第1話:血盟の終焉
氷のシャンデリアが鈍い光を放つ、凍てつく魔王城の玉座の間。
その中央で、二つの影が激しく交錯していた。
一つは聖なる光を纏う勇者エリック。
もう一つは、禍々しい闇を凝縮したかのごとき魔王。
長きにわたる旅路の終焉が、今まさに訪れようとしていた。
「これで、終わりだッ!」
エリックの絶叫が、玉座の間にこだまする。神聖な紋様が刻まれた長剣が悪を滅する光を迸らせ、満身創痍の魔王の心臓へと吸い込まれていく。
その切っ先が漆黒のローブに触れようとした、その刹那。
ガァンッ!
耳をつんざくような金属音が響き渡り、火花が散った。
エリックの渾身の一撃は、予期せぬ第三者の刃によって、その軌道を無慈悲に逸らされたのだ。
「…レオ!?」
信じがたい光景に、エリックの瞳が見開かれる。
魔王を庇うように立ち塞がったのは、血盟を誓ったはずの仲間、共に死線を潜り抜けてきたはずの戦士レオだった。
その手には、魔王を守った黒鉄の剣が、まるで自らの意志を持つかのように震えている。
「なぜだ…!
なぜ魔王を守る!
そこをどけ、レオ!」
エリックの怒声が、レオの背中に突き刺さる。
だが、レオは微動だにしない。
その広い背中が、エリックの正義を、そしてこれまでの全てを拒絶しているかのようだった。
「仕方ない…!
セレーネ、援護を!
俺たちだけでも奴を討つぞ!」
後方に控え、大魔法の詠唱を完了させているはずの魔術師に呼びかける。
だが、返事はない。
ただ、凍てつく風の音が玉座の間を吹き抜けるだけだ。
不審に思ったエリックが、ゆっくりと振り返る。
そして、見た。
時が、止まった。
先ほどレオに弾かれたエリックの剣が、放物線を描いて宙を舞い――
そして、可憐な魔術師の胸に、深く、残酷なまでに突き刺さっていた。
「……ぁ」
セレーネの唇から、言葉にならない声が漏れる。
彼女の美しいアメジストの瞳から、急速に光が失われていく。
その小さな手から、白樺の杖がカラン、と乾いた音を立てて床に滑り落ちた。
「セレーネッ!?」
エリックの悲痛な叫びが、氷の壁に虚しく反響する。
弾かれたようにセレーネの元へ駆け寄ろうとしたレオの肩を、エリックが掴んだ。
その指は、憎悪に震えていた。
「…お前が」
エリックの唇から、呪詛のように言葉が紡がれる。
「お前、お前のせいだぞ…レオ…ッ!」
セレーネの白いローブを赤黒く染めていく鮮血。
それは、レオの脳裏に、かつて共に笑い、泣き、時には憎み合った日々の記憶を、容赦なく突きつけていた。
なぜだ。
なぜ、こうなった?
セレーネの体から流れ出る鮮血が、かつて共に笑い、泣いた日々の記憶を容赦なくレオの脳裏に突きつける。
全ては、遠い過去、少年たちが「英雄」を目指し、「勇者育成学校」の門をくぐったあの日から始まった──。