表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/190

第101話:託された未来

 玉座の間には、再び重い静寂が訪れていた。


 レオの意識から転送魔法の光が完全に薄れ、彼の脳裏に焼き付けられた魔王の真実が、鮮烈な記憶として残った。

彼は、セレーネの遺体と、息も絶え絶えの魔王を見つめる。

彼の心の中では、全ての真実が繋がり、新たな使命が、はっきりと形を成していた。

リリスへの、これまでとは違う、複雑な感情が胸に渦巻いていた。


 魔王は、レオの顔から手を離し、ゆっくりと、しかし確かな意志をもって、その指先を空へと向けた。

その痩せ衰えた指の先には、まだ微かな魔力が宿っているように見えた。

魔王の瞳の光は、風前の灯火のように揺らいでいたが、その奥には、世界の未来を託すかのような、深い期待と、そして諦念が混じり合っていた。


 そして、魔王は、その命の最後の力を振り絞り、レオに語りかけた。


 それは、肉声ではなかった。

しかし、レオの魂に直接響き渡る、深く、そして力強い声だった。

その言葉は、玉座の間の静寂を破り、レオの心に重く、深く響き渡った。


 「……レオ……」


 魔王の声は、苦痛に満ちながらも、揺るぎない覚悟を帯びていた。

レオは、魔王の言葉の全てを受け止めるため、その全身の神経を集中させた。


 「……我は……

全ての真実を……

お前に……話した……」


 レオは、頷いた。

彼の知る世界の全てが偽りであり、自身が背負う運命の重さを、今、彼は深く理解していた。

魔王の言葉は、レオの心の中で、これまでの全ての出来事を繋ぎ合わせ、一つの大きな絵を描き出していた。


 「……人間と……魔族は……

争うべきでは……

ない……」


 魔王の言葉は、深い悲しみと、そして未来への切なる願いが込められていた。

映像として見てきた旧世界の記憶、人間と魔族が共存していた平和な時代。

それが、国王たちの欲望と陰謀によって引き裂かれた真実。

その全てが、魔王のこの言葉に集約されていた。


 「……我が……

遺志を……継ぎ……」


 その言葉が、レオの心臓に直接、響いた。

魔王の遺志。

それは、この偽りの世界を正し、真の平和を築くという、壮大な使命だった。

レオは、その言葉の重みに、全身が震えるのを感じた。


 「……人間と魔族が……

手を取り合う……世界を……創れ……」


 魔王の言葉は、レオに突きつけられた選択だった。


 それは、魔王としての、最後の命令であり、そして、レオに託された、未来への希望だった。


 レオの脳裏には、セレーネの優しい笑顔、リリスの温かい眼差し、そして、アルスの真実を求める姿が、次々と蘇った。

彼らが望んだ世界は、まさに魔王が語る、人間と魔族が手を取り合う世界だった。


 「……選択しろ……

レオ……」


 魔王の声は、そこで途切れた。

転送魔法の光が、完全に消え去った。


 玉座の間を満たしていた、魔王の魔力の波動が、急速に弱まっていく。


 魔王の瞳の光が、ゆっくりと、そして完全に消え失せた。


 魔王は、レオの顔に触れていた手を、重力に逆らうことなく、静かに血だまりの中へと落とした。

その全身から、生命の輝きが失われ、彼の存在が、玉座の間から消え去っていくかのようだった。


 魔王の息が、完全に絶えた。

玉座の間には、再び、重く、沈痛な静寂が訪れた。


 それは、一人の王が、その命を終え、未来を託したことを示す、永遠の静寂だった。


 レオは、その場に立ち尽くしたまま、魔王の亡骸を見つめた。

彼の心は、魔王の最後の言葉と、その命の重みに、深く、深く響かされていた。


 彼の脳裏には、これまでの旅路が、走馬灯のように駆け巡る。


 勇者育成学校での日々。

 魔族との戦い。

 セレーネとの出会い、そして別れ。

 エリックとの友情、そして決裂。

 リリスとの出会い、そして育まれた絆。

 そして、魔王が語った、世界の真実と、自身の出自。


 その全てが、今、この瞬間のためにあったのだと、レオは悟った。


 彼は、もはや、国王たちに操られる「勇者」ではない。

真実を知り、自身の運命を受け入れた、新たな存在。


 レオは、ゆっくりと、セレーネの冷たい遺体へと目を向けた。

彼女の顔は、安らかで、まるで眠っているかのようだった。


 レオは、セレーネの手を握りしめた。その冷たい感触が、現実の重みを突きつける。


 そして、彼は、息絶えた魔王の亡骸を、もう一度見つめた。

魔王の顔には、もはや苦痛はなく、ただ、安らかな表情が浮かんでいた。


 それは、自身の使命を全うし、未来を託した者の、静かな満足の表情だった。


 レオは、深呼吸をした。


 彼の心に、迷いはなかった。

これまで背負ってきた重荷が、彼自身の意志によって、新たな決意へと変わる。


 「……はい……

魔王……」

 か細い声が、レオの口から漏れた。


 それは、魔王への返答であり、そして、彼自身の運命を受け入れる、固い覚悟の表明だった。

彼は、魔王の遺志を継ぎ、人間と魔族が手を取り合う世界を創る。


 そのために、彼は、全てをかけて戦うだろう。

偽りの歴史を打ち破り、真の平和を築くために。


 彼の全身から、静かに、しかし確かな魔力の波動が広がり始めた。


 それは、未だ完全に覚醒したわけではないが、レオの心に宿った新たな決意が、彼の内に眠る力を揺り動かしている証だった。


 玉座の間には、レオの静かな決意が満ちていた。

しかし、その静寂は、長くは続かないだろう。

魔王の死は、新たな動乱の始まりを告げる。


 そして、レオの、本当の戦いが、今、まさに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ