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意図せぬ再会。2

 


 男性の腕の中に抱き締められた経験は初めてで、一瞬硬直してしまった。


「ミーナ、大丈夫? ああ、傷ができてるよ。医務室に行かないと!」


 そのためにハインリッヒに抱き上げられるのを拒否しそびれてしまう。


「待て! ヴィルヘルミーナは自分付のメイドだ! 相応しい者が連れて行く!」


 ヴィルヘルミーナが抵抗を忘れているのに驚いた表情をしつつも、ヴェンデリンが今にも医務室へ走り出そうとするハインリッヒを咎めた。


「王子付きのメイドなんかしてたんだね……僕を捨てて?」


 ヴェンデリンの猛攻をひらひらと躱しつつハインリッヒがヴィルヘルミーナを見詰める。

 美しい緑目が酷く澱んでいた。


「ちょ! リッヒ! 落ち着け! ……ん? ミーナ。ヴィルヘルミーナかよ!」


「だから全速力かよ。追いつけねぇから手加減してほしいわ。久しぶり、ミーナ」


 孤児院で一緒だったフリッツとホルガー。

 彼らにミーナ呼びをされるほど親しくはなかったのだが。


「久しぶりね。フリッツ、ホルガー」


 しゅたっと手を上げて見せた。


「……知り合いか、ミーナ」


「はい。孤児院時代の。随分変わっていますが、間違いないと思います。自分を抱き上げているハインリッヒも、ただ心配して来てくれただけですので、御安心ください」


「そんな奴の相手をしないでいいから、ミーナ。早く医務室へ!」


「王子をそんな奴呼ばわりしないで。騎士を目指すものとしてあり得ない不敬よ!」


 ぺちんと軽く頬を叩く。

 何故かハインリッヒの頬が赤く染まった。

 

「ミーナは、僕たちのメイドだから!」


「僕たちが連れて行くから!」


 可愛い二人の王子がそれぞれ両手を差し出してくる。

 彼らが抱き上げるのは絶対に不可能だというのに、鼻息も荒くヴィルヘルミーナを抱きかかえるつもりでいるようだ。

 ヴィルヘルミーナを心から心配している、健気な王子たちの相手ともなれば、さすがのハインリッヒもこれ以上我を通せなかったらしい。

 そっと地面に下ろされた。

 途端、フリッツとホルガー。

 同じくらいに仲良くなったのだと推察できる男性一人の手によって、ハインリッヒは羽交い締められてしまった。


「ミーナ、行くよ!」


「女の子に傷が残ったら大変だよ!」


 それぞれの手を引っ張る王子に連れられて、ヴィルヘルミーナは訓練場をあとにする。


「ヴィルヘルミーナ!」


 悲痛なハインリッヒの声が届いたが、背後は振り返らなかった。

 振り返ると面倒なことになりそうだったからだ。


 二人の筆頭従者に抱き上げましょうか? と尋ねられたが遠慮する。

 

「僕たちがしっかり守るから!」


「ごめんね、ミーナ。僕たちの従者が、あんなことをするなんて……」


「王子さま方に孤児上がりのメイドがまとわりつくのが許せなかっただけでしょう。気持ちはわかります」


「わからないでよ! 以前から彼らの態度には問題があった」


「うん。兄さまたちに相談していたんだよね」


 知っている。

 そこそこに力のある縁持ちだったので、様子見をされていただけた。

 近く、移動をさせる予定になっていたのだ。

 もしかすると自分たちが移動させられるのを知って、ヴィルヘルミーナを恨んでの行動だったのかもしれない。

 いろいろと仕出かしていた彼ら。

 ヴィルヘルミーナに態度は所詮その一角にすぎなかったというのに。

 とんだとばっちりだ。


「……あのさぁ、ミーナ」


「はい」


「さっき、ミーナを抱き上げた男。知り合いなんだよな?」


「ええ、そうですよ。孤児院にいたときの仲間ですね」


「すごく、仲良かったの?」


「そうですね……彼とは一番仲が良かった……のだと思います」


 ヴィルヘルミーナを抱き上げる腕の強さに驚いたし、妖艶さには惑わされそうになったが、彼がハインリッヒである以上、何処までも大切な庇護対象だ。


「今も? 俺たちより、仲が良いのかよ……」


「何年も会っていませんでしたからねぇ……」


「じゃ、じゃあぼくたちの方が、仲良しだよね!」


 ここで頷いておくのが正しい。

 正しいけれど頷けない自分がいた。


「大所帯じゃな。まるで物語の姫君のようじゃのぅ、ヴィルヘルミーナ」


「はい。恐れ多いことでございます」


 医務室の前に医師が待っていた。

 一人は王族以外を診察する医師の長。

 もう一人は王族を診察する医師の長。

 二人の仲は良い。


「王子たちは訓練を見に行きなさい」


「そうじゃよ。許可を取った以上、きちんと責任を果たしなされ」


「でも、ミーナが心配です!」


「ほう? 我らが信用できぬと」


「……ハル兄、いこう。ミーナ、後で顔をだしにきてね?」


「畏まりました」


 エーミールに手を引かれたハルトヴィヒが、後ろ髪を引かれるような顔をして、訓練場へ戻っていく。


「懐かれていますのぅ」


「有り難いことに」


「治癒はわしがするか!」


「無茶を言わないでいただきたい」


 忙しいはずの二人は仲良く医務室へ足を踏み入れたヴィルヘルミーナの診察をし、丁寧に手当てをしてくれた。



 仕事を終えてハルトヴィヒとエーミールに顔を見せた後で、ヴェンデリンの元へ行く。 ヴェンデリンの自室には、ジークヴァルトとテオドールも座っていた。


「……もしかして、結構深かったのか?」


「いいえ。先生方がおおげさにしておけ! 慰謝料もしっかりぶんどるんじゃぞ! とおっしゃりまして……」


 認められた診断書をヴェンデリンに手渡す。

 診断書はそのままジークヴァルトの手に委ねられた。


「……毒はおおげさじゃないか?」


「や。異国との取り引きに熱心な商人を重用していたはず……問題はないでしょう」


「何より王医の診断書だ。疑うわけにはいかないだろ」


 診断書は二通。

 一通は王子たち用、もう一通は対外用。

 対外用には毒が使われており、今後跡が残る可能性があると認められていた。

 身分が低いとはいえ王城に勤める、未婚のメイドの顔に傷をつけたとなれば、慰謝料の額は格段に高くなるのだ。


「もともと王妃が捻じ込んだ者たちで、王子たちにすら傲慢な態度を取っていたからな。自業自得だ」


 清廉潔白なジークヴァルトも、弟たちを大切にしない者には厳しい。

 

「奪爵をされないだけ良いと思ってほしいですね」


「あ、降爵はさせるって聞いてるけど」


「時間を置いて、な。王城との伝手がなくなって、どうせ暴走するだろうよ」


 侯爵家が降爵もしくは奪爵をされるなら、縁のある貴族も軒並み倒れるだろう。

 少しは王子たちに絡んでくる者が減ればいいのだけれど。


「怪我が大事なくて良かったが、引き続き消毒はするように」


「はい。気になりますが、包帯はしばらくしておきます」


「うむ……それで、な。第五騎士団所属のハインリッヒがヴィルヘルミーナに会わせてほしいと……うるさい」


「あ、フリッツ君、ホルガー君もできれば会わせてほしいって」


 ……君たちは王子に対する態度を改めるべきだと思う。


「幼馴染みたちが申し訳ありません」


「や。いろいろと聞いたらちょっと不憫になってなぁ」


「と、申しますと?」


「あんなに慕っているのだ。自分を捨てた者に再び出会ったら、少なくとも理由ぐらいは聞きたいだろう」


 捨てた。

 そうか、ハインリッヒは捨てたと思っていたのか。


 真相は誰にも言っていない。

 知っているのもアブグルントだけ。


 王家の血が流れている者を暗殺者にしたてようと訪れたアブグルントに向かって。

 ハインリッヒを連れて行くくらいなら自分を連れて行けと言ったことなど。

 ハインリッヒは永遠に知らなくていい。


「理由は言えません。言うつもりもありません。捨てたと思っているのなら、それでいいのです」


「会うつもりはないのか?」


「彼らを私の弱みと取られて困るのは、あちらですよ?」


「あー、そうなっちまうか。でもなぁ。一度くらい、会ってやったらどうだ?」


「それが御命令とあらば」


 三人は顔を見合わせている。

 それでお互いの意思が通じるのだ。

 全く仲が良い。


「第五騎士団長や他の団員たちからも懇願されている。一度場を設けるから、会ってやりなさい」


「畏まりました」


 王族に仕えている時点で守秘義務を盾にして、本当の理由など告げなくてもいいだろう。

 今後の接触もなるべく避けたい。

 興味を持ったアブグルントの皆が足を運びかねないからだ。

 隠れて観察するのならいい。

 正面切って会いに行かれたら困る。

 幼馴染みたちを巻き込みたくはないのだ。

 組織の者たちはヴィルヘルミーナに甘い。

 幼馴染みがヴィルヘルミーナの足手まといになるならば容赦なく排除してしまう。

 

「……しかし彼は、叔父上に似ておられるなぁ」


「似ておりますか?」


 昔も今も。

 顔は似てないと判断したのだが。


「放蕩者として名が知れている叔父上だがな。それ以上に困った面もあった」


「気に入ったものに酷く執着をするんですよ」


「叔父上の場合は飽きっぽかったからまだ良かったけれど。ミーナの幼馴染みはなぁ……」


 なるほど。

 性格が、似ていると。

 

 王子たちが感じるのであれば、王弟をよく知る者も同じ感想を抱くのだろうか。


「ヴィルヘルミーナ……他人事のような顔をするな」


「執着先は貴女ですよ?」


「お前が望むなら王族で囲い込むけど……」


「謹んで辞退申し上げます」


「うん。言われるのはわかったよ。ま、気をつけろよ。叔父上は執着した相手のほとんどを死ぬまで手放さなかったからな」


 ぞくりと背筋を冷たい手で撫でられたような悪寒を感じたが、ヴィルヘルミーナは冷めた紅茶を飲み干すことで、なかったことにしてみせた。

 

 


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