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意図せぬ再会。3

 


 王城内の客用応接室で再会は設定された。

 外の飲み屋で気軽に……と考えていたヴィルヘルミーナの意見など参考にすらされなかったのだ。

 

「失礼いたします」


 対王子並みのティーセットを用意して待っていると、ノックのあとで聞き慣れない声がした。


「どうぞ」


 返事をして入ってきたのは聞き慣れない人物。

 その背後にハインリッヒの腕を片方ずつ抱えているフリッツとホルガー。


「……ハインリッヒ。拘束した方がいいのかしら?」


 気心知れた幼馴染みとはいえ、もう何年も会っていない。

 更に見知らぬ人物もいる。

 ヴィルヘルミーナは軽い牽制の言葉を放つ。

緊張が前面に出ているハインリッヒの顔色がみるみるうちに真っ白になった。


「ヴィルヘルミーナ。怒ってるのはわかるけど、せめてリッヒと呼んでやってくれよ、な?」


「そ、そうだぞ。リッヒはほんとーに、お前のためだけに頑張ってきたんだからさ」


「椅子に座ってからでいいので、自己紹介をいただいても?」


 散々ハインリッヒを虐めていた二人がすっかり保護者のようになっているのに驚きつつも、知らぬ人物の紹介を求める。

 本人や三人から聞くまでもなく王子たちが詳細に調べた報告書を渡してくれたので、聞かなくても問題はないのだけれど。

 形式美というものは必要なのだ。


「はっ! 失礼いたしました。第五騎士団所属。ギード・ミュラーと申します」


 平民出身の新人と考えれば、鮮やかな敬礼だった。

 三人に比べて、人に会うときのマナーを正しく弁えた振る舞いだ。

 服装や髪型などにまで心配りしている。

 騎士というよりは商人としてのそれ。


「御実家の方に御助言いたしましょうか? 貴殿は騎士より商人に向いているので呼び戻しては、と」


「みぃな?」


「おいおい、馬鹿を言ってんじゃねぇぞ!」


「……調べたのか」


 ハインリッヒの低い声。

 どうやら調査したのがお気に召さないらしい。

 それだけギードを懐に入れたのだろう。

 幼馴染み二人も同様に。


「待て待て待て! 調査とか当たり前だから! 怒るなよ。これ以上、ヴィルヘルミーナ嬢の後ろにいる人たちを不愉快にさせるな」


 ヴィルヘルミーナよりもその背後を気にする。

 王城においては正しい判断だ。


「有り難い申し出でございますが、自分は今の環境が気に入っておりますので、御遠慮申し上げます」


 深々と頭を下げて断られた。

 調査報告書を見て純粋に、生きている親がいるのなら歩み寄ってもいいのではないかと思っただけだったのだが。

 報告書には掲載されていないわだかまりがあるのかもしれない。

 ギードの表情は無に近いものだった。


「余計なお世話だったようで、失礼。ただ身内が健在であるのなら、歩み寄ればいいのにと思っただけだから。無理強いするつもりはないわ」


「恐縮です」


「なんだ、そういう意味だったのか。ミーナが変わってなくて安心した」


「ほら、リッヒ。落ち着け。ミーナはどこまでいってもミーナだって、お前が一番わかっているだろうが」


「ごめん、ミーナ」


「……まずは座って。首が痛いわ」


 鍛えられた騎士団員の背は高い。

 ヴィルヘルミーナも女性としては高い方だが、彼らには及ばないのだ。


「すまん」


 最初に座ったのはフリッツ。

 最高級のソファが軋む勢いだ。


「緊張してるのはわかるけど、もう少し静かに座れよ……リッヒもギードも早く座れ」


 呆れるホルガーはハインリッヒに座るように促しつつ腰を下ろす。


「ほら、リッヒ」


「ああ」


 再度ギードに促されたハインリッヒも彼と一緒に腰を下ろした。


「まずは、紅茶でもどうぞ。ちょうどいい飲み頃よ」


「ああ……うめぇな!」


「……自分たちが飲んでいい紅茶ではない気がしますが……」


「私物だから問題ないわよ」


 ハインリッヒ以外の三人が目を見開く。

 一般的なメイドの給与と違うと素早く推測したのだろう。


「美味しい紅茶、飲めるようになって良かったな」


 ハインリッヒだけが違う感想を告げてくる。

 孤児院にいた頃に語った話を覚えていたようだ。

 常に腹を空かせていたあの頃。

 食べ物はお腹が膨れればいい。

 飲み物は喉を潤せればいい。

 味は二の次三の次だった。

 

「ええ。毎日好きな紅茶を好きなだけいただけるわ。時間の制約は厳しいけれど、それ以外は概ね満足している生活よ。お菓子も食べて。手作りなの」


 手作り、の辺りでハインリッヒが素早く手を伸ばした。

 シンプルなスコーン。

 素材の味がそのまま出るので、自分の好むレシピに辿り着くまで時間がかかった一品。

 王子たちも好んで食べている物だ。


「……美味しいよ、ミーナ。すごく美味しい」


「……ミーナは昔から料理が上手だったけど。良い食材を使うと、こんなに美味しくなるんだね」


「お店が出せますよ」


「お、出すなら通うぜ」


 皆の口にあったらしい。

 三段のティースタンドに盛った菓子類がみるみるうちに消費されていく。

 さすがは騎士団。

 作る者が嬉しくなる消費量だ。

 想定していた量の三倍作っておいて正解だと、心の中で大きく頷いておく。


「ミーナは元気でやってるんかよ?」


「御覧の通りよ。有り難くもヴェンデリン様付のメイドとしてやりがいある日々を送っているわ。皆はどうなの?」


「うちうちに来年は第四期師団へ上がれるって打診を受けてる」


「! すごいわね。全員?」


「そうですね。今年は平民が優秀だと騎士団長が苦笑されていますよ」


「取りあえず坊ちゃんは無理だろ」


「あいつは退団でいい」


 ハインリッヒの声が一段下がった。

 

 報告書はギードのものだけではない。

 三人のものもあった。

 坊ちゃんとは、ハインリッヒたち平民を見下している貴族子息だ。

 どうやら眉目秀麗なハインリッヒを独占したいようだが、周囲のガードが堅いのとハインリッヒが鈍いせいで叶わないらしい。

 少々不憫ではあるが家の方にも問題があるらしく泳がせているようだ。


「最近、やたらと絡んでくるから本当に面倒」


 深々と溜め息を吐くハインリッヒの肩や頭を撫でて慰める様子は微笑ましい。

 しかし坊ちゃんはどうやら随分とハインリッヒを消耗させているようだ。

 

 暗殺、しようかしら?


 紅茶を口に含みながら不穏な思考に走る。


「ミーナ?」


 大丈夫? と音にならない意思が伝わってくる。

 これだけ長い間離れていてもハインリッヒはヴィルヘルミーナの負の感情に敏感なようだ。

 気をつけねばなるまい。

 自分が暗殺者なのだと。

 ハインリッヒだけには知られたくなかった。


「何処にも困った貴族はいるのねって、しみじみしただけよ?」


「本当に?」


「本当よ。ヴェンデリン様に絡んでくる貴族令嬢は、第三王子なら私でも大丈夫よね! っていう態度の方が多いのよ……本当に腹立たしいわ」


 ひぃとはギードの口から零れたらしい。

 ハインリッヒは納得したようだ。

 残りの二人は、ミーナはこうでないとなー、と呑気に頷き合っている。


「貴男たちもわかるでしょう? 第五騎士団員なら、私たちを敬いなさいぐらい、言われていそうだわ」


「あー、乱暴されました! ってーのは、調査が面倒だから止めてほしいわ」


「本当、それな」


「リッヒなんか、何度襲われたか……」


「逃げ足は速くなったと思う」


 どうやら襲ってきた令嬢たちに文句をつけられないように、上手く逃げおおせているようだ。


 立派になって……と思わず涙が滲みそうになった。

 我ながら母親目線で苦笑するしかない。


「あ! そういえば俺はシュミットって姓をもらったぜ」


「俺はフィッシャー」


「僕はアーレルスマイアー」


 ハインリッヒだけ明らかに違う。

 如何にも王族と関わりがある姓だが、三人はハインリッヒの生まれを知っているのだろうか。

 知っていても彼らの態度は変わらないし、その縁を伝って何かしようとはしないと思うが。


「ミーナは?」


「自分はゲルラッハよ」


 下位貴族から高位貴族まで多くいる姓だ。

 平民にはいない姓なので、孤児如きに! と未だに絡まれる。


「何処ぞ彼の貴族の養子になったとか?」


「いいえ、違うわよ。私の身分はヴェンデリン様付のメイドしかないわ」


 実は暗殺者としても名前が知れていて。

 王族は勿論高位貴族も手を出さない、奇妙な身分でもあるのだけれど。


「ミーナは今後も騎士団の訓練を見学するのか?」


「ええ。ヴェンデリン様が御参加される訓練の見学は基本、毎日よ」


「っつーことは、俺らとも普通に会えるんだな!」


「どうかしら? リッヒが随分目立つ行動を取ったから、難しいかもしれないわね」


「……王族の方々には真摯に謝罪をして、許しを得ている」


 むっとした顔をしても妖艶さが損なわない。

 恐ろしい育ち方をしたものだ。

 この三人がスキンケアなどもしているのだろうか。

 馬鹿なことを考えて首を振る。


「でははっきり言うわね。しばらくは遠慮して? 第五騎士団所属の内は難しいと思ってほしいわ」


「そんな!」


 王族の方々はいい。

 ヴィルヘルミーナがハインリッヒを大切に思ってきたと知っているから。

 だがそれ以外はそうはいかなかった。

 メイド長や侍従長からも注意されてしまったのだ。

 ハインリッヒは美しすぎるから、と。


「貴男たちの身の安全を考えてのことなの。承知してもらうわ」


「っつ!」


 ハインリッヒが唇をぎりっと噛み締める。

 血がつっと伝った。

 ヴィルヘルミーナは苦笑しながら手を伸ばしてハンカチで口元を拭う。


「それは、持っていてもいいから。ただ一目にはつかないように」


 ハンカチには刺繍が施されている。

 漆黒の薔薇を四隅に縫ってあるそれは、ヴィルヘルミーナにしか許されていない図案だった。

 五人の王子は全員持っている。

 アブグルントに至っては複数枚も持っていた。


 ハインリッヒは丁寧に黒薔薇の刺繍を指でなぞって。


「……わかったよ。出世するまでは、近付かない」


 小さく呟いてくれた。


「俺も欲しい……」


「馬鹿! 空気を読め!」


 フリッツがハンカチを欲しがった。

 止めるホルガーも欲しそうな表情をしていた。

 ハインリッヒを見詰めるギードまでもが欲しい気配を漂わせていたのには、驚かされる。 

「……あげないよ?」


「や。人の物を取る趣味はないよ!」


「俺もないって!」


「……俺は……」


「フリッツ?」


「だって、リッヒばっか、ずりぃよ! 俺だって女の子から手刺繍のハンカチが欲しいわ!」


 フリッツの本音には思わず声を立てて笑ってしまった。

 好意を持つ騎士団員にハンカチを渡すって、憧れている人が多いんだと、ヴェンデリンから聞いて知っていたので。


「出世したときには、黒薔薇の刺繍でなければ刺した物をプレゼントするわよ」


「約束だぞ!」


「頑張るからな!」


「……自分もいいですか?」


「……黒薔薇の刺繍じゃなければ……いいかな? 僕が出世したときにも、またもらえたら嬉しい」


 四人の反応に苦笑しつつも、ヴィルヘルミーナは全員の希望を叶えると約束をした。 

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