警戒していたが無事だった
惚気を延々と聞かされる悪役令嬢を書きたかった。(失敗)
「あっ、痛」
校門で盛大に転ぶ少女を見て、
(あっ、ここ乙女ゲームの世界だ)
と前世を思い出した。
君と共に歩む日々――略して、きみあゆ。
ヒロインが学園に入学して様々な人と出会い、恋に落ちていき、将来のやりたいことを目指す王道乙女ゲームで、わたくしキャナル・カレドニアは王太子ルートの悪役令嬢だ。
(いま、思い出しても遅いですわよ。幼少期ならキールさまともっと交流を深めて、王太子ルートに入っても隣国の50過ぎた王の側室などと言うおぞましい展開にならないように立ちまわったのに。王太子と仲良いと言えば微妙だし……。ああ、道理でキールさまのこと好きになった訳だ。前世からの推しだったし、淑女の嗜みとして刺しゅうをしていたけど。それだけで飽き足らずぬいぐるみ制作をして出来上がったのを教会に寄付しまくったけど、ああ、後、貴族令嬢の友人とぬいぐるみを作る集まりをよく開いていたけど、その友人たちって、他のルートの悪役令嬢達だわ。道理で親しみを感じたわけだ。それにしても、前世の自分って、推しのぬいぐるみを作るのが得意だったんだよね。推しをモチーフにした物なら人の形なら大中小。うさぎもクマも小鳥だって作っていたし、友達にも作ってほしいと頼まれていたし、イベントで販売していたからね)
思いだすと合点がいった。
で、今盛大に転んだのがヒロインで、この展開で行くと確か、王太子でありわたくしの婚約者である攻略対象のキール・ロワイヤルが、彼女に手を差しだして医務室に………。
「だからきちんと足元を見ろと言っただろう」
「うぐぐ。ごめん……」
「ほら」
……………んっ?
確か、わたくしの知っているゲームのオープニングだと、ここで王太子であるキールが手を差しだして助けるけど、今、叱りつけてヒロインを立ち上がらせようと支えているのは、幼馴染ルートのカルアよね。あれっ、キールは?
「僕たちが新入生の時もあんな微笑ましかったかな。キャナル?」
懐かしいものを見るように目を細めて告げられて、
(あれっ?)
キールとの仲は微妙だったよね。なんで、こんなに近いんだろうか。
「そ、そうですわね……」
ゲームの展開と違うけどしばらく様子を見てみようか。と、探りを入れて一週間。
「気になるのなら誘ってみたらどうでしょう?」
宰相の子息ルートの悪役令嬢サングリアが婚約者をイメージした猫のぬいぐるみを制作しながらいきなり言い出す。
「キャナル嬢が気にしているのは、アイリッシュ嬢という特待生だろう。学ぶ場所が少ない庶民でありながら成績優秀な」
「でも、貴族社会に馴染めず孤立していますからね。キャナル様が心配するのはもっともです」
騎士団長子息ルートの悪役令嬢シャーリー・テンプルと商人子息ルートの悪役令嬢フィオナが型紙に合わせて布を裁断しつつ話に加わる。
ヒロイン――アイリッシュの様子を探りを入れていたのだが、まさかバレているとは。
「…………そうね。声を掛けてみましょうか」
取り合えず、気軽な気持ちでお茶会にでも。
「ふふっ。キャナル姉さまと共に作るぬいぐるみ制作の会に、新しいメンバーが加わるのですね」
第二王子ルートの悪役令嬢ルシアン・ネイルの意味不明な言葉に首を傾げてしまう。なんか聞きなれない言葉があったような…………。
「では、さっそく、招待状でも」
思い立ったら吉日とばかりに、近くに控えていた侍女に、招待するのに都合のいい日にちを調べてもらっていたのだが。
「そう言えば、ピカドール様がキール殿下がこの会に加わりたいと探っていたとか」
「わたくしも聞かれました」
「キール殿下がキャナル様の作られたぬいぐるみを買い占めようとして叱られたとか」
まさか、他の面々がそんな話をしているなどと、露ほども知らないことだった。
「まさか、キャナル様に呼んでもらえるなんて光栄です!!」
興奮したようにアイリッシュは目を輝かせていた。
「キャナル様の作られたぬいぐるみのファンで、特に殿下を思わせるぬいぐるみのシリーズはとても繊細であんな技術があったのなら推しぬいも思うように作れたのにと思わされる出来で……」
「えっ? 待って、推しぬい!?」
前世でしか聞いたことのないフレーズを聞いて、思わず淑女の嗜みを忘れかけた。
「はいっ。って、………この世界推しぬいありませんよね……」
「推しという言葉すらないわね」
まさか、ヒロインも転生者だとは思わなかったわ。
「えっ、私が乙女ゲーのヒロインですか? 正直、お断りです」
どきっぱり。
「婚約者がいるのに他の女性に手を出す時点でお断りです。同じことを繰り返さないとは限らないですし、貴族の生活なんて面倒じゃないですか」
「正論ね……。わたくしは生まれながらこの生活だから抵抗はありませんが」
「ヒロインはゲーム終了からその生活ですよ。今でさえ一杯一杯なのに。それに」
頬を染めて、
「私、卒業したらカルアと結婚するんです」
盛大に惚気てくれた。
そこからしばらく続く彼氏自慢。ちなみに前世の記憶は生まれた時からあったが、ゲームの記憶はないし、乙女ゲームより落ちゲーが好きだと言われた。
「まあ、好きな漫画やアニメはありましたよ。推しぬいも挑戦しようと思ったけど、ぬいぐるみを作る技術が無くて、なら買おうかと思ったけど、買うには高くて……。お小遣いも微々たるものだったので専門店に行く交通費だけで一杯一杯だったんですよ」
前世の死因は、交通費を安く済ませようと自転車で専門店のある町まで行こうとして、タイヤがパンクしたのに強行した結果の事故だったそうだ。
「成人したらイベントにも行きたかったです。高校生になったら内緒でアルバイトをしたいと思ったりいろいろ夢があったんですよ」
「そ―そうなんだ……」
前世社会人でイベント参加をしたことがあったので言葉を濁すことしかできない。
「それもあって、キャナル様のような手作りのぬいぐるみ作れるのが羨ましくて……」
「よかったら作り方教えま」
「本当ですかっ!!」
言葉を途中で遮られて了承された。
「やっぱりこうなると思いました」
悪役令嬢全員集合に加わるヒロイン。なんかスチル絵みたいな光景が目の前に広がっている。
「アイリッシュさんをキャナル様が気に掛けていましたからね」
「まあ、新しい仲間が増えて嬉しいですね」
「キャナル嬢と共にぬいぐるみを作る会に加わりたい方は実は多いですけど、キャナル嬢と親しくなるのが前提ですからね」
また何か理解できない言葉が聞こえる。
「それにしても……推しぬ……じゃなくて、婚約者のぬいぐるみ。皆さんすごいですね~」
アイリッシュもカルアのぬいぐるみを作ろうと、カルアの絵をまず描いてそこからパーツを決めていく。
「キャナル様が勧めてくれたの」
「お姉さまが教えてくれなかったら、どう接していいか分からずに緊張して声を掛けれないままだったけど、ぬいぐるみで練習することができて」
「話題作りにもなる」
次々と何故か褒められるのか全く分からないが、そんなことを言われて困っていると。
「キャナル嬢の王太子殿下を想う気持ちがぬいぐるみでしっかり伝わっていますからね。マネしたくなります」
「教会に寄付までして王太子殿下への愛を叫んでいますからね」
えっ、そんなつもりはないけどと思い返してみると確かにキールのイメージのぬいぐるみばっかりだ。
「ここまでしてくれる婚約者をもって幸せですね……って」
そんな評価をされているのを聞くと。
「もしかして、婚約破棄とかになったら王太子の立場が悪くなる……」
「婚約破棄ってどういうことだ!!」
小声でつぶやいたつもりだったのにキールが慌てたようにいきなり現れて詰め寄ってくる。
「僕の何が至らないんだ!! ぬいぐるみを見て嬉しくて、声を掛けたいけどうまく伝えれなくて距離を置いているからか!! 学園に入ってから気持ちを新たにと必死に話しているのがうざかったか。一緒に居る時間を増やしたくてぬいぐるみを作る集まりに混ぜてほしいと思っているからか!!」
矢継ぎ早に言われて、関係は微妙だと思っていたけど、勘違いだったのだろうかと首を傾げている間に、気が付くと膝に乗せられていた。
「で、殿下っ!!」
「キールだ」
「針を持っているのに危ないですっ!! 降ろしてください!!」
「断る!!」
キールのキャラ変に何が起きたかと慌ててしまう。理解できないで困惑していると、ドアの外でカルアの姿が見える。
いい加減、アイリッシュを返してもらいますよ。
彼の口がはっきり動いているのがその時しっかり見えてしまったのだった。
幼馴染はヤンデレ属性