力の波動と、圧倒的な存在感だった。

彼の瞳は、かつてないほどに澄み渡り、世界の真実を見通すかのような輝きを放っていた。


 レオは、静かに剣を鞘に収めた。

そして、周囲にいる魔族たちを、ゆっくりと見渡した。


 彼の視線には、もはや敵意はなかった。

あるのは、理解と、そして、共存への強い願いだった。


 玉座の間の混乱は、収まった。

しかし、レオの覚醒は、新たな時代の幕開けを告げていた。


 彼は、魔王の遺志を継ぎ、人間と魔族が手を取り合う世界を創る。

そのための、最初の、そして最も重要な一歩が、今、踏み出されたのだ。


 彼の本当の戦いは、ここから始まる。


 魔王城に集まった魔族たちは、その全てを目撃していた。

彼らの心には、畏怖と、そして、未来への未知なる期待が渦巻いていた。

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