表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

習作 三題噺

習作 -  三題噺③《千年に一度咲く花 名前を奪われた旅人 鏡の中の王国》

作者: 都田祥

 西の王国の砂漠にあるその盆地は、どのオアシスからも一月は離れている。

 その旅人は、その盆地を目指していると言った。


 マントも頭巾も砂埃に塗れくたびれきっており、元の色がわからないほどだ。

 それに包まれた旅人自身も、同じように色褪せていた。

 今日は風が強く、そんな日は誰もがそうであるように、頭巾を深く被り、旅人の顔は見えない。


「何だってそんなところに」

 旅糧を求めに来た旅人に、オアシスの行商人は呆れて訪ねた。

「あんなところ、砂しかありゃしませんぜ」

「君は行ったことがあるのかい?」

 旅人の言葉には聞き慣れない訛りがあり、それはまるで歌うように聞こえた。

 声の持ち主が若いのか年老いているのか、それすら行商人には判別できなかった。

(やれやれ、俺もヤキが回ったかね。この商売を始めて三十年、人を見る目は養ってきたと思ったが――)

「あるわけないでしょう、あんなところを目指すのは、死ににいくようなもんでさ」

 行商人は、旅人の水袋に葡萄酒を入れてやる。

「ああ、それと乳香も少し貰えるかな」

「今年は収量が良く無くてね、少々値がはりますぜ」

「構わないよ」

 旅人はそう言って、懐から銀の欠片を取り出し、行商人に手渡した。

「これで足りるかい?」

「充分でさ」

 行商人の言葉に、旅人が頷いた。

「――あの盆地にはね、千年に一度だけ咲く花があるんだ」

 受け取った品物を行李に詰めながら、旅人が言う。

「へえ、昔話にありそうな話ですね」

「昔話だね。千年に一度だから、この世界の誰も見たことが無い」

「そうでしょうねえ」

「そして、その花が咲いたときだけ、あの盆地に《鏡の中の王国》に繋がる道が現れるんだよ」

 旅人は歌うように――しかし淡々とそう語る。

 《鏡の中の王国》というのは、この地方で、時折見える不可思議な蜃気楼の呼び名だ。

 蜃気楼はこの世のどこかの光景だが、《鏡の中の王国》は、「見た」という者によると、まるでこの世のものではないという。

 真っ白な玻璃で出来たような木々の森が広がり、その上の空は明るいが、満点の星々が煌めいているそうだ。

「お前さん、まさかそれを見に行くって言うんじゃないでしょうね」

「君が信じるかどうかはわからないが、私はね、そこから来たんだよ」

 頭巾の奥で、旅人が笑ったような気がした。

「そりゃまた……」

 商売柄、ほら吹きは掃いて捨てるほど見てきた。

 だが、どうもこの旅人は調子が違う。行商人は、少しこの旅人のことが不気味に思えてきた。

「千年前、あちらで罪を犯した私は、名を奪われたのさ。千年後に花の道を通って返ってくれば、また名前を戻してやると言われてね。

 だから私は、帰らなきゃならないんだよ」

「そりゃ……ずいぶん長い間ですね」

「ああ。誰にも名を呼ばれずに過ごす千年は特にね」

 荷造りを終えた旅人は、行商人に会釈して背を向ける。

 強い風に舞い上げられた砂で、その旅人の姿は程なくして見えなくなった。

 それこそ蜃気楼でも見たような心地で、受け取った銀を確かめるが、特に問題はなく、やれやれ、担がれたかな、と行商人は肩を竦めた。




 その砂漠に大雨が降ったのは、その一月後のことだ。

 一週間降り続いた大雨が止んで、人々は驚いた。

 砂漠の中心、そのどのオアシスからも一月離れている盆地を中心に、広い広い湖が現れたのだ。

 雨が止んで時が経ってもその湖が干上がることはなく、その後、その湖は《千年花の湖》と呼ばれるようになったという。

 

製作過程メモ:


名前を奪われた旅人は名前を取り戻すまで鏡の中の王国を彷徨う

千年に一度、鏡の中の王国に花が咲く

鏡の中だけに花が咲く

誰もその花をみたことがない

誰も知らない名前 誰も見たことがない花


旅人は花を求めている……何故?

名前を取り戻す?


何故名前を奪われた?


名前を奪うというのはどういうことなのか。


存在の寄る辺を、自らが何者であるのかを証明するものがなくなると言うこと。


遥か昔に名前を奪われた存在。

遥か昔に咲いた花、誰もが知らない花。

どちらも誰も知らないもの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ