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アカデミア・アルカナ物語 -星と精霊の子-  作者: Mitch
春の旅立ち、そして
1/1

第一章 春の旅立ち、そして

Scene1「汽馬車の門出」


 オルドラヴィア大陸の空は、春の訪れとともに淡い青に染まっていた。

 小さな駅舎から延びる一本の石畳の道。そこに停まっているのは、見窄らしい駅には不釣り合いな豪華な列車だった。

 漆黒の車体に真鍮の装飾が施された外装、魔法で強化された四頭の人工魔鉄馬、“魔導機関・汽馬車”と呼ばれる特別な乗り物で、乗車には許可証が必要なほど貴重な交通手段である。

 この静かな農村・オルド村から《アカデミア・アルカナ》へ入学する者は、今や数十年ぶりと言われている。

 「じゃあ、行ってくるよ。」

 少年──オスカー=アレクサンダーは、家族にそう告げると、革の鞄を肩にかけて汽馬車の待つ駅へ向かった。

 見送りは母と、妹の二人。父は朝早くから畑仕事に出ていた。  

 母の目が、誇らしさと寂しさの入り混じった色で揺れていた。

 「体にだけは気をつけて。無理しちゃだめよ。」

 「うん、平気。ちゃんと休みには帰ってくるから。」

 小さく笑ったオスカーの髪が、春風に揺れる。  琥珀色の瞳が、遠くの地平をまっすぐに見つめていた。

 ゴォォォォ……という低く重たい汽笛音がこだまする。オスカーは深呼吸ひとつして、足を踏み出した。

 この瞬間から、彼の新しい人生が始まる。

 まだ幼さの残る顔立ちに、瞳が不安と期待を入り混じらせて揺れていた。

 彼が乗り込んだのは、アカデミア・アルカナへ向かう“新入生輸送便”。

 魔法の才を認められた子どもたちが、各地からこの学び舎へと集まるために用意された特別便。

 乗り込んだ車内は、どこか古めかしい装飾と魔導細工が混在した空間だった。魔力で浮かぶランプ、揺れを吸収する結界、魔導演算を用いた加速制御装置──どれも今のオスカーには不思議で仕方がない。

 初めて見るものばかりに目を奪われ、視線も落ち着かずしばらく、汽馬車は大きな駅に停車し、大勢の新入生が乗ってくる。

 「なあ、そっちの席、空いてる?」

 賑やかさに押され窓の外に目を移していたオスカーにふいに声がかかった。

 顔を上げると、同年代くらいの少年がいた。おそらく今乗車してきた新入生だろう。くしゃっとした明るい笑顔に、わずかに日焼けした肌。手には大きな荷物を抱えている。

 「どうぞ……。」

 オスカーが頷くと、彼は遠慮なくどかっと腰を下ろした。

 「サンキュー! 俺、ルーク。ルーク=ヴァシュカー=オズウェル。……長ったらしいから、ルークでいいけどな。」

 「オスカー。……アレクサンダー、前の駅から乗ったんだ。」

 少し気後れしたように名乗ると、ルークは気さくに応じた。

 「前っていうとオルド村?長閑そうなところだよな。俺はさっきのトリュステル駅から乗ったんだけど、人が多くて嫌になっちゃうよ。」

 トリュステル、その地名にオスカーは小さく目を見張った。聞いたことのある都市名ー洗練と豊かさの象徴の街。さっき停車したのがまさにその都市だったのだ。

 その出身者の明るさに、少し気後れし身構えたが、それを気にする風もなく、ルークは外を見ながら続けた。

 「俺さ、こう見えて魔法得意なんだ。詠唱術も紋章術も一通りやったし、転身術の片鱗も触ったことある。けどさ……」

 言葉を切り、彼は少し声を潜めた。

 「“学園”は、きっともっとすげぇ連中ばっかなんだろうな。怖くない?」

 「……うん。ちょっと、怖い。でも──」

 オスカーは、自分の胸の奥にある、説明しがたいざわつきを感じながら言った。


 「行かなきゃいけないって、思った。だから、俺は……」


 オスカーの言葉を遮って、背の低い少年がちょこちょこと歩いてきた。  本を小脇に抱え、眼鏡の奥から興味深そうな視線を向けてくる。

 「ここ空いているかな?」

 ルークと話しているうちに、どうやら次の駅に停車していたようだ。 

 「僕はトマス=エルドレッド。錬金学と魔法科学にすごく興味があって……入学できるなんて、夢みたいだ。」

 「錬金……って、もう勉強してるの?」

 「家にあった本を読んでただけ。でも、原子変換理論とか魔力伝導の法則とか、すごく面白いよ!」

 トマスは早口で語り出し、オスカーとルークは顔を見合わせて目を丸くした。

 「すごいなあ……。僕、まだ呪文もちゃんと覚えてないのに」

 「大丈夫だって。なんかこう、三人でいれば、なんとかなる気がするよ」

 そう言ってルークが笑い、トマスがうなずいた。

 汽馬車が揺れ、魔導動力の唸りが低く響いた。

 やがて、窓の向こうに霧の谷が見えてきた。アカデミア・アルカナのある台地へと続く、天空へ昇るような急斜面の先──そこに、巨大な石の門が見えた。

 「おおっ……でけぇ……!」

 ルークが身を乗り出し、感嘆の声をあげる。

 重厚なアーチの門に刻まれた魔導紋章。石畳に浮かび上がる透明な魔法陣。門の先にそびえる塔とドーム屋根、そして、空中に揺れる幾筋もの光の帯──それらはすべて、ただの学校ではなかった。


 アカデミア・アルカナ。

 

 六つの王国、公国によって共同運営される、魔法教育の中枢にして、政治的にも特別な地位を持つ“中立機関”である。

 門をくぐる瞬間、オスカーの背筋に微かな電流が走った。

 不意に、彼の耳元で何かが囁いた気がした。

 「……今、何か言った?」

 オスカーが隣を見ると、ルークはきょとんとした顔で首を傾げていた。

 「え、何も? 俺、騒いでた?」

 「……いや、なんでもない」



Scene2「ノクス寮の八人」


 大きな石門をくぐると、魔導陣がふわりと足元をなぞり、汽馬車はゆるやかに浮かび上がった。

 階層式の台地を登るに従い、アカデミアの全貌が広がっていく。森と湖に囲まれた高地にそびえる塔群と校舎群。空には箒の軌跡が幾重にも残り、幾つもの光の紋章が宙に浮かんでいた。

 「本当に……ここが学校なのか……?」

 オスカーは、まるで夢の中のような光景に息を呑んだ。

 やがて汽馬車が停まると、生徒たちは順に誘導され、手続きを受ける。

 魔導帳と学生証、寮指定の制服や寮章、課題道具一式が支給されると、その後は大講堂に集められた。

 いよいよ“入学の儀”──寮分けの時間が始まる。

 

 大講堂の壇上中心にはアストロラム──星の魔力によって寮を見極める神秘の天体儀が浮かんでいた。

 そしてその傍に白金のローブを纏った1人の老人が立つ。

 「ようこそ、若き魔力に導かれし新芽たちよ。我が名はアリアス=ドルトムント=ハッフェルローズ。この学園の学園長である。」

 その声音には威圧ではなく、柔らかくも確かな力があった。会場の空気が、自然と静まる。

 「これより星の導きによって君たちの寮分けを行う。星は、君たちの心を見ている。思いもよらぬ結果が出ることもあるが……恐れるな。それが君の“適性”であり、“可能性”なのだから。さて、では順にこちらへ。魔導水晶へ手をかざすのだ。」

 一人ずつ名が呼ばれ、壇上中央へと進む。

 アストロラムは淡く発光しており、その輝きが生徒の魔力に反応して、最適な寮を割り当てる仕組みになっているという。

 次々と名が読み上げられていき、いよいよルークが呼ばれた。

 「ルーク=ヴァシュカー=オズウェル。」

 ルークが壇上に進み、アストロラムに軽く触れる。すると内部がぐるりと渦巻いたのち、深い藍色の光を放った。

 「ルーク=ヴァシュカー=オズウェル。ノクス寮。」

 「よっしゃ、いい響きだな!」

 「次、オスカー=アレクサンダー。」

 感じたことのない周囲からの目線と重圧に、緊張した面持ちでアストロラムに手を置く。彼の魔力が水晶に触れた途端、きらめくような琥珀色が閃いたかと思えば、すぐにルークと同じ藍色に落ち着いた。

 「オスカー=アレクサンダー。ノクス寮。」

 「おお、同じ寮だ! いいじゃん、運命ってやつ?」

 ルークが親しげに肩を叩き、オスカーも少しだけ緊張を緩めた。

 「トマス=エルドレッド。」

 教師の声に促されて、トマスが壇上へ上がった。

 「トマス=エルドレッド。……ノクス寮。」

 「わっ……!」

 トマスが思わず小さく跳ねた。

 「二人と同じ寮だよ!よかったぁ。」

 汽馬者での見知った顔が同じ寮でトマスは安堵の表情を浮かべた。

 やがて新入生全員の割り振りが終わり、アリアス学園長の力ある声が再び響き、ざわついていた講堂内静まる。

 「皆の寮が決まり僥倖、新たな同志に祝福を!新入生諸君、今日は長旅で疲れたであろう。快適な部屋を用意しておる。しっかり休んで明日からの授業に励んでほしい。」

 こうして入学の儀は終わり、新入生は各自の寮と部屋に案内された。

 


 ノクス寮の建物は、重厚な石造りの外観を持ち、屋根の尖塔には天文観測用の魔導望遠鏡が設置されていた。

 内部へ入ると、深いダークウッド調の廊下と、星図が刻まれたカーペットが足元を飾っている。

 「なんか、落ち着くけど……ちょっと怖いくらい静かだな」

 ルークがぽつりと呟く。

 「思索と探究、沈黙と知識の寮、だっけ。ノクス寮」

 トマスが真面目に応じた。

 彼らが案内された部屋の扉には、魔導ロックがかけられており、学生証を翳すと静かに開いた。

 中に入ると、三つの寝台とそれぞれの書棚、重厚な木製の机、遮光カーテンが付いた窓。棚には古文書と天体模型の小箱が並んでいる。

 「わあ……これが、僕たちの部屋……。」

 トマスが感嘆の声を漏らす。

 「うん。すげぇ、本当に寮の部屋とは思えない!」

 ルークは寝台に飛び込むようにして背中を預けた。

 オスカーは、部屋の一隅、少し擦れた古書の背表紙を指先で撫でながら、しみじみと呟いた。

 「……これから、ここで暮らしていくんだな。」

 大陸の片隅、片田舎の農村から飛び出してきた彼が、魔法と運命の渦へ足を踏み入れた、その始まりの場所。

 「すごい、魔導書も最初からあるんだ。」

 「こっちの棚……天体観測記録か。詠唱理論もある。」

 トマスが嬉々として読みあさる横で、オスカーとルークは荷解きを始める。 

 「…あ。」

 不意に部屋の扉が開き、同学年とは思えないほど長身の男が入ってきた。

 「やあ!入学の儀の時は見かけなかったけど、君もこの部屋かい?」

 臆せずルークが気さくに声をかける。

 「ああ…。えと…クリフ。…よろしく…」彼はぶっきらぼうに、距離感を計りかねているように答えた。

 「クリフよろしくな!俺はルークに、オスカー、あっちで本を読んでいるのがトマスだ!」

 

 *

 

 同じく夕方、空が群青色に染まり、ノクス寮の塔に魔導灯が灯る頃──

 女子寮側のでも、静かな灯りが差し始めていた。

 「うわあ……お姫さまの部屋みたい……!」

 大きな荷物を両手に抱えた少女が、目を輝かせて部屋へ足を踏み入れる。赤毛をポニーテールにまとめ、そそくさと寝台の位置を確認してから、大きく深呼吸をした。

 「よしっ、早い者勝ちでこの窓際、いただきっ!」

 名はフィオナ=バレンタイン。まだ学園の空気に飲まれながらも、どこか飾らず、生命力に満ちた雰囲気を纏っていた。

 続いて扉がふわりと開く。まるで風のように。

 「……うん、月の匂い……この部屋、静かだね。」

 入ってきたのは、ふわふわの金髪が特徴的なハンナ=アボット。フィオナよりも一歩引いたところに立ち、天井を見上げていた。

 「えっと……こんにちは?」

 「うん。こんにちは。……星、綺麗。」

 「……そ、そっか!」

 どこか会話が噛み合わないような、でも悪気のない応答に、フィオナは苦笑して笑い飛ばした。

 「まあ、よろしくね! これから一緒の部屋なんだし。」

 その瞬間、廊下に規則正しい足音が響いた。扉が再び開く。

 「……ここの内装、少しは見られるものね。まあ、最低限の水準は保たれてるようで安心したわ」

 入ってきたのは、ブロンドの髪をなめらかに結い上げ、完璧に整った制服姿の少女。エリーゼ=マリノン=エクセンワイズ──名家の気位をそのまま体現したような雰囲気を放っている。

 その目元の涼しげな少女は、眉間にしわを寄せながら天井の星図を一瞥した。

 「星の絵で気を紛らわせようとしても無駄ね。騒がしくなければいいけれど。」

 その後ろから、きちんと制服を整えたジュディ=ランサーがぴたりと付き従っていた。

 「お嬢様、談話室は静粛が保たれております。魔導音結界が張られておりますので、ご安心を。」

 「……あら、そう。ならよかったわ。」

 ジュディがそっとフィオナたちに目礼する。目の前にいるのは同年代とは思えぬ気品を漂わせた少女たちだが、フィオナは物怖じせず手を振った。

 「こんにちは!あたしはフィオナ!同じ部屋みたいだし、これからよろしくね!

 「あなた、誰に軽口を──」と、エリーゼがしかけたところで、ジュディが静かに腕に触れる。

 「ご挨拶を、エリーゼ様。これからは共に暮らす方々です」

 エリーゼは小さく咳払いをして、声を整える。

 「……エリーゼ=マリノン=エクセンワイズ。以後、無礼のないように。」

 後に続いたのは、静かに頭を下げた、凛とした印象の少女。

 「申し遅れました。ジュディ=ランサーです。……本日より、皆さんと同じ部屋で過ごさせていただきます。」

 「そこまで畏まらなくても…ま、仲良くしていこうよ!」

 ふん、と鼻を鳴らし、エリーゼは天蓋付きのベッドを眺めながら、つかつかと空いている寝台へ向かう。

 「ふふ、ねえ……月のベッドって、冷たそうに見えるのに、温かいのかな……?」

 「ベッドに月が見えるって、どういうこと??」

 思わずフィオナが突っ込むと、ハンナは「えへへ」と笑って寝台に腰を下ろした。

 まだ互いにぎこちない。

 だけど、それぞれの距離感で、4人の少女たちの“はじまりの夜”が、こうして幕を開けた。

 緩やかに物語を紡いでいく8人の始まり。

 

 *

 

 夜。

 ノクス寮の窓からは、星空がよく見えた。  街灯のない高原地帯だからこそ、空の闇は濃く、星の輝きはひときわ強い。

 「……すごい、本当に天体儀があるんだな」

 トマスがぽつりとつぶやいた。  部屋の片隅には、魔法で動く小型の天体儀が設置されており、星々の動きが天井に投影されている。

 「防音魔法もすごいな。壁越しにまったく声が漏れない。」

 ルークがベッドに寝転がりながら、壁をコンコンと叩く。

 「明日から、授業かぁ……何があるんだっけ?」

 「魔法学基礎、魔法実技訓練、それとお昼食べた後には魔法科学基礎と詠唱術があるらしい。」

 トマスが記憶を頼りに科目を挙げる。

 「どういう感じになるんだろうな……楽しみだな!」

 三人とも、まだどこか遠慮がちで、少しだけよそよそしい。けれど、同じ屋根の下で眠る夜が、それを少しずつほぐしていく。

 オスカーは寝台に潜り込み、静かに目を閉じた。

 夢うつつに眠気に委ねて呑まれようというその時、

 ──どこかで、声がした。

 「……オスカー」

 耳の奥で響くような、透明な声。目を開けても、視界には誰もいない。見渡しても、ルークもトマスも、すでに寝息を立てている。

 「誰...?」

 小さく呼ぶと、窓の外の星がふっと瞬いた。それは返事だったのかもしれない。

 けれど次の瞬間には、オスカーも深い眠りに落ちていた。

 翌朝、その夢だったかもしれない記憶はすっかり霧の中に溶けていた。



Scene3「朝の交差点」


 朝の光が高地の学園に差し込み、ノクス寮の鐘が一度だけ、低く響いた。

 ノクス寮の食堂は、男子寮・女子寮共通で使用される大きな石造りのホールだった。天井は高く、淡く発光する天井石が朝を告げる光を投げかけている。壁には星の紋章が刻まれ、魔導調理された朝食が順に並び始めていた。

 「……あ、これ甘い匂いする! りんごの……焼き菓子かな?」

 フィオナがトレーを抱えて興奮気味に料理を見回し、後ろからジュディが「落ち着いて」と手を引いた。

 「ハンナ、食べるもの選ばないと……!」

 「……光ってるのものが食べたい……。」

 「食べ物が光ってるのは大体危ないやつです!」

 エリーゼはそんなやりとりを聞きながら、ため息交じりに目を細めた。

 「賑やかね、朝から。……ま、でも悪くはないわ。」

 一方、すでに窓際の席に着いていたのは、オスカー、ルーク、トマス、そしてクリフ。

 「すげーな、食堂も全部魔導装置なんだな。皿に乗るのも自動で魔法だし、あったかいし。」

 「うん……これは魔力導通式の熱保持フィールドだ。家庭用の簡易魔導具ではまだ実用化されてないはずだよ。」

 「何言ってんのかわかんねぇけど、すごいってことはわかったよ。」

 ルークの一言にオスカーも笑った。

 「おーい、そこの席空いてる?」

 明るい声が響いてきた。振り向けば、赤毛の少女がトレーを片手に、こちらを見ていた。

 「えっと、ここって男子席って決まってないよね?」

 「え、あ、うん。自由……らしいよ。」

 「やったー!」

 フィオナがずかずかと座ると、その後ろからハンナ、ジュディ、エリーゼも静かに並んで座った。

 「改めて、あたしフィオナ。ノクス女子寮! みんな同部屋!」

 「……ハンナ。よろしくね。」

 「ジュディ=ランサーです。以後、よろしくお願いします。」

 「……エリーゼ=マリノン=エクセンワイズ。名は覚えておいて。」

 男子側の視線が一瞬固まる。

 「エクセンワイズ…ってあの…。」

 ルークが何か言いかけたが、咳払いをして自己紹介を始めた。

 「俺はルーク。こっちからオスカー。トマス、で、そっちがクリフ。」

 「…どうも。」

 手短に挨拶を済ませた後、フィオナはパンをかじりながら、「ね、授業って今日からだよね? 何の授業があるのかなー」と、あけすけに問いかけた。

 「魔法学基礎、魔法実技訓練、それとお昼食べた後には魔法科学基礎と詠唱術って予定表に……」と昨夜の回答と全く同じくトマスが答えると、「え、そんなに!?」とフィオナが叫び、エリーゼが咳払いする。

 「大声、控えて。食堂は静粛に保たれるべきだわ」

 「うう、ごめんね。」

 気恥ずかしそうに笑いながら謝るフィオナ。苦笑するルーク。静かにパンをかじるオスカー。その周囲に、少しずつ、“ノクス寮106号室”と“女子106号室”の交流が生まれ始めていた。



Scene4「初授業と導きの声」


 朝食を終えると、ノクス寮生たちは校舎へと向かい始めた。中庭を抜け、光を受けて煌めく白石の階段を上っていく。

 アカデミア・アルカナの中央棟は巨大な十字構造になっており、教室や研究室、演習場が連なっている。階段の吹き抜けからは、空中に浮かぶ魔導板が旋回していた。

 「うわ……すげぇなこれ。」

 「初等科の教室は北棟って言ってたよ。まずは魔法学基礎の授業だね。」

 トマスが魔導帳で時間割を確認しながら答えた。

 彼らがたどり着いたのは「第一教室」と刻まれた石扉。既に十数名ほどの新入生が集まっており、部屋の中は程よくざわついている。

 「おはようございます。ノクス寮第一学年の皆さん。」

 教室に入ってきたのは、凛とした佇まいの一人の女性。栗色の髪をきりっと結び、流れるようなローブをまとっている。

 副学園長エミリア=マドラス。魔法基礎科目を担当する才女として知られる人物である。

 「まずは入学おめでとうございます。初日は緊張していると思いますが、焦る必要はありません。皆さんがこの学び舎にいること、それ自体がすでに誇りなのですから。」

 怜悧な声に、教室の空気がすっと澄んでいく。

 「では、まず“魔法とは何か”から始めましょう。」

 教室の前方に設置された魔導黒板に、エミリアが杖を一振りする。すると黒板に淡い光の輪が浮かび、その中心に文字が描かれ始めた。


 《魔法とは、魔力を以て世界に干渉する術である》


 「詠唱術、紋章術、魔導術、精霊術……それぞれの違いと本質を学び、正しく扱うこと。それが“術者”の第一歩です。」

 オスカーは、目の前に浮かぶ文字をじっと見つめていた。

 魔法とは何か。その問いが、まるで自分自身の存在理由を問いかけているように思えた。



 魔法学基礎の次は、魔法実技訓練の授業が行われた。担当は、黒髪に筋骨隆々の男──フォード=アルバレス教官だ。

 「よくきたな新入生諸君!!」

 開口一番、雷鳴のような声に教室の窓がビリビリと震えた。

 「早速だが授業を始める!まず、魔法実技において第一に何を身につけるべきだと思う?」

 出立ちと声量に圧倒され、みんなが静まり返る中、

 「……身体強化術、ですか?」とトマスが恐る恐る答える。

 「正解だ! 魔力を外側に出すだけでなく、自分自身の内側も鍛えろ!身体がついていかなければ何もできないぞ! 」

 生徒たちは一様に圧倒されつつも、どこか熱を帯びた視線で教官を見つめていた。

 初日は魔力感知と基礎的な強化術の演習。ルークとクリフは器用にこなして見せ、トマスは理論的に考えすぎて手が止まっていた。

 オスカーも見よう見まねで魔力を腕に集めようとするが、なかなかうまくいかない。

 「オスカー、だいじょうぶ?」と隣で心配そうにみていたクリフが助け舟を出そうとヤキモキしていた。

 そこへちょうど、生徒たちをみて回っていたフォード教官が近づいてきた。

 「違う違う、魔力を押し出すんじゃない! 内から満たすんだ、四肢の指先にまで魔力を通わすイメージをしろ!」  

 「は、はいっ……!」

 オスカーは何度も深呼吸し、己の中心へ意識を向ける。

 ──何かが、胸の奥で震えた。

 微かに、腕が熱を帯びる。

 「よし、今のはいいぞ!その感覚を忘れるな!それとクリフと言ったな、お前はとても筋が良いな!」

 クリフの表情はあまり変わらなかったが、少し頬が赤くなっていた。

 その後は基本の構えと魔力集中法の基礎を教わり、初日の授業が終了した。

 早くも多くの情報と技術が詰め込まれ、ヘトヘトになりながらも充実した学びを得て寮に戻る生徒たち。

 「ねぇ、オスカー!」

 振り向くと、フィオナが駆け寄ってきた。

 「お昼もみんなで食べようよ!ルークたちも誘って!」

 「う、うん、楽しそうだね。」

 「でしょ?みんなともっと仲良くなりたいんだ!」

 「そ、そうだね。」

 ちょっと圧が強いなとたじろぎながらも、オスカーは笑顔を返した。

 その横を、ふわふわした金髪の少女──ハンナがふわりと通り過ぎていく。

 「……今日は、静かな風。いい日だね」

 誰に言うでもなく呟いた彼女の言葉に、オスカーは思わず振り返った。

 「え、風が……何て?」

 「ふふ、ないしょ。でも、あなたも何か抱えてるよ。小さな光が、ついてる」

 「え……?」

 言葉の意味を問いかけようとした時には、ハンナはもうフィオナと並んで歩き出していた。

 胸の奥で、なにか小さなものが揺れた。

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