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習作 三題噺

習作 -  三題噺③《千年に一度咲く花 名前を奪われた旅人 鏡の中の王国》

作者: 都田祥
掲載日:2025/05/10

 西の王国の砂漠にあるその盆地は、どのオアシスからも一月は離れている。

 その旅人は、その盆地を目指していると言った。


 マントも頭巾も砂埃に塗れくたびれきっており、元の色がわからないほどだ。

 それに包まれた旅人自身も、同じように色褪せていた。

 今日は風が強く、そんな日は誰もがそうであるように、頭巾を深く被り、旅人の顔は見えない。


「何だってそんなところに」

 旅糧を求めに来た旅人に、オアシスの行商人は呆れて訪ねた。

「あんなところ、砂しかありゃしませんぜ」

「君は行ったことがあるのかい?」

 旅人の言葉には聞き慣れない訛りがあり、それはまるで歌うように聞こえた。

 声の持ち主が若いのか年老いているのか、それすら行商人には判別できなかった。

(やれやれ、俺もヤキが回ったかね。この商売を始めて三十年、人を見る目は養ってきたと思ったが――)

「あるわけないでしょう、あんなところを目指すのは、死ににいくようなもんでさ」

 行商人は、旅人の水袋に葡萄酒を入れてやる。

「ああ、それと乳香も少し貰えるかな」

「今年は収量が良く無くてね、少々値がはりますぜ」

「構わないよ」

 旅人はそう言って、懐から銀の欠片を取り出し、行商人に手渡した。

「これで足りるかい?」

「充分でさ」

 行商人の言葉に、旅人が頷いた。

「――あの盆地にはね、千年に一度だけ咲く花があるんだ」

 受け取った品物を行李に詰めながら、旅人が言う。

「へえ、昔話にありそうな話ですね」

「昔話だね。千年に一度だから、この世界の誰も見たことが無い」

「そうでしょうねえ」

「そして、その花が咲いたときだけ、あの盆地に《鏡の中の王国》に繋がる道が現れるんだよ」

 旅人は歌うように――しかし淡々とそう語る。

 《鏡の中の王国》というのは、この地方で、時折見える不可思議な蜃気楼の呼び名だ。

 蜃気楼はこの世のどこかの光景だが、《鏡の中の王国》は、「見た」という者によると、まるでこの世のものではないという。

 真っ白な玻璃で出来たような木々の森が広がり、その上の空は明るいが、満点の星々が煌めいているそうだ。

「お前さん、まさかそれを見に行くって言うんじゃないでしょうね」

「君が信じるかどうかはわからないが、私はね、そこから来たんだよ」

 頭巾の奥で、旅人が笑ったような気がした。

「そりゃまた……」

 商売柄、ほら吹きは掃いて捨てるほど見てきた。

 だが、どうもこの旅人は調子が違う。行商人は、少しこの旅人のことが不気味に思えてきた。

「千年前、あちらで罪を犯した私は、名を奪われたのさ。千年後に花の道を通って返ってくれば、また名前を戻してやると言われてね。

 だから私は、帰らなきゃならないんだよ」

「そりゃ……ずいぶん長い間ですね」

「ああ。誰にも名を呼ばれずに過ごす千年は特にね」

 荷造りを終えた旅人は、行商人に会釈して背を向ける。

 強い風に舞い上げられた砂で、その旅人の姿は程なくして見えなくなった。

 それこそ蜃気楼でも見たような心地で、受け取った銀を確かめるが、特に問題はなく、やれやれ、担がれたかな、と行商人は肩を竦めた。




 その砂漠に大雨が降ったのは、その一月後のことだ。

 一週間降り続いた大雨が止んで、人々は驚いた。

 砂漠の中心、そのどのオアシスからも一月離れている盆地を中心に、広い広い湖が現れたのだ。

 雨が止んで時が経ってもその湖が干上がることはなく、その後、その湖は《千年花の湖》と呼ばれるようになったという。

 

製作過程メモ:


名前を奪われた旅人は名前を取り戻すまで鏡の中の王国を彷徨う

千年に一度、鏡の中の王国に花が咲く

鏡の中だけに花が咲く

誰もその花をみたことがない

誰も知らない名前 誰も見たことがない花


旅人は花を求めている……何故?

名前を取り戻す?


何故名前を奪われた?


名前を奪うというのはどういうことなのか。


存在の寄る辺を、自らが何者であるのかを証明するものがなくなると言うこと。


遥か昔に名前を奪われた存在。

遥か昔に咲いた花、誰もが知らない花。

どちらも誰も知らないもの。

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